第30話

「お父様!!」「「「「ご当主!!」」」」


 突如巻き起こった竜巻によって出来た道を通って、伸と共に綾愛と井上たちが仲間のもとに駆け寄った。

 そして、その仲間たちの中央で回復魔法をかけられている当主の俊夫を見て、一気に表情を青くした。


「「「「「お嬢!!」」」」」


「脱出できたんですね?」


「お前たちも良く生き残った!!」


 魔物によって脱出できずにいると聞いていた綾愛と 最初に魔物を発見した連絡をしてすぐに通信が途絶えていた井上たちの無事が確認でき、何の希望もなかった魔術師たちは喜びの声をあげる。

 しかし、状況は最悪なため、その喜びもすぐに治まってしまった。


「どうしてこんなことに……」


「……木畑に扮していた、あの魔人にやられまして……」


 腹に穴が開いた状態で回復魔術をかけられている父を見て、綾愛は目に涙を浮かべて誰ともなく問いかけるように呟く。

 それの問いに、回復術をかけているうちの1人が返答する。

 自分たちの中に魔人が紛れ込んでいると思っていなかったため、俊夫にこのような怪我を負わせることになってしまったと、申し訳なさそうにしている。


「木畑? おい!! お前木畑さんはどうしたんだ!?」


「フッ! この中だ……」


 会話の中で知っている人間の名前が出たため、伸はモグラ男に対して木畑のことを尋ねた。

 すると、モグラ男は腹を叩いて返事をする。

 つまりは、食べたということのようだ。


「入れ替わるために殺した! なかなか美味だったぞ!」


「「「「「…………」」」」」


 魔人は人へと姿を変えて世間に紛れ込んでいるという話もあるが、どうやらそれは本当のようだ。

 仲間が殺されたという発言によって、柊家の魔術師たちは頭が真っ白になったかのように無言になった。


「おの…れ……」


「お父様!!」「「「「「ご当主!!」」」」」


 魔人であるモグラ男の発言に、治療を受けていた俊夫は怒りの表情で立ち上がる。

 俊夫の行動に、この場にいた者たちはようやく唖然とした状態から立ち直った。


「駄目です! ご当主!」


「傷はまだ完全に塞がっていません!」


 立ち上がったはいいが、俊夫は腹からは出血をしている。

 回復魔術をかけていた者たちの言うように、まだ完全に傷が塞がっていないようだ。


「俺は…柊家の当主だ! 皆を…守るのが…使命だというのに……」


 部下を殺され、しかも自分が大怪我を負ったことで配下の者たちを窮地に追いやった。

 今日は僅かなず時間しか顔を合わせていなかったとはいえ、木畑の異変に気付くことができなかった自分への怒りも込み上げてくる。

 その怒りが我慢ならなかったため立ち上がったようだ


『本当に魔人みたいだが、あの程度なら倒せるんじゃないか?』


 柊家の魔術師たちが俊夫に目が行っている時、伸は関係ないことを考えていた。

 魔物が進化し、言語を操るようになり、人に擬態できるようになった存在。

 それが魔人だというのだとするならば、言葉の受け答えを見ている限り、確かにあのモグラ男は魔人のようだ。

 そして、魔人の強さは、大軍によって戦うべき存在と生まれてから教わってきたため、いくら自分でも敵わないだろう思っていたし、魔人を見たらさっさと逃げるつもりでいた。

 だが、その魔人を見ても、全く脅威を受けない。

 探知で見た限りその魔力量は俊夫より上だが、自分には及ばないと判断したからだ。


「貴様は…俺が…刺し違えても……」


「……柊の親父さんは俺に任せて寝てな」


「……お、お前……」


 思考状態から解放されると、いつの間にか俊夫が立ち上がっていた。

 怪我をしているのに、モグラ男と戦うつもりのようだ。

 最悪相打ちを覚悟しているような発言だが、そんな事をする必要はない。

 そう思った伸は、しれっと俊夫に睡眠魔術を施す。

 不意打ちと怪我により、俊夫はあっさりと魔術にかかった。

 崩れるようにして倒れる俊夫を受け止め、伸はそのまま地面へ横にした。


「回復を……」


「……あ、あぁ……」


 その様子を唖然として見ていた魔術師に、回復魔術をかけるように指示する。

