第66話
了の勝利後、もう1つの準決勝が開催された。
柊綾愛と杉山奈津希の戦いだ。
柊家の令嬢とその従者の家系の娘という関係だが、2人は幼少期からの友人。
それを知っているからか、どのような戦いが繰り広げられるのかと観客たちは注目していた。
はっきり言って、了と大橋の準決勝よりも観客の数が多い気がする。
「ハァ、ハァ……」
「ハァ、ハァ……」
綾愛と奈津希の戦いは長くなり、お互い疲労による息切れをしている。
了と大橋の時と似て、綾愛は木刀で奈津希は木製の薙刀での戦闘スタイル。
武器による距離の差を使い、奈津希が上手く立ち回っている。
というより、なんとか負けないように立ちまわっていると言った方が良いだろう。
試合開始早々は、魔術の打ち合いで相手の出方を疑い、それがほぼ互角だと判断した綾愛が、魔術を併用して奈津希との距離を詰めての戦闘へと持ち込もうとした。
しかし、奈津希は薙刀を完全に防御用として利用し、終始綾愛から距離を取って戦うように持って行っていた。
「長いな……」
「あぁ……」
明日のために寮に帰って体を休めた方が良いのだが、決勝の相手を見ておこうと伸は了と共に控室のモニターで綾愛たちの準決勝を観戦することにした。
長い戦いに、了は小さく呟き、伸もそれに同意する。
綾愛と奈津希の戦いは、遠近どちらの戦いでもかなり高レベル。
モニターを眺める了は、2人の戦いに目が釘付けになっている。
『杉山の奴、思ったよりも粘るな……』
伸としては、綾愛と奈津希が魔物を倒す訓練をした時に指導した身。
どっちも頑張って欲しいが、綾愛が勝つと予想していた。
場合によっては長引くとは思っていたが、奈津希が頑張りによって余所以上に粘っている。
『しかし、それももうすぐ終わりだな……』
観客は両者の戦いに歓声を上げている。
予想以上の試合内容に、テンションが上がっているようだ。
それとは反対に、伸は内心冷めたことを考えていた。
互角に見えているようだが、綾愛の方が全ての面において少し上。
全力で逃げ回るようにして、奈津希は綾愛に隙ができるのを待っているようだが、その少しの差による余裕があるため、綾愛がミスを犯すようなことはないだろう。
狙いは良かったが、そろそろ奈津希の魔力も限界だろう。
「っ!?」
魔力を使ったことにより、奈津希は疲労で足がもつれる。
隙を作るのを待っていたのだが、逆に自分が隙を作ることになってしまった。
「ハッ!」
「くっ!!」
奈津希の隙を見逃さず、綾愛が魔力球を放つ。
飛んできた魔力球を、奈津希は薙刀を盾にするように受け止めた。
「シッ!」
「っ!!」
魔力球を放った綾愛は、奈津希が防いでいる間に距離を詰めていた。
それに奈津希が気付いた時にはもう遅く、接近した綾愛の突きが喉元で止まっていた。
「勝負あり! 勝者柊!」
勝敗が決し、審判の三門が声をあげる。
それと同時に観客たちの歓声もひときわ大きく会場に鳴り響いた。
1年生同士とは思えないレベルの高い戦いに、誰もが2人に拍手を送っていた。
「ハァ、ハァ、やるわね奈津希」
「ハァ、ハァ、やっぱり負けちゃったか……」
試合終了と共に、奈津希は疲労でその場へとへたり込んでいた。
その奈津希へ綾愛が手を差し出す。
2人とも息切れをしつつも、どこか楽しそうな笑みを浮かべている。
奈津希が綾愛の手を借りて立ち上がったため、そのまま健闘を称える握手をしているよな状況になり、観客の拍手もまた大きくなった。
その拍手を受け、2人はその場から去っていった。
「なぁ? 伸……」
「んっ?」
会場を後にする2人を、モニターに目を向けたままの了が話しかけてくる。
後片付けをして帰ろうとしていた伸は、その手を止めて了の方へと顔を向けた。
「俺より杉山の方が強くないか?」
綾愛とあれだけの戦いができるのだから、対抗戦でも1回戦くらいは突破できるだろう。
