第34話

「あの話聞いたか?」


「あぁ! 柊家が魔人を捕縛したって話だろ?」


「さすが柊家! スゲーよな!」


 休日明けに学校に行くと、多くの生徒が先日の魔人捕縛の話をしていた。

 それもそのはず、魔人が出現したと言うだけでも大事だというのに、それが生け捕りされたというのだから尚のこと驚かされた出来事だ。

 魔術師の卵である学生の彼らにとっても無視できる話題ではないため、もちきりになるのも仕方がないことだろう。


「これで他の地区の奴らもバカにできないだろ?」


「あぁ。少しは田舎呼ばわりも減るだろな」


 しかも、それをおこなったのが、八郷地区で有名の柊家によるものというのが大きいかもしれない。

 八郷地区は、大和皇国の中でも農作物で有名な地だ。

 そのせいか、他の地域からは田舎者呼ばわりされている。

 八郷地区出身の人間からするとそれが納得いかないため、これだけの大きな成果を出した八郷地区の柊家のことが鼻が高いと思っているのだろう。


「前にここへ出た魔物もその魔人の仕業だった可能性が高いらしいな……」


「みたいだな……」


 伸といつも通り一緒に昼食をとっているいる了たちも例外ではない。 

 彼らにとってみれば、以前学園に出現した魔物が大量に出たということも引っかる所なのだろう。

 あの時に出現した魔物と戦って、全然太刀打ちできなかったことを思いだしているのかもしれない。

 柊家が流した情報によると、各地に出現した巨大モグラの魔物は、その魔人によるものだったと報告されている。

 自分たちもかかわっただけに、その魔人の狙いが了としては気になっているようだ。

 その了の呟きに、伸は軽く受け答える。


「あの巨大モグラを大量に相手にした上に魔人まで捕まえちまったてんだから……」


「スゲーよな……」


 柊家は、魔人と共に大量の魔物も討伐したことを伝えた。

 学園に出た2体の魔物でも自分たちは太刀打ちできなかった。

 石塚は、その魔物が大量に倒されたということにも衝撃を受けているようだ。

 その石塚の言葉に合わせるように、伸は返事をする。


「そんだけプロと俺たちじゃ実力差があるって事だよな……」


「そうだな……」


 自分たちでは相手にならなかった魔物を大量に倒したというのだから、それだけ実力差があるということだ。

 学園に合格したことで、プロに近付いているという思いがあったのだが、その思いが完全に天狗だったということを、まざまざと分からされたと吉井は少し落ち込むようなような口調で呟き、伸はそれに返答する。