 伸のその指示に僅かに遅れて頷き、その魔術師は俊夫に回復魔術をかけ始めた。


「井上さんたちも怪我人の治療に当たってください」


「わ、分かった」


 たしかに魔物にやられ、俊夫以外にも怪我人が多い。

 そんな彼らを助けるため、伸は井上たちに回復に当たるように指示を出した。


「敵は俺1人で対応します」


「何を!?」「なっ!?」


 怪我人を治していたら、戦う人間が減ってしまう。

 魔人までいるこの状況では、1人でも多く戦う者が必要なはず。

 それなのに、伸の指示に従う井上たちに首を傾げていたら、伸が1人でモグラ男へ向かって歩きだしてしまった。

 一緒に戦うだけならまだしも、1人でという言葉に、魔術師たちは驚きの声をあげる。


「みんな!! 彼の指示に従って!!」


「お嬢……?」


 伸を止めようと、多くの者が動こうとする。

 しかし、その行為を咎めるかのように、綾愛が大きな声をあげた。

 俊夫が意識がない今、まだ高校生であろうと娘である綾愛の言葉は重要な意味を持つ。

 綾愛の言葉の真意がわからず、井上たち以外の魔術師たちは綾愛へ視線を向けた。


「彼はこの場で最強の魔術師よ!! その彼の指示なのだからおとなしく従いましょう!!」


「最強……?」「あの小僧が……?」


 答えを求めた魔術師たちに、綾愛は凛とした表情で声をあげる。

 綾愛を疑う訳ではないが、そう言われても納得できない。

 高校生の少年が、この場にいる人間より強いというのだから、そう思うのも仕方がないだろう。


「フッ! 生贄にでもなりに来たのか? そう言えば若い人間の味も試してみないとな……」


 綾愛の言葉に魔術師たちが戸惑っている間に、伸はモグラ男に対峙していた。

 モグラ男は、たった1人の人間の子供が出てきたため、何をしに来たのかと思った。

 思いついたのは、自分を生贄として差し出してきたのだということ。

 そして、まだ子供を味わっていないことに涎が出てきて舌なめずりした。


「聞きたいことがあるんだが……、お前本当に魔人なのか?」


「……そうだが、それが何だ?」


 魔物に囲まれている状況で、伸は特に怯える素振りもないままモグラ男に問いかける。

 このモグラ男が本当に魔人なのか、本人に聞いて最終判断にしようとしたのだ。

 その問いに、モグラ男は今さらと言いたげに返答し、伸が何を知りたいのか首を傾げた。


「何だ……、ビビッて損した……」


「何っ!?」


 モグラ男の返答に、伸はため息を吐いて肩を落とす。

 無駄な力を使った気がして、力が抜けたと言いたげな反応だ。

 その言葉と反応に、バカにされていると理解したモグラ男は怒りの声をあげた。


“シャッ!!”


 腰に差した刀に手をかけると、伸は抜刀と共に周囲の巨大モグラを斬りつける。

 それにより、伸の近くにいたモグラたちがバラバラになって崩れ落ちた。


「「「「「っっっ!?」」」」」


 とんでもない抜刀術により、モグラ男だけでなく、綾愛と井上たちの5人を除いた柊家の魔術師たちまでもが目を見開いた。

 魔力による身体強化をしているからと言っても、速さが尋常じゃない。

 高校生の少年にもかかわらず、伸は自分たちとはレベルの違う存在だと、柊家の魔術師たちは綾愛の言っていた意味がようやく理解出来た。


“クイクイッ!”


「くっ!」


 驚きで唖然としているモグラ男に対し、伸は挑発するように左手で手招きする。

 魔人である自分が、人間の子供に舐められていることに怒りが込み上げる。

 表情を怒りに変え、モグラ男は伸を睨みつけた。


「餓鬼の割にやるからと言って、調子に乗るなよ!!」


 たしかに剣の技術はとんでもないようだが、所詮は人間。

 この数の魔物を相手に勝てるはずがない。

 モグラ男は、従える巨大モグラたちに対し、軽く手を上げて臨戦態勢に入らせる。


「やれ!!」


「「「「「ギュッ!!」」」」」


 モグラ男の上げた手が勢いよく振り下ろされ、それを合図にしたように巨大モグラたちが一斉に伸へと襲い掛かっていったのだった。


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