魔力を飛ばせるようになったとは言っても、結局は近接戦頼みの自分より、戦闘的にバランスがいい奈津希の方がその可能性が高い気がした了は、珍しく弱気なことを言ってきた。
「う~ん……」
了の言葉に伸は腕を組んで唸る。
相手次第で勝てるかもしれない了と、相手なんか気にしなくて勝てる可能性がある奈津希。
たしかにそう考えると、奈津希の方が良い気がしてしまう。
「……まぁ、了が選手に選ばれたんだから、先を見据えて訓練するしかないな」
「……そうだな」
トーナメントで選手を決めるというのは最初から決まっていたこと。
なので、伸としては了がそんな事を思う必要はないことを告げる。
今更自分から辞退するのは、自分に負けた大橋をバカにするようなことになる。
そのため、了は伸の言う通り前を向いて進むことにした。
「対抗戦の前に明日の決勝だけど、さすがにあっさり負けるなよ」
「……負けるの決定かよ」
今日の戦いによって、綾愛が全ての面においてレベルが高いことは分かった。
分かっていたが、予想以上だと伸以外の人間は思ったことだろう。
近接戦に持ち込めば、もしかしたら了の方に分があるかもしれないが、恐らく近付けても簡単にはいかない。
なので、綾愛が勝つのは決定的といってもいい。
了自身もそれが分かっているが、伸に言われると気分が落ちる。
「言っておくが、俺には秘策がある!」
「……へぇ~」
はっきり言って、伸も了が負けるとは思っている。
だが、勝つ方法がないわけではない。
あるにはあるが、かなり僅かな可能性に賭けるしかない。
なんとなく了の考えている秘策は分かっているが、伸はそのまま知らんぷりをすることにした。
負けるにしても、勝機を見い出して全力を尽くす方が了らしくて合っていて、伸としても好ましい。
そのため、何をする気か分かっていても、何も言わずやらせることにした。
「行って来る……」
「あぁ、やってやれ……」
「……あぁ」
翌日の決勝戦。
試合会場は、昨日は3年の選考会をしていた第1訓練場だ。
1年の決勝、2年の3位決定戦、2年の決勝、3年の3位決定戦、3年の決勝の順でおこなわれることになっている。
昨日同様に会場内へアナウンスされ、了は伸へと声をかける。
その表情は、柄にもなく緊張しているようだ。
昨日言っていた策を実行するか悩んでいるのだろう。
伸は軽く声をかけてその背を押してやる。
了からはどんな策か聞いていないが、その様子は何をする気なのか分かっているというようにも聞こえる。
もしかしてと了が伸の目を見つめると、伸は分かっていると言うように頷きで返した。
それを見て決心がついたのか、了は気合いの入った表情で観客席は満杯の訓練場中央へと足を進めた。
「構え!!」
「「…………」」
審判の合図により、綾愛と了は木刀を構える。
そして、開始前に唯一おこなっていいとされている身体強化の魔術をお互い始動する。
「始め!!」
「ハァーーーッ!!」
「っっっ!!」
開始早々、了は綾愛へ向かって突進する。
了の秘策は開始早々の奇襲に全てをかけるというもの。
しかし、それでも綾愛なら対応できる。
ならば、対応できないくらいの速度で攻めかかる。
全身の魔力を開始早々に総動員し、全速力で綾愛に攻撃を仕掛ける。
1撃に全力をかけた万歳アタック。
まさかの奇襲を予想していなかったのか、綾愛は目を見開いた。
「「…………」」
綾愛と了がすれ違う。
伸以外で了のこの策を予想していた者は僅かだっただろう。
このたった一瞬で勝負は決着した。
「ハハッ!」
この決着に了は笑みを浮かべる。
「まさか避けられるなんて……」
そう言って、了はその場に崩れるように倒れていった。
「フゥ~……」
了が倒れたのを見て、綾愛は大きく息を吐いた。
「危なかった……」
そして、安心したようにその場に座り込んだ。
「勝負あり! 勝者柊!」
了が戦闘不能になったことを確認した審判は、綾愛の勝利を宣言した。
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