第67話
「……何だ?」
「開始してすぐ倒れたぞ……」
「どうして……?」
決勝を楽しみにして見に来た観客たち。
毎年この時期の風物詩として期待されている行事のため、1年の決勝でも期待値が高い。
柊家の令嬢が順当に進出し、決勝ではどのような勝利を収めるのかが期待されていた。
せめて相手には、昨日の奈津希のように綾愛の全力を出させるだけの戦いをしてもらいたいと思っていたが、始まってすぐに終わってしまったことに戸惑っている様子だ。
「柊が何かしたのか?」
「えっ?」
「マジで?」
あまりにも速すぎる決着。
1年の者たちは何が起きたのか分かっていない様子だ。
2、3年でも正確に目で追えた者はどれほどいるだろうか。
「了!」
「ハハッ……、みっともねえな……」
「いいや。ナイスチャレンジだったぜ!」
試合が終わり、セコンドの伸は倒れている了のもとへと駆け寄る。
伸の声に対して返答してくるが、作戦失敗に自嘲気味だ。
優勝を狙うために全力を尽くした結果なので、伸は素直に了を褒めた。
「金井選手。念のため医務室へ」
「すん…ま…せん……」
倒れたままの了のもとへ、救護班が担架を持って向かってきた。
どうして倒れているのか分かっているため、特に慌てた様子はない。
救護班によって担架に乗せられると我慢の限界が来たのか、了はゆっくりと意識を失った。
「あれはあなたが教えた作戦なの?」
救護班によって運ばれて行く了を見送り、伸は了が落としていった木刀を拾う。
そこに勝者である綾愛が話しかけてきた。
「いや、了自身が考えた作戦だよ」
「そう……」
先程の作戦は、了が自分に勝つために施した伸の策だと考えていた。
狙い通り勝利を収めることはできなかったが、一歩間違えれば自分が負けていた作戦だった。
こんな奇想天外の作戦を思いついた伸に文句を言ってやろうと思っていたが、了が考えた策だと知り、言おうとしていた文句が引っ込んでしまった。
「それにしてもよく躱せたな?」
「こっちも必死だったわよ」
了が考えた作戦は、一撃に全て力をかけるというものだ。
全魔力を使い、様子見から入るつもりであろう綾愛に、開始早々仕掛ける。
相手は女性なので、脳天ではなく肩を狙った1撃。
それが綾愛には躱されてしまったのだ。
全力の了の攻撃に、さすがの綾愛も対処できないと伸は思っていた。
しかし、綾愛は見事に躱すことに成功したため、伸は感心したように話しかけた。
「……悔しいけど、あなたのお陰ね」
「俺?」
伸は了が勝つ確率は5分5分だと思っていた。
結果は綾愛が躱すことに成功したのだが、それが自分のお陰だということの意味が分からない。
そのため、伸は首を傾げて綾愛に説明を求めた。
「魔物を倒した時、あなたが魔力コントロールの訓練をするように言っていたじゃない。それに従って訓練していたから、金井君の攻撃を躱すことができたわ」
「なるほど……」
開始早々の全魔力を総動員した突進に、綾愛も驚いたのはたしかだ。
しかし、それと同時に綾愛も身体強化の魔力を一気に増やした。
身体強化する速度で言えば了の方が速いだろうが、綾愛の場合攻撃を躱すために充分な量を補充するだけでいい。
だからといって、反射的に反応して間に合わせるには、魔力素早くコントロールすることが必要になる。
柊家の娘ということもあり、綾愛は1年の時から魔物を倒す訓練をおこなっている。
毎回伸の警護が付くというおまけつきだが、その時のことが生きた。
伸からは魔力コントロールが重要だと何度も言われた。
柊家の人間以外知らないことだが、伸は魔人を倒すような戦闘力の持ち主だ。
その伸が言うことなのだからと、綾愛は毎日魔力コントロールの地味な訓練を続けていた。
了の高速の突進にも、反応できたのはその訓練のお陰。
つまりは、訓練するように言った伸のお陰ということだ。
