第6話
「了! お前、またカレーかよ?」
「うるせえな! っていうか、お前もだろうが! 石!」
「静かにしろよ2人とも」
「「吉もカレーじゃねえか!」」
学食はそれぞれの学年専用のため、2、3年はここにはいない。
入学して数週間経つと、伸の思った通りの展開になった。
揉めたことなんか忘れ、伸と了に加えて石塚と吉井が毎日のように一緒に学食で昼飯を食うようになっていた。
このメンバーだと、伸と了は下の名前で、石塚は石、吉井は吉と呼びあうようにようになっていた。
仲良くなってしまったのもあって、伸と了は隊を組むことも了承することになった。
変な所で気が合うのか、了・石・吉の3人は、またトレイにカレーを乗せていることに言い合っている。
「3人とも音量を落とせって……」
「「「あぁ、すまん、すまん」」」
段々と3人を止めるのが自分の役割になっているのが、伸としてはなんとなく腑に落ちない。
しかし、毎回のように注目されるので止めない訳にはいかないため、伸は困ったように3人をなだめた。
3人も、何故だか伸に止められたら従うようになっている。
そのことに関してはとりあえず安心材料だ。
言い合いが治まったことを確認し、伸は1人だけうどんをすすった。
「……どいつも、毎日飽きないな……」
「……柊のことか?」
「あぁ……」
少し離れた位置でちょっとした人垣ができている。
入学してすぐから起こっている現象で、もはや何が原因かは誰もが分かっている。
了は心底うんざりするような表情で、その原因の人物に目を向けた。
主席入学の柊綾愛が、食事もさせてもらえないくらいに引っ切り無しに隊への勧誘を受けている。
学園のカリキュラムは、前期と後期に分かれており、実際に魔物と戦う訓練は2年になってからだが、1年の後期には隊による訓練も開始される。
少しでも高評価の成績を得るのなら能力の高い者と組むのが当然だが、さすがに毎日勧誘される柊の身になると、了と同じく伸も大変そうに思えてくる。
「今の所、あの一緒にいる子だけらしいぞ」
「あの子も、柊家に仕えているから隊に入れたなんて言ってるやつもいるらしな?」
「みんな必死過ぎだね……」
柊の対面に座る女の子は、柊と同じクラスの女の子で、柊家に仕えている家の者らしい。
同い年なのだから、同じ学校で共に過ごすように言われているそうだ。
もしもの時には護衛をしろとでも言われているのだろうか、いつも一緒にいる所を見る。
背が低く、本当に高校生なのかと聞きたくなるようなベビーフェイスと体型だ。
名前を杉山と言っていたが、彼女も柊同様食事もできず、困っているような表情をしている。
「……おいっ! あれ見ろ! 人気者さんたちの登場だ!」
柊を取り囲む人垣の中に、4人の男女が入っていく。
B組の男子が1人、D組の男子と女子が1人ずつ、F組の男子が1人の4人で、この学年でイケメンと噂になりつつある者たちとカップルの集団だ。
因みに、D組の男女が付き合っているらしい。
見た目によって女子から人気が出つつある彼らのことが気に入らないのか、吉は若干馬鹿にしたように指さした。
「柊さん! 僕はB組の渡辺と言います!」
「……そうですか」
ちょっと有名な4人の登場に、いつの間にか声をかけていた他の者たちは距離を取っている。
渡辺らがここに来たのも同じ理由なのだろうと、みんな察しているだろう。
彼らのやり取りがどうなるのか見届けるつもりのようだ。
しかし、中には彼らが来たら無理だろうと、諦めて去っていく者までいる始末だ。
渡辺たちも、自分たちの評判を知っているからか、自信があり気なイケメンスマイルで柊に話し始めた。
「もしよかったら、僕たちと隊を組んでくれませんか?」
1年の中で1、2を争うイケメンと、主席入学の美人の組み合わせ。
周囲にいた者の多くは、これは決まりだろうと、柊の答えを待った。
「ごめんなさい。他の方も見てみたいので……」
「そ、そうですか……」
