第121話

「何でこうなったんだ……」


「しょうがないじゃない。柊家だけ参加しないわけにはいかないんだから」


 剣の型の練習が終了し、休憩時間。

 現在の状況に、伸は独り言を呟く。

 その呟きが耳に入った綾愛は、伸をなだめる。


「合同訓練か……」


 綾愛の言う参加しなければならなかったと言うのは、伸の言うように合同訓練のことだ。

 ただの合同訓練ではない。

 この国は8つの地域に分かれ、それぞれ名門家が存在している。

 その8つの名門家を集めての合同訓練だ。


「言い出しっぺは鷹藤か……」

 

「えぇ」


 集合した場所は、皇都の官林。

 そのことからも分かるように、鷹藤家の呼びかけによって集められた。

 伸からすると、8家の中でもいまだに自分たちは1段上にいるような態度が気に入らないところだ。


「何で俺まで……」


「道康君に勝った人間を取り込んでいないとなると、そっちの方が面倒でしょ?」


 八郷学園に入った鷹藤家の次男道康。

 伸がその道康と戦って勝ったという話は、観戦した学生から魔闘師業界へと広まっていった。

 勝ち方が勝ち方だけに、たいして興味を持たれてはいないだろうが、名前くらいは知られているはずだ。

 まぐれでも良いから、鷹藤家の者に勝った人間は手に入れておきたいところだろう。

 そうなると、名門家によるちょっとした伸の争奪戦がおこなわれる可能性がある。

 特に鷹藤家は、泥を塗った伸のことを放っておかず、取り込みに来るかもしれない。

 そうならないためにも、伸は柊家の傘下に入っているということを分からせる必要がある。

 綾愛が今回の合同訓練に伸を呼んだのも、それが主な理由だ。


「若手中心だから、そこまで引き抜きに力を入れて来ないと思うけど……」


 合同訓練といっても若手の育成がメインであり、今回集められたのは30歳以下の者たちだ。

 夏休み中ということもあり、高校・大学生がほとんどだろう。

 家の面子などにこだわる年齢ではないため、この機を利用して引き抜きを計るなどということはそれほどして来ないはずだ。


「まぁ、魔人が世界中に出現しているから、もしものことを考えて訓練するのは正解かもな」


 去年、大和皇国には魔人の出現が2度あった。

 そして、今年に入り、エグリア共和国やスドイフ連合国にも出現して多くの被害をもたらした。

 他の国もそうだが、再度この国に出現する可能性も捨てきれない。

 そうなった時のために少しでも戦力は上げておきたい。

 ならば、伸びしろのある若手を鍛えることが最も有効な手だ。

 この合同訓練も、そう考えると意味あるものかもしれない。


「失礼。君は訓練に参加しないのかな?」


「……ちょっと場違みたいなんで」


 他の者が各々訓練をしているなか、伸と綾愛が話している所へ1人の男性が話しかけて来た。

 鷹藤家の者に目を付けられるのが嫌なため、訓練に参加している振りをしていたのだが、綾愛と話していたのが良くなかったのだろうか。

 なにも返さないのは良くないため、伸は思い付いた言い訳を返答した。


『……たしか台藤の森川だったか?』


 話しかけて来た相手の顔を見て、伸は彼が何者かに気付く。

 中肉中背で髪をセンター分けした糸目の男性。

 台藤地区の名門、森川家の人間だ。


「初めまして、大藤地区の森川哲也です」


「……初めまして、八郷地区の柊家傘下の新田伸です」


 地区を代表する一族のことを知っているのは、魔闘師なら当然のこと。

 柊家の傘下という名目で参加している自分に話しかけて来たことに疑問が残るが、わざわざ挨拶しに来てくれた相手を無視するわけにはいかないため、伸は簡単に自己紹介を返した。


