第86話
「オッス!」
「よう!」
伸が朝に洗面台で歯を磨き終わったところ、了が起きてきた。
2人は挨拶を交わし、場所を交代する。
「体調はどうだ?」
「かなり良いよ。カプセルのお陰だな」
「それは良かった」
昨日の試合で、了は魔力切れギリギリの所まで消費してしまった。
しかし、魔素カプセルの中に入ったことで回復したため、万全の状態に戻ったようだ。
「今日の試合の策は見つかったか?」
体力と魔力の回復に集中していたため、了は今日の対戦相手の映像をたいして見ていない。
相手は16強に入るほどの実力者のため、弱いわけがない。
映像を見た感じでは、魔術においても剣術においてもレベルが高い。
弱点なんてないように思えたが、昨日と同様に伸なら何か勝つための策を見つけてくれているかもしれないと了は期待しつつ問いかけた。
「……すまん。見つけられなかった」
「そうか……」
一昨日と同様に映像を何度も見て、了が勝つための策がないか考えていた。
しかし、自分で戦うなら問題ない相手でも、了では少々厳しい。
結局、色々考えたのだが、勝利の策は見つけられなかった。
そのことを伸が正直に告げると、了は仕方な下げに呟いた。
「結局の所、勝てる可能性があるとすれば、剣術勝負に持ち込むしかないな」
「あの相手には難しいな……」
勝機があるとすれば、了の得意な剣術勝負に持ち込むことだが、そうするには敵の魔術攻撃をかいくぐっていかなくてはならない。
相手は魔術のレベルも高いため、了にはかなり難しいかもしれない。
そうと分かっていても、接近戦に持ち込めなければ勝機なんてほぼゼロだ。
そのため、伸としては接近戦に持ち込むように提案するくらいしかできなかった。
【東口より八郷学園1年、金井両選手の登場です!】
アドバイスらしいものもできず、了の3回戦の時間が来てしまった。
「……人増えてないか?」
「そうだな……」
会場内にアナウンスされるなか入場すると、相変わらず会場は観客で一杯だった。
大会開始前は完全に無名の了がここまで勝ち上がったのと、2回戦の不意打ち気味の瞬殺勝利が興味を引いたのか、1回戦の時よりも増えている気がする。
「まぁ、やるだけやってみるわ」
「あぁ、がんばれ」
相手の官林学園の3年生の東堂も入場し、試合開始の時間になった。
最後に伸に向かって一言告げると、了は部隊の中央へと向かって行った。
『あの程度俺なら一捻りなんだけどな』
官林学園の東堂は、去年この大会でベスト8まで行った実力者ということだ。
たしかにそれくらいの実力があると思える。
そんな相手に戦うには、了では少々実力が足りないため、はっきり言って勝ち目は薄い。
これから友人が負けると思うと、代わりに自分が戦ってしまいたくなる。
しかし、そんな事をしても了が喜ぶわけでもないので、黙って見守るしかない。
「始め!!」
「ハッ!!」
審判の試合開始の合図と共に、了は相手に向かって突進する。
しかし、昨日の試合のように直進しかできないような全魔力を使用した突進ではなく、普通の身体強化による突進だ。
「フッ!!」
「っ!!」
試合開始の合図と共に動いたのは了だけではなかった。
対戦相手の東堂も、すぐさま横へと移動していた。
「昨日と同様に加速してくると思ったが、違ったようだな」
「あれが何度も通用するなんて思ってないっすよ」
「そりゃそうか」
東堂も昨日の了の試合映像を見ていたようだ。
そのため、開始早々に横に動くことで、了の超突進による攻撃を回避するつもりだったようが、その考えとは違い、了が普通の身体強化で突進してきたことが少し意外だったようだ。
その反応に、了は正直に理由を説明し、東堂も納得するように頷いた。
「まぁ、この可能性も考えていたけどな」
意外には思ったが、東堂としては計算のうちではあった。
昨日のように超突進をしてきても、警戒していれば攻撃を回避することができる。
そのことは、対戦相手の了の方が理解しているため、普通に戦いを挑んでくる場合も考えていた。
しかし、映像で見たのと目の当たりにしたのでは違う場合かもしれない。
もしかしたら、想像以上の速さに攻撃を受ける可能性があった。
なので、東堂としては、このような手に出た了の方が戦いやすいと考えていた。
「ハッ!!」
「ムッ!?」
試合開始の位置とは変わったが、距離としては変わっていない状態。
伸に言われたように、接近戦でしか勝機はない。
近付かなければどうしようもない了は、またも地を蹴り東堂との距離を縮めようとした。
「フンッ!」
「くっ!」
接近する了に対し、東堂は魔術を発動させる。
ダメージよりも吹き飛ばすことを目的としたような水球が了へと迫る。
その攻撃を、了は跳び退くことで回避した。
『東堂とか言うのも、ちゃんと対策を立ててきたようだな』
ここまでの僅かなやり取りで、セコンドの伸は東堂が了の対策を立ててきていると理解した。
さっきの水球の魔術は、近付かせないためのものだ。
接近されなければ、負ける心配はないと理解しているのだろう。
「1回戦の映像も見ている。接近戦に自信があるようだが、つまりは魔術が得意じゃないんだろ?」
「チッ!」
了へ話しながら、東堂は右手に持つ木刀を下げ、空いている左手でいくつかの水球を空中に作り出す。
明らかに了に近付かせないことを示している。
そのことを理解した了は、思わず眉間に皺を寄せて舌打をした。
「近付けるなら近付いてみな!」
「くっ! とっ!」
了が僅かに足を動かすと同時に、東堂の造り出した水球が発射される。
自分へと迫る水球に、了は左右へステップすることで回避する。
「っ!!」
攻撃を回避したと同時に距離を詰めようとするが、了のその考えを読んでいたかのように、東堂は水球の数を補充していた。
それを見て、了は接近することを停止する。
「躊躇っていていいのか? 時間を空ければ数はもっと増えていくぞ」
足を止めた了を見て、東堂は笑みを浮かべる。
そして、挑発するように水球の数を増やし始めた。
「くそっ!」
挑発と分かっていても、了は距離を詰める以外に勝機はない。
そのため、了は動き回りつつ東堂との距離を詰めようとした。
「フフッ!」
近付こうと動き回るが、距離を詰めようとするたびに東堂の水球が了へと襲い掛かる。
その必死な表情の了を見ながら、東堂は甚振るかのように笑みを浮かべていた。
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