「……何か伸は反応薄いな?」


「「そうだな」」


「えっ?」


 さっきから話をしている3人に対し、伸は短く返答するだけで話に乗っかってくるようなことはして来ない。

 その返答もタンパクな感じなため、3人は違和感を覚えたようだ。

 実際、朝からずっとその話ばかり耳に入ってくるので、飽きているというのが態度に出ていたのかもしれない。

 そこを突かれた気がし、伸は一瞬たじろいだ。


「別に……、ただ柊家の凄さを感じてただけだよ」


「……、あっそ……」


 突っ込まれた伸は、当たり障りない答えで誤魔化そうとする。

 その返答で納得したようには思えないが、了はとりあえずおさまってくれた。


「あっ!」


「おいっ!」


 伸たちが話している所で、食堂内が一瞬ざわつく。

 何かと思っていると、石塚と吉井が伸に知らせるように後ろを指を差した。


「んっ? あっ!」


 何かと思って振り返ると、そこには学園中の話題になっている柊家の人間が近付いてきた。

 当主の娘である綾愛と、その従者のように杉山夏奈津希も一緒にいる。

 その2人を見て、伸は何故食堂がざわついたのかを理解した。


「こんにちは」


「どうも」


 目当てはやはり伸だったらしく、目が合った綾愛は挨拶をして来た。

 伸もそれに軽い口調で反応する。


「放課後にいつもの場所へ来てほしいのだけど?」


「……分かった」


 何の話かは分からないが、何か用があるらしい。

 綾愛が指示するいつもの場所となると、学園から少し離れた所にある料亭だ。

 そこに呼ばれたということは、またもあそこの美味い料理が期待できるということだ。

 それにより、伸は思わず表情を緩めそうになるのを何とか抑えて、短く答えを返した。






「それで? 呼び出した理由は?」


 放課後になり、伸は言われた通りに料亭へと向かった。

 店員も顔を覚えてくれているらしく、あっさりと中へと通してくれた。

 案内された部屋で待っていると、少しして綾愛と奈津希も部屋へと案内されてきた。

 早く話を終わらせて料理を頼みたいという気持ちも少しありつつ、伸は早々にここへ呼ばれた理由を尋ねた。


「分かっているとは思うけど、先日の件による話よ」


「だろうな……」


 綾愛の言うように、何の話かは分かっていた。

 先日の魔人捕縛後は、当主の俊夫に全て任せてしまった。

 捕まえた魔人のその後や、どういう風に柊家の成果にするかなどのことは聞いていない。

 伸としては、鷹藤家に知られないようにしてくれればいいので、その他のことはどうでもいいというのが本心だ。

 一応当事者なので、どういう風に話を進めるかの確認もあるのだろう。

 俊夫はその説明を同じ学園に通う綾愛にさせることにしたようだ。


「捕まえた魔人は皇都へ連れていかれることになったのだけど、あなたの望み通り、あの魔人は柊家が捕まえたということに魔闘組合に報告したわ。でも、誰が倒したのかをどこまで隠せておけるか分からないわ」


「そうだよな……」


 綾愛の言葉に、伸は分かっていたように頷きを返す。

 現在は捕まえた柊家の施設によって厳重警戒で捕縛されているが、魔人の研究をするならトップの研究者たちが集まる皇都でおこなうとなるのは当然だ。

 そのため、魔人を皇都へ輸送するのは分かっていたことだ。

 柊家の人間が出現した魔人を捕まえたということは、簡単に解決できるので嘘にはならない。

 伸によって制圧されたと知られても、伸が柊家の人間であるように手配すればいいだけのことだからだ。


「魔人が喋っちまうかもしれないからな……」


 柊家の人間が口をつぐんでも、魔人が会話ができる。

 皇都に運ばれて聞かれた魔人は、誰にやられたのかを話してしまうだろう。

 そうなれば、柊家の人間としては話さなければならなくなり、伸の名前を出すしかない。

 伸が何者かを調べようとすれば、八郷学園の高校生であると知られていまうかもしれないため、柊家は伸の名前を秘匿するという約束を反故にしてしまうことになる。

 そのことをあらかじめ伝えてきたのだろう。


「そうなったら仕方がない」


「それで……」


「ん? 何だ?」


 あの時伸は、多くの市民に被害が及ぶことを考えて、魔人を放置するという選択をしなかった。

 魔人についてはこれからの先の未来のことを考えたら殺してしまう訳にはいかなかった。

 研究材料と利用できるように生け捕りにしたのだから、それでバレてしまうのは仕方がない。

 鷹藤家も、今回のことで柊家にまで手を出すようなことはないだろう。

 そう思って諦めている伸に、綾愛は何か言いにくそうにしている。

 まだ何かあるのかと思い、伸は首を傾げて問いかけた。


「約束を守れなかった身としては言いにくいのですが、父としては柊家との関係は継続して欲しいとの話です」


「何だ、そんな事か……。そっちが迷惑でないなら別にこっちから切るつもりはないさ」


「そう……。それを聞いて安心したわ」


 魔人を捕まえたのは柊家ということは、国中に大々的に発表してしまった。

 いまさら伸が関係ないと言い出したら、柊家の評判は一気に落ちる。

 そうならないためにも、伸には柊家の関係者でいてもらいたいが、約束としていた伸の秘匿を守れなかったため、頼むしかない立場の綾愛は急に敬語で話してきた。

 しかし、伸としては別に柊との関係を切るつもりはない。

 鷹藤との関係を抜きにしても、名門の柊家が後ろ盾でいてくれるのはありがたい。

 なんなら、卒業後もいいところに就職が内定しているようなものだ。

 伸が関係を切らないことに安堵したのか、綾愛はすぐに口調が戻った。


「じゃあ、どうぞ」


「やった!」


 話はそこで終わりと言うかのように、綾愛は伸へメニューを渡す。

 それに反応するように、またここの料理が食べられると知った伸はガッツポーズをしたのだった。


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