「そうなると、了には悪いことをしたかな……」
ある意味敵に塩を送るという状況になってしまったわけだ。
そのため、間接的とは言っても了が負ける原因を作ったわけだから、セコンドとしては失格だ。
同じように仕掛けるにしても、隙を見てからの方がよかったかもしれない。
かと言って、昨日の奈津希戦を見る限り、綾愛がミスを犯すようには思えなかったので、開始早々がベストなのは変わらないだろう。
「……そろそろ引っ込んだ方が良いかもな」
「……そうね」
何が起こったのか分からずに終わってしまったため、拍手もまばらな感じになってしまった。
それも治まり、大会委員が次の試合の準備を始めている。
いつまでもここにいては邪魔になると思い、伸と綾愛はここから去ることにした。
「じゃあ、俺は了の所へ行くよ」
「えぇ、じゃあね」
了が倒れて気を失ったのは、魔力枯渇による急激な疲労によるものだ。
しばらく安静にしていれば、魔力も回復して目を覚ますはずだ。
身体強化に全魔力を使用したが、それを維持できるほど了の魔力コントロールは上手いわけではない。
一瞬の身体強化に魔力を使い、消費してしまったからこそ魔力枯渇になってしまったのだ。
放って置いてもそのうち目を覚ますだろうが、自分は了のセコンドだ。
目を覚ましても、疲労困憊で寮に戻るまでの道のりがきついだろう。
セコンドとして送り届けなければならないと考えた伸は、了の運ばれた医務室へと向かうことにした。
綾愛はこの後の試合を見ていくつもりだ。
そのため、控室に戻ろうと、軽く手を振って伸に背中を向けた。
「……う、う~……」
「おっ! 目、覚ましたか?」
「……あぁ、伸……」
医務室にもモニターが設置されており、伸はそれで後の試合を観戦していた。
やはり、2年生となると1年の生徒より一段上のレベルのように思える。
伸としてもなかなか楽しく見せてもらえた。
2年の決勝が終了した所で、ベッドに寝かされていた了が声をあげた。
伸が声をかけると、了はここがどこだか理解したようだ。
「もうしばらく横になってろよ」
「あぁ……」
目が覚めてもまだ全身のだるさが抜けていないはず。
その状態で動くと転倒する可能性があるため、伸は選考会終了まで休ませるつもりだ。
全然力が入らない状態のため、了も素直にそれに従った。
「そういや、阿部先輩3位決定戦勝利したぞ」
「マジで!? やった!」
寝ている最中におこなわれた2年の3位決定戦。
それに出て勝利したのが、剣道部の阿部だ。
2、3年は3人が対抗戦に出られることになっているため、3位決定戦も重要な戦いだ。
3年の佐藤という剣道部の主将は決勝に進出しているので、選考会に選ばれた剣道部3人全員が対抗戦に出場できることになったということだ。
伸からその報告を受けた了は、横になったままガッツポーズをした。
対抗戦までの訓練で剣道場を利用させてもらったので、伸も何度も顔を合わせていた。
別に剣道部員ではないが、伸としても知り合いが勝ったことが嬉しかった。
「あっ! 明日の文化祭のこと忘れてた……」
「……残念だったな。お前は明日動けないだろ」
急に何を言うかと思ったら、了は明日のことを言ってきた。
選考会の後にある文化祭。
選手とセコンドの2人は準備に参加していないが、校内を見て回るつもりだった。
しかし、魔力枯渇後の翌日は、無理をしたツケとして全身に筋肉痛が襲ってくることになる。
とてもではないが、了は安静にしているしかない。
「お前の分の食いもん届けてやっから」
「あぁ、頼む」
伸や了が求めているのは、やはり食べ物。
仕方がないので、伸は了の分を買って帰ることを約束したのだった。
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