第32話
「…………」
「どうした!? 恐ろしくて何も言えんか!?」
伸への怒りによって、魔人のモグラ男の体からは強力な魔力が解放される。
その姿を何も言わずに見ていた伸に、モグラ男が問いかける
普通にどれほどの強さかを評価していただけで、別に恐れを抱いたという訳ではないのだが、勝手に勘違いしているようだ。
「フッ! 今更怖気づいてももう遅い! 配下を殺した貴様には、地獄を見せてやる! そうだな……」
モグラ男は、そのまま話を続ける。
恐れから固まっている伸の反応に、余裕を取り戻したかのように笑みを浮かべる。
しかし、その反応を見ても怒りが収まらないのか、伸を甚振ることに決めたようだ。
そして、どこをどう甚振るかを考えつつ、モグラ男は伸の全身を眺めた。
「まずはその左手をもらおう!」
モグラ男からしたら、たまたま目に付いたというのが理由だろう。
標的とした伸の左手を指差すと、モグラ男はまるで姿を消したかのような速度で伸の左手側に迫っていた。
「へぶっ!!」
モグラ男の武器となる爪が、伸の左手へ向けて振り下ろされる。
しかし、その攻撃は空振る。
そして、その瞬間にモグラ男の顔面には衝撃が走った。
「……?」
「……どうした? 左手をもらうんじゃなかったのか? もしかして左手の攻撃をもらうと言いたかったのか?」
「き、貴様……!!」
衝撃を受けた鼻を抑えつつ、何が起きたのか分からず不思議がっているモグラ男へ伸が問いかける。
その質問で、自分の爪によって斬り飛ばすはずだった左手で、伸がカウンターパンチを放って来たのだと理解した。
抑えた手に付いた血に、モグラ男は鼻血が出ていることに気付く。
一方的な蹂躙を想定したため、まさかの出血に一気に頭に血が上ったらしく、モグラ男は歯をむき出しにして伸を睨みつけた。
「殺すっ!!」
怒りによって、さらにモグラ男から放出される魔力が膨れ上がり、先程以上の速度で伸へと襲い掛かった。
モグラ男の振り下ろした爪を、伸は地を蹴って横へと回避する。
「逃がすかっ!!」
攻撃を躱されたモグラ男は、左へと跳び退いた伸をすぐさま追いかける。
そして、伸に追いつくと両手の爪を振り回して攻めかかった。
「速い!!」
「しかし躱しています!!」
魔人の移動速度に、綾愛は驚きの声をあげる。
それに言葉を返すように、柊家の魔術師である井上が叫ぶ。
目の前で繰り広げられる伸と魔人の戦闘に、自分たちは何もできないでいる。
「すごい……魔人相手に……」
モグラ男が攻撃をして、伸が逃げ回っている。
魔人相手にそれだけでもすごいことだ。
自分ならあの魔力の圧力に屈し、何もできないうちに殺されている。
高校生だからと言うだけでなく、新人の魔術師でも同じような結果になっていることだろう。
それなのに、伸は何度も繰り返される攻撃を無傷で回避し続けている。
綾愛が思わず称賛の言葉を呟くのも致し方ないことだろう。
「……なあ? 押されているというより……」
「あぁ……、何だかあの少年互角に戦っているような……」
「……というか、押していないか……?」
洞窟内で伸の実力の一端を知っていた安井・泉・山下だったが、さすがに魔人相手に戦えるなんて思っていなかった。
魔物を殲滅してくれただけでもありがたいが、まさかここまでの実力を持っているとは予想できなかった。
認めたくはないところだが、柊家の当主である俊夫よりも上だと認めざるを得ない。
しかも、攻撃を避け続けているだけだった最初とは違い、段々と伸も攻撃をし始めたことに唖然とするしかなかった。
「セイッ!! オラッ!! くっ!! ちょこまか動くな!!」
「何言ってんだ。攻撃されたら避けるに決まっているだろ?」
追いかけての攻撃を続けるモグラ男だが、1撃も当たらず掠りもしない。
それに伴い、怒りのパラメーターも上昇しているのか、モグラ男の攻撃は段々と大振りになってきた。