まさに瞬殺。
申し込まれた柊の方は、渡辺のことを何とも思っていないかのように、すぐさま定型文と化した断りの言葉を返した。
悩む素振りすら見せないその態度に、渡辺は若干顔を引きつらせた。
「「「ブー―ー!!」」」
「っ!! バカ!」
そのやり取りを黙って見ていた了・石・吉の3人が、急に噴き出し、笑い始めた。
静まっていただけに、その笑い声は悪目立ちした。
断られた渡辺だけでなく、断った柊にも見られることになってしまった。
咄嗟に伸が3人を止めようと思ったが、もう遅かった。
「何だ!? 君たちは!!」
自分が笑われたことが分かり顔を真っ赤にした渡辺が、仲間の3人を引き連れて伸たちの所へとやってきてしまった。
「ハハハハ……!」
「すまんすまん!」
「自信満々に言って断られているから……」
「「「ブーーー!!」」」
渡辺に凄まれても3人は笑いが止まらず、とても謝っているような態度に見えない。
それどころか、吉は笑いの燃料を足すかのように発言して、笑いを大きくしていた。
「おいっ! 渡…辺くんだっけ? こいつらが済まないね。勘弁してやってくれ」
たしかに吉の言ったように、自信満々で断られた姿は滑稽の一言。
吉の一言で、他の男子もツボに入ったのか、イケメンともてはやされている渡辺の恥ずかしい一面を見れて笑いをこらえている。
伸も実の所は笑いたいところだが、なんとかそれを抑えて渡辺の怒りを抑えようとしている。
「こんなバカにしておいて勘弁しろとかよく言えるな!」
「聞いているぞ! お前らC組の奴らだろ!?」
「入学早々対決騒動起こすような問題児同士が、よく平気な顔して一緒にいられるな!?」
「そうよ! そうよ!」
渡辺とその仲間たちは、次々と怒鳴るように言葉を吐いてきた。
どうやら、伸たちが揉めたことは他のクラスにも広まっていたようだ。
1年は入学早々揉めるのが恒例行事で、全クラスを合わせても、伸たちが一番最初に揉め事を起こした者たちとして問題児扱いされているらしい。
「あぁ!?」
「何だと……」
「石! 吉! 落ち着けって!」
石と吉の2人は短気だ。
問題児扱いが気に入らなかったのか、立ち上がって渡辺たちを睨み始めた。
どんどん空気が悪くなる中、伸は何とか2人の怒りを抑えようとする。
「そうだぞ! あんな自信満々で断られたんだから、彼は傷心中なんだぞ!」
「「「ブー―ー!!」」」
これまで大人しくしていた了が、伸に協力して止めてくれるのかと思った。
しかし、その思いは間違いで、更に渡辺をバカにするような言葉を放った。
その言葉によって、完全に頭に血が上ったらしく、渡辺はプルプルと震え出した。
「貴様ら……!!」
「あっ、ちょっ……」
「お前らに今日の放課後決闘を申し込む!!」
こんな空気になったら、伸には次に出される言葉が予想できた。
明らかにまた面倒なことになると思い、伸が止めようとするが間に合わない。
渡辺によって、学食中に響くほどの大きな声で宣戦布告された。
「
「……何でまた俺まで入ってんの?」
渡辺が言うように、この場は4人同士ではある。
いかし、伸は止めようとしていたのを、渡辺たちも見ていたはず。
なのに、何で同罪のようにされているのか納得がいかない。
「面白れぇ!」
「そのツラ、ボコってやんよ!」
「更なる傷心状態に落としてやるよ!!」
「「「ブー――!!」」」
伸の気持ちは考えず、血の気が多い3人は決闘を受け入れてしまった。
しかも、了は更にバカにするようなおまけまで付けた。
分かっていたが、もう完全になかった事にはできないようだ。
「……クッ!! 審判はこっちが用意する。逃げんなよ!」
ここまでバカにされて、殴りかからなかったのは偉い。
渡辺はこめかみに血管を浮かび出しつつ、仲間と共にその場から去っていったのだった。
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