第85話

「ベスト16に4人なんて、例年に比べたらかなりの好成績だな」


「そうですね」


 2回戦がおこなわれた日の夕方。

 大会中八郷学園が借りているホテル内では、多少雰囲気が良かった。

 というのも、剣道部の部長である3年の田名崎と2年の渡辺の会話の通り、八郷学園の生徒4人が2回戦を突破したからだ。

 3年生の田名崎と2年生の渡辺。

 この2人はまだ分かるが、初出場となる1年生の綾愛と了が2勝したのは驚くべきことだ。

 現在魔術業会で有名になっている柊家当主の娘の綾愛ならば、この成績はまだ分かる。

 しかし、全く無名の了までもがここまで勝ち上がるなんて、はっきり言って同じ学園の者たちも思っていなかった。

 剣道部の先輩である田名崎と渡辺も、同じ部の後輩ということもあって期待をしてはいたが、今日も勝てるとは予想できなかった。


「まさか金井の奴があれ・・をやるなんて思ってもいなかったがな……」


「えぇ、俺も考えていなかったですよ」


 田名崎の言ったあれ・・とは、校内戦の決勝で綾愛相手におこなった作戦のことだ。

 あの作戦は、来ると分かっていないと対応しづらい。

 しかも、対応されたらそれで敗北は決定的なため、ある意味ギャンブルのような作戦だ。

 今回は成功したから良いようなものだが、もう使うことはできないだろう。


「勝ったは良いけど、金井は大丈夫ですかね?」


「魔力切れになったわけではないから大丈夫だろ」


 勝利するためにとった策とは言え、開始早々に決着をつけるためには、相手が反応できないくらいの突進力が必要になる。

 そのため、体内の魔力のほとんどを加速に使用するしかない。

 校内戦と合わせて2回目ということもあって調整できたからか、了はほとんどの魔力を使い果たしはしたが、気を失わない程度に魔力は残すことに成功していた。

 魔力を完全に使い切った場合、大抵の人間は気を失ってしまう。

 そして、その場合魔力が回復するまで目を覚ますことが無い。

 もしも魔力切れになっていたら、明日の3回戦には出場できない所だっただろう。

 しかし、自分の足でホテルに帰ってきたということから、魔力切れということはないはずだ。

 なので、渡辺の問いに対し、田名崎は心配なさげに返答した。


「それに、魔素カプセルに入ってるみたいだし、明日までには回復するだろ」


「そうですね」


 魔素カプセルとは、酸素カプセルと同じようにカプセルの中に入ることによって、魔力を速く回復させる施術効果がある。

 試合で魔力切れ手前まで魔力を使ってしまったため、了は明日の試合に間に合わせるために治療室でカプセルに入っているのだ。


「流石に、次の相手には勝てないだろうがな……」


「官林の東堂でしたか?」


「あぁ……」


 2勝できたのは素晴らしいが、さすがに了が次の試合の相手を倒すことは難しいだろう。

 渡辺が言ったように、了の3回戦の相手は官林学園3年の東堂だからだ。

 地元官林州の学園ということもあるのか、官林学園の生徒も4人がベスト16に進出している。

 その官林学園の3年の東堂と言えば、去年ベスト8に入った実力者だ。

 しかも、対戦相手が4回とも3年生に当たるという不運がなければ、もう少し上に行けたかもしれない。

 了はそんな相手と明日戦わなければならないため、さすがに勝利を期待するのは厳しい。


「いくら新田でも、攻略法なんて見つからないだろうな」


「えぇ……」


 了が回復に努めている間、伸は昨日と同じく対戦相手の映像を見て攻略法を探している最中だ。

 今日の了の作戦も、伸が考えて提案したという話しだった。

 セコンドとしてはかなりの成果と言って良いだろう。

 しかし、そんな伸でも、東堂相手に了を勝たせる作戦なんて思いつかないだろう。

 田名崎と渡辺は、仕方がないことだと考えていた。


「それに引きかえ、柊は順当といった感じだな」


「そうですね。俺でも勝てるか分かんないですね」


 了とは違い、綾愛は今日も順当に勝利を上げた。

 綾愛の実力からすると、1年でもこの成績は驚きはない。

 魔術においても剣術においても、2年の渡辺は自分よりも上ではないかと思っていた。

 それもあって、綾愛は明日も勝利できると考えている。


「それより、お前もきついな……」


「ハァ~……、全くですよ。今日の試合もあっさり勝利してましたからね」


 綾愛や了の1年生のことは気になるが、渡辺は渡辺で明日の相手に問題があった。

 そのため、田名崎に言われて、渡辺はため息を吐いた。

 その対戦相手は、昨日今日と無傷な上にたいした時間もかからずに勝利していた。


「やっぱり鷹藤・・の名は伊達じゃないですね」


「全くだ」


 話の通り、渡辺の明日の相手は鷹藤文康だ。

 鷹藤家の長男で天才と呼ばれている文康は、1年でありながら優勝の可能性ありと噂されている。

 その噂は本当だったらしく、実力を発揮していた。

 戦いを見て、勝ち上がっている他の学園の生徒たちの多くが、文康と戦いたくないと思っていることだろう。


「勝ち目はないか?」


「……無理っすね。柊以上ですから」


 試合映像を見たことで、渡辺は戦う前から勝ち目がないと諦めていた。

 綾愛ですら自分では勝てるか分からないというのに、それ以上の実力の文康に勝てる訳がない。


「……しかし、あっさり負けるつもりはないです」


「そうか……」


 今日の試合も勝てるか微妙だった了が、策を弄して勝利したのだ。

 あの文康相手に、了のような奇襲が通用するとは思えない。

 だからと言って、後輩が頑張っているのに自分がすんなり負けるわけにはいかない。


「何とか手こずらせてやりますよ」


「おぉ、がんばれよ!」


「はい!」


 勝てる自信はないが、すんなり負けるつもりはない。

 そのため、田名崎に対し、渡辺は決意の目で一矢報いることを告げた。

 先輩の良いところを後輩に見せる意地のような者なのだろう。

 その気持ちが分からなくないので、田名崎は渡辺の決意を応援した。


「俺もがんばんねえとな……」


 田名崎も明日は洪武の3年と対戦だ。

 洪武はその選手1人しか残っていないので、これまで以上に死に物狂いで向かって来ることが想像できる。

 そう言った人間の気合いというものには、時として奇跡というものを呼び寄せることがある。

 当然油断するつもりはないが、田名崎は気合を入れて挑むことを決意したのだった。


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