「知っているよ。綾愛殿の恋人だとか?」


「こ、恋……」


 伸の自己紹介を受けて、森川は笑みを浮かべて問いかけてくる。

 恋人と言われて、伸ではなく綾愛が顔を真っ赤にして反応する。


「おや? 違うのですか?」


「いや、合ってます」


「えっ!?」


 綾愛の反応を見て、森川は首を傾げる。

 それに対し、伸は真顔で返答する。 

 恋人認定した伸の返事に綾愛は驚き、更に顔を赤くした。


『何で赤くなってるんだよ! そう言う設定になってるはずだろ?』


 道康との決闘で、恋人であるという設定にしていたはずだ。

 決闘のことが知れ渡っているのだから、その設定もそのままにしておかないと、どこぞの一族が綾愛との婚姻関係を求めてくるようになるかもしれない。

 綾愛自身もそのことは分かっているはずだ。

 おかしな反応をしていると、そのウソがばれてしまいかねないため、伸は顔を赤くする綾愛を内心でツッコミを入れた。


「あの道康君に勝ったとか? すごいんだね」


「いや、まぐれですから……」


 どうやら森川は、伸と道康と戦った話が聞きたかったようだ。

 別に言いふらすつもりはないため、伸としては面倒な質問だ。

 とりあえず、当たり障りないように返答する、


「そのピグミーモンキーを使ったとか?」


「はい。校内戦なら従魔もありですから」


 森川は、伸の胸ポケットから顔を出しているミモを指差して問いかける。

 勝敗だけでなく、勝ち方まで広まっているのだろうか。

 問われた伸は、ミモの頭を撫でつつ返答した。


「そうですね。従魔のことを考慮に入れていないなんて……」


 伸の答えを聞いて、森川は言葉の最後を言い淀んだ。

 その一瞬、伸には道康のことを間抜けとでも言いそうになって止めたといった感じに見えた。

 

「そもそも、従魔使いの中にも優秀のがいるんだけどね」


 国の象徴たる天皇の先祖が、剣によって竜を倒したという伝承が伝わっている。

 それもあって、大和皇国の魔闘師たちには、武器による戦闘が好まれる傾向にある。

 そのため、魔物を使役して戦闘をする従魔術のことを他国ほど選択肢に入れていない。

 従魔を使役するのは、主人の力不足を自ら露呈しているようなものだという考えがあるのかもしれない。

 しかし、従魔術を利用して戦う者の中にも強者は存在している。


「……あなたのようにですか?」


「っ!! そのことを知っているなんてすごいな。地元でもそこまで知られていないんだけど……」


 大藤地区は、伸たちの住む八郷地区以上に田舎に見られている。

 それもあって、同じ名門でも森川家は8家の中でも一番低く見られがちだ。

 その森川家の中でも、哲也の名前は知られていない。

 そのことは、哲也自身自覚している。

 名前を知られていない理由。

 それは、哲也が従魔術をメインにして戦う魔闘師だからだ。

 地元の人間でもない伸がそのことを知っていることに、森川は驚くと共に感心した様子だ。


「従魔を使って道康君に勝ったって話だったから話しかけたけど、それ以上に君には興味が湧いたよ」


「そうですか。それはどうも……」


 転移の魔法を使うために大藤に向かったことがあり、その時たまたま哲也のことを知っていただけだ。

 そのため、伸としては興味を持たれてもあまり嬉しくないが、とりあえず感謝するように返答した。


「じゃあ、僕はこれで……。訓練楽しみにしているよ」


「どうも……」


 休憩時間も終了し、訓練再開の時間が来る。

 それを察した森川は、笑顔で伸たちのもとから去っていった。


「早速目を付けられたみたいね?」


「何でだ……?」


 道康に勝った時の話から、恐らく同じ従魔術の使い手だと思って話しかけて来たのだろう。

 しかし、それ以外の面で森川に気に入られてしまったようだ。

 原因が分からない伸は、首を傾げるしかなかった。


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