どんなに追いかけて攻撃しても逃げ回られることに、モグラ男は伸へ向かって文句を言う。
その文句に対し、腹を立てているモグラ男と違い、冷静な伸は当たり前のことを返答した。
「このっ! ぐっ!!」
大振りになってきたモグラ男の攻撃に、伸はそろそろ自分も攻撃することにした。
モグラ男の右の爪攻撃を躱し、それに合わせるように左手のパンチを顔面へ打ちつける。
その攻撃を受け、モグラ男は一瞬動きが止まる。
「貴様っ!! がっ!! ごっ!! うっ!!」
攻撃を受けたモグラ男は更に腹を立て、攻撃が更に単調になる。
単調で読みやすいからカウンターも合わせやすく、振り回す爪攻撃の1つ1つにパンチを打ち込んだ。
「ハァ、ハァ……」
「どうした? 攻撃は終わりか?」
攻撃をするたびにカウンターを合わせられ、モグラ男の顔が段々と腫れあがってくる。
堪らず伸を追いかけることを停止するモグラ男。
動き回っていたことによりいつの間に体力を消耗していたらしく、動きを止めると激しく呼吸を繰り返した。
顏が晴れ上がり、苦しそうに息を切らすモグラ男を、伸は冷ややかな目をしながら問いかける。
その目はまるで、お前の実力はその程度かと言っているかのようだ。
「これはいいか……」
「……? ……何の真似だ?」
モグラ男の実力が分かった伸は、ずっと持っていた刀を鞘に納める。
まだ戦いの最中だというのに、どうして刀を納めたのかモグラ男は理解できず、その行為の意味を伸へ問いかけた。
「お前程度の相手には必要ないだろ?」
「…………っ!!」
伸のあまりの舐めた態度に、モグラ男は言葉が出ないほどに怒りが沸き上がる。
体の至る所に血管を浮き上がらせ、モグラ男は伸へと襲い掛かった。
それは最早、何の考えもない直線的な攻撃。
これでは配下の巨大モグラと変わらない。
知能があることが魔人だというのに、完全に伸の思うつぼだった。
「フッ!!」
怒りに任せた攻撃に対し、伸は先程納めた刀を抜く。
その抜刀術によって、モグラ男の右腕は血しぶきを上げて舞い上がった。
「ウッ……、ウギャーー!!」
肘から先の部分が無くなり、その部分から血が噴き出す。
何が起きたのか分からず一瞬呆けた後、モグラ男は大きな声をあげて悲鳴を上げた。
「お前バカだな。納刀したからって使わないなんて言っていないぞ……」
「お、おのれ……」
このモグラ男は、感情が表に出やすい。
コントロールが下手なのだろう。
それを感じ取った伸は、利用させてもらうことにした。
配下の魔物を倒し、攻撃を躱し続け、言葉による挑発も組み合わせてモグラ男の怒りを煽った。
伸の思い通りに事は運び、モグラ男に大怪我を負わせることができた。
『何なんだこのガキは? 何で魔人の俺がやられているんだ……』
激痛と大量の出血により冷静さを取り戻したのか、モグラ男は自分が完全にもてあそばれていたことを理解する。
恐らく、この若い人間はまだまだ本気を出していない。
怪我をしているなんて関係なく、自分はこの人間には勝てないと判断した。
『こうなったら……』
「……んっ?」
このままではこの人間に殺される。
そう思ったモグラ男は、柊家の魔術師たちの方に視線を向けると、伸へ向かって地面の土を巻き上げる。
伸の視界を潰そうとするよくある行為だ。
これで伸の動きが少しでも遅れればいいという考えだ。
爪によって土を巻き上げると、モグラ男は思いっきり地を蹴った。
「ギ、ギャァーーー!!」
地を蹴った次の瞬間、モグラ男の左腕が吹き飛ぶ。
目つぶしの意味は全く意味をなさず、伸によって策を止められてしまったのだ。
「人質を取ろうとするのが丸分かりだっての」
痛みにのたうち回るモグラ男を見下ろしつつ、伸は呆れたように呟いたのだった。
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