第40頁 色
「友達記念に僕の話を聞いてもらってもいいでしょうか」
「よろしくお願いします」
気を取り直して話を切り出せば、アサヒさんの瞳が嬉しそうに輝いた。どうやら僕の話を楽しみにしてくれてるらしい。だけど、そんなに期待されても大した話は出来ませんよぅ。
「何を話そうかな……あぁ、家族の話をしようかな。僕は今ひまわり畑の調査で宿生活ですが、ここからずっと西の街に家族が居ます。まぁでも、僕の両親もロッカス研究所の学者でして、超常現象の調査に向かっているので、今家に居るのはおばあちゃんだけですが」
「おばあ様」
「優しいんですよ。僕が小さい頃、忙しい両親の代わりにたくさん遊んでくれました。絵本を読んだり、絵を描いたり」
「素敵なおばあ様ですね」
※※※
そんなこんなで時は流れて。僕は自分の話をたくさんした。家族の話、ロッカス研究所の仲間たちの話、街での生活のこと、趣味などなど。これはお見合いかなってくらい、いろんなことをアサヒさんに聞いてもらった。
だけど面白くもない僕の話を、アサヒさんはちゃんと聞いてくれた。頷いたり、時には質問したりしながら楽しい時間を過ごせた気がする。
「わ、私の、家族、は……」
次は何の話をしようかと考えていれば、隣から聞こえたのは何処となく苦しそうなアサヒさんの声。彼女の方を見れば、眉間にしわが寄り胸元を押さえていた。
そんな状態にもかかわらず、言葉を続けようとするアサヒさんを慌てて止める。
「無理に話さなくていいですよ。話したい時に、話したいことだけでいいです」
「ありがとう、ございます」
そう告げれば、彼女からふぅと息が漏れた。緊張……とは少し違う気がする。話すことを怖がっているような、そんな気がした。
話した後の僕の反応が怖い? 怒るとか、拒絶するとか思ってる? アサヒさんが怖がるような反応、僕はしないと思うけども。彼女が何を抱えているのか、全く分からないけれど、いつか話してくれるかな。
「そう言えば、陸奥さんは私に何を聞きたかったのですか?」
コテンと首を傾げながら、問いかけるアサヒさんの声で僕の意識が現実へと戻ってくる。綺麗な緑色の瞳が、不安半分、好奇心半分といった感じで僕を捕らえた。
そう言えば、教えてください!と言ったのは僕の方でしたね。
「では早速質問させてもらってもいいでしょうか?」
「どうぞ」
ふふっ、ちょっと待って。そんなかかってこいや、みたいな表情されましても。採用の面接じゃないんですから、もう少し肩の力を抜いてくださいよ。
でも困ったな。改めてアサヒさんに聞きたいことを考えてみると。聞きたいことはいっぱいあるんだけど、「答えたくない」って言われるような気がする。
アサヒさんが答えてくれそうな質問で、僕が聞いてみたいこと……
「好きな色は何ですか?」
小学生かな、僕は。20歳を過ぎたいい大人が、何を聞いているんだろう。言ってから恥ずかしくなった。
こんなこと聞かれたってアサヒさん困るに決まってるじゃん。きっとまたゴミを見るような瞳で僕のことを見て……
「……」
なかった。それはどういう表情の顔なの?
アサヒさんは顔のほとんどが隠れてしまっている。左半分は前髪で、口元と鼻はマフラーで。だから右目と眉くらいでしかその感情を読み取れない訳だけど、今はどういう感情なんだ? 怒ってる? 呆れてる? んー、どれも違うような……
……はっ! もしや、無? 無の状態なのかもしれない!
僕がいきなり小学生みたいなことを聞いたから、呆れの感情が限界点を突破して無の境地にたどり着いたに違いない。どうしよう、僕はとんでもないことをしてしまったんじゃないか! 早くアサヒさんに戻ってきてもらわないと!
「あの、アサヒさん。ごめんなさい、変なことを聞いて……」
「緑色です」
「へ?」
「私の好きな色、緑色です」
答えてくれた。
質問した僕が思うのも変な話だけど、ちゃんと答えてくれるとは思わなかった。「それを聞いて何になるんですか」とか鼻で笑いながら極寒対応が出てくると思っていたのに、意外だ。
しかも、どことなく嬉しそうにしている雰囲気を感じる。いつもより声に温度があるような気がする。しかもすごく優しい温度。初めてかもしれない、アサヒさんの温度がある対応は。
僕は何げなく聞いた質問だったけど、アサヒさんにとっては緑色は何か特別な意味があるのかな。
「緑色のどんなところが好きなんですか?」
「私の瞳の色です。両親と同じ」
「ご両親も緑なんですね。綺麗ですよね!」
「……はい」
僕が彼女の瞳をもっと良く見ようと、ズイッと身体を乗り出すと、速攻でアサヒさんに顔を背けられてしまった。
おっとぉ、雲行きが怪しいぞ。綺麗だからもっと自慢して見せびらかせばいいのに、アサヒさんは謙虚なのだね。
「きょ、今日はこれで終わりです。失礼します」
「え、あ、はい。また」
アサヒさんにしては珍しく、声を裏返させながら走り去っていく。そんなに慌てなくても良いではないですか。一秒でも早く立ち去りたいほど、僕と一緒に居るのは嫌ですか。不愉快なのですか。
「さっきまでは良い感じだったのにー」
アサヒさんが走り去り、ひまわり畑に僕一人。パタンと仰向けに倒れ込む。それと同時にひまわりの黄色い花びらが宙を舞った。
※※※
3月20日、午後5時、アサヒのログハウス。
「お帰り」
「ただいま戻りました」
陸奥と別れて、ログハウスに戻ってきたアサヒ。ベッドにのんびりと寝転がっていたエルが出迎えた。しかし、すぐに彼女の目がアサヒの変化を目敏く見つける。
「何? 風邪でも引いた? 顔赤いわよ」
「何でもありません、大丈夫です」
「なになに? 何かあったんでしょ? 聞かせて」
「何でもありません」
「陸奥? 陸奥なのね? 陸奥なのよね?」
「何でもありません!」
耐え切れなくなり声を荒げてしまうアサヒ。エルは彼女のその反応に、陸奥関連の何かを悟る。
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