第146話

「……参った」


 高橋の首元に綾愛の木刀が止められる。

 その状態になり、高橋は降参を宣言した。


「勝者! 柊!」


 高橋の降参を受け、審判は勝者を名乗り上げる。

 綾愛と高橋との試合は、伸が思っていた通り綾愛の勝利で終わった。

 剣術・魔術において、綾愛の方が相手より一枚も二枚も上手。

 この結果は当然と言っていいだろう。


「「「「「ワーーー!!」」」」」


 去年の優勝者である柊家の令嬢が、更に成長して戻って来た。

 審判によって勝者が名乗り上げられると、大きな歓声が沸き上がった。

 連覇の期待値がこれまで以上になり、観客のボルテージはうなぎ上りと言ったところのようだ。


「先輩! ありがとうございました!」


「……あぁ、思っていた通りやっぱり強いな。完敗だよ」


 勝利した綾愛は、対戦した高橋に向かって一礼し、握手を求める。

 手を出された高橋は、セコンドから受け取ったタオルで噴き出す汗を拭った後、握手を受け入れた。

 汗だくになるまで必死に戦った自分とは違い、綾愛はたいして汗もかいておらず、涼し気な様子だ。

 綾愛との実力差はかなりあるのだと、そのことからも分かる。


「これでうちの学園で残っているのは柊だけだ。今年も優勝することを期待しているよ」


 同じ学園の生徒同士で潰し合う形になってしまい、残っているのは綾愛だけになった。

 しかし、この試合で観客同様、高橋も去年以上に綾愛が優勝する期待が持てた。

 負けて悔しい思いはありつつも、八郷学園が評価されることを考えれば少しは紛れるというものだ。

 後は綾愛に任せるとして、高橋は応援側に回ることにした。


「はい! 頑張ります!」


 そんな高橋の言葉を受けて、綾愛はやる気の表情と共に、元気に返事をしたのだった。






◆◆◆◆◆


「道康……」


 綾愛の試合が終了したのを確認し、文康は控室からの移動を開始する。

 そして、控室を出てすぐに道康がいることに気が付いた。


「やぁ、兄さん」


「……何の用だ?」


 文康と道康は、昔から仲は悪くないが良くもなかった。

 しかし、最近は悪い方へと傾きつつある。

 というのも、今年の夏休みに2人が起こした事件の時、道康があっさりと自分からの指示だと父に言いつけたからだ。

 その小さなわだかまりが消えていないせいか、文康は冷ややかな視線と共に道康へと問いかけた。


「兄さんなら問題ないと思ったけど、一応応援に来た」


 わだかまりがあるのは、あくまでも文康の話だ。

 道康からすると、兄はまだ臍を曲げているに過ぎないと思っているため、文康の視線など気にせず話しかける。


「お前の応援なんていらん。それよりも、鷹藤家の人間でありながらベスト16止まりなんて恥ずかしくないのか?」


「……仕方ないだろ。相手は官林の3年生だったんだから」


 これから試合の自分のことよりも、文康にとって道康の方が問題だ。

 文康が言うように、道康は3回戦で敗北してしまった。

 1年でその成績なら普通は評価されるが、道康は鷹藤家の人間だ。

 せめて、あと一つ上まで上がって欲しかった。

 そんな文康の問いに対し、道康は反論する。

 皇都の学園だけあって、官林学園に集まる生徒は他の学園よりも僅かだが実力が高い。

 相手はその3年生。

 1年の自分が負けてしまうのもしょうがないことだ。


「言い訳は見苦しいぞ」


「…………」


 返ってきた答えに対し、文康は嘲笑う。

 官林の3年相手に負けたが、それでもいい試合をしたと思っている。

 それなのにそんな態度を取られ、道康はカチンときた。


「もういいか? 試合があるんだ」


「……あぁ」


 試合も近いため、いつまでも話している時間はない。

 そろそろ入場ゲートへ向かう時間だと考えた文康は、一言かけて道康の横を通り過ぎた。


「期待しているよ。昨日の金井先輩にやったような戦い方を……」


「……何?」


「また同じような戦いをしたら兄さんは鷹藤家から追放だ。そうすれば俺が跡継ぎだ」


「っ!!」


 言われっぱなしでは腹の虫が治まらない。

 自分は鷹藤家の跡継ぎなんて全く興味ないが、兄は違う。

 才能も実力もあるため、自分が跡継ぎになるものだと思って育ってきた。

 それが崩れる未来など想像していないだろう。

 試合前の腹いせに気持ちを揺さぶるにはこれが一番だろうと、道康は文康の背中へ向かって言葉を投げかけた。

 その言い草に、今度は文康が腹を立てる。


「フンッ! お前みたいのが弱いのが継いだら、鷹藤家は終わりだ」


「中身が腐りきっているよりマシだろ?」


「何っ!?」


 試合前だというのに、道康は口喧嘩を始める。

 しかし、道康の方が口は達者なようだ。

 すぐに言葉を返され、文康は一気に頭に血が上り、道康の胸ぐらを掴んだ。


「おっと! 兄弟でも今殴ったら傷害罪だよ?」


「クッ! ……クソが!」


 兄弟でも他校の生徒。

 試合でもないのにこんな所で殴れば、他の選手や大会関係者に広まるだろう。

 そんなことになれば、事件になり、出場資格を剥奪されるかもしれない。

 そんな悪評を広げるわけにはいかないと、文康は歯ぎしりしながら道康の服から手を離し、怒りを露わにするような歩き方で入場ゲートへ向かっていった。


『クソはお前だっての……』


 完全に言い負かした道康は、兄の背を見ながら内心で愚痴る。

 柊家との関係強化のために八郷学園に入学し、綾愛を手に入れようと動いたが失敗。

 それでも、綾愛が思っていた以上の器量だったことから手に入れたいという欲求が生まれ、夏休みの時に兄の提案に乗ってしまった。

 しかし、それも失敗し、綾愛を手に入れることは完全に閉ざされた。

 もう問題を起こすようなことをするつもりは、道康にはない。

 それに反して、兄は高校生になってから思い通りにいかないことが増え、イラ立つことが増えてきた。

 天才扱いされて、もてはやされて育ったツケかもしれない。


「ちょっと言い過ぎたかな? あれじゃあ本当に追放されるちゃうかもな……」


 あんな腹を立てた状態で試合をすれば、本当に昨日のような戦い方をしてしまうかもしれない。

 鷹藤家の当主なんて重圧を、自分は背負いたくないが、道康がいなくなれば本当にそうなりかねない。

 そう思うと道康は少し心配になり、言い過ぎたことを後悔し始めた。


「まぁ、いくらなんでもな……」


 今大会の戦い方に腹を立てた父の康則が、昨日の夜兄に説教をしたと家の者からの情報として聞いている。

 そのこともあるため、今の兄でも流石に昨日のような戦い方はしないだろう。

 そう思うことにして、道康は試合を観戦するために観客席へと向かうことにした。


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