第13頁 雪のように、雨のように
「ただいまー!」
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい」
僕とエルが小屋に戻ると、いまだケルベロスは穏やかな顔のまま眠っていた。そして、僕は拾ってきた棒たちをアサヒさんの前に広げる。
「ありがとうございます。あ、これいいですね」
「でしょ? エル自信のセレクトよ」
「ありがとうございます、助かりました」
ドヤ顔で胸を張っているエルを、アサヒさんはにこやかな瞳で見つめた。顔のほとんどを隠しているから、感情を読み取るのが難しいけれど、エルと話しているアサヒさんからは楽しそうな雰囲気が滲み出ている気がする。僕ともそんな感じで話をしていただけないでしょうか……
「では、早速作りますか」
アサヒさんはそう言うと、棒をケルベロスの残っている足の長さに揃うように切った。そして、断面を丸く削り、形を整えていく。
「木の棒って、すぐに折れたりしないんですか?」
アサヒさんは集中して机に向かい作業しているので、ふわふわと浮かんでいるエルに尋ねてみた。頑丈そうなやつを選んできたつもりだけど、所詮は木。体重のあるケルベロスを支えることができるのか、疑問が残る。
「あぁ、それなら心配ないわ」
「心配ないとは?」
「エル、いいですか?」
「はーい」
僕が疑問を抱えていると、アサヒさんに呼ばれてエルが飛び立っていく。首を傾げながら、僕もその後に続いた。そしてアサヒさんの手元を見ると、角張った所が取れた木の棒が。
「お願いします」
「うん」
アサヒさんが合図をすると、エルが天高く舞い上がった。それと同時に彼女の羽根から、緑色の粉が舞い落ちる。
その粉はゆっくりと下降しながら、木の棒に降り積もった。まるで静かに雪が降り積もるかのように。それでいて雨がしっとりと染み込んでいくかのように。
「綺麗……」
その幻想的で神秘的な光景に、一瞬息を吸うことを忘れた。気がつくといつの間にか瞳が湿っている。こんなに心動かされる光景を見たのは、生まれて初めてかもしれない。
※※※
しばらくすると、エルが地上に降りてくる。彼女は一体何をしていたんだろう。
「これって?」
「この木の棒を強化し、折れにくくしました」
「本来の骨の強度まではいかないから、注意は必要なんだけどね」
アサヒさんとエルが説明してくれる。妖精特有の神秘的な力なのかな、凄いな。これならただの木の棒も、しっかりとした足の役割を果たしてくれることだろう。
そして、アサヒさんはおもむろに眠っているケルベロスの元まで行くと、切断した足の断面に思いっきり義足を突き刺した。え……突き刺した⁉
「ちょっとぉ!? 何をしているんですか!?」
「見ての通り、義足を装着しました」
「強引すぎません?」
あまりにも無理矢理すぎるやり方に、驚き以外の感情が出てこない。もっとこう、筋肉や骨を繋ぎ合わせるとか、手術みたいなことしないの? それにいくらエルの加護を受けた立派な義足だと言っても、あんな風に木を突き刺されて大丈夫なの!? 傷口に塩を塗るような鬼の所業。絶対痛いよ。
「大丈夫ですよ。ほら、見てください」
アサヒさんの声に誘われて、僕は恐る恐る目を向けてみる。ベットの上には穏やかに眠っているケルベロス。痛みに悶絶しているとか、そんな様子は全くない。そして、突き刺された足の断面からは、蔓のような物がウゴウゴと出てきていた。それらは義足をするりと撫でたり、ペシンと叩いたりしながら騒がしくしている。
「えっと……これは一体?」
「異形と自然は身体に馴染みやすいんです。なので、先ほどのように切断面に差し込めば、身体が勝手に繋ぎ目を補強してくれます」
「へ、へぇ」
彼女の言葉に僕はポカンと口を開けてしまった。
いいのか、そんなふんわりとした身体の構造で!? 馴染みやすいって言っても、こんな感じで馴染むんですねぇ。びっくり。
しばらくすると、アサヒさんが言った通り蔓が木の中に入り込んで、波縫いのように繋ぎ目を形成していく。
「おぉう」
思わず声が漏れた。動いている蔓たちがまるで歓迎の踊りをしているかのように、楽しそうに動いているのだ。本当に相性がいいんですねぇ。
しばらくすると、蔓が完全にその動きを止め、ケルベロスの瞳がパチリと開く。
「おはようございます」
「#%(B#V(」
「ここは私の小屋です。あなたが眠っている間のことをお話しますね」
そして、起きたケルベロスに対してアサヒさんが治療のことを説明していく。腐敗がひどく、足を切断するしかなかったこと。代わりに義足を作り、装着したことなど。
「早速で申し訳ありませんが、少し歩いていただけますか? 歩き心地を見たいのです」
「!*Jdgoj」
「痛みもないようですね、良かったです」
「折れにくくなってるけど、折れない訳じゃないの。気をつけてね」
「pk2tjp 2」
ケルベロスがトコトコと小屋の中を歩き回る。慣れていないためか多少不安定な所はあるものの、転んだりすることなく元気に歩けていた。そして、その姿はとても嬉しそうで、どこか誇らしげで。見ているこちらの心も温かくなるような姿だった。
「……」
だけど、それと同時に、胸の奥が少し痛んだ。このケルベロスは本当に足を失わなければいけなかったのだろうか、と。
ケルベロスが倒れていた場所へ、点々と血の道が出来ていた。だから誰がどこで撃ったのか、どんな状況だったのかは分からない。でも、彼は僕を見ても襲いかかってこなかった。今もアサヒさんたちに作ってもらった義足で、誇らしげに僕の前を歩いている。彼に人を襲おうという気はないように思う。
そんな無垢な存在が、何故足を失わなければいけないのだろう。何故生死の境を彷徨わなければいけなかったのだろう。
以前僕が撃ってしまった異形のお母さんだってそうだ。食べられると思って撃ってしまったけれど、本当はそんなことはなくて。娘さんを返してほしかっただけで。撃たれる必要なんてない、無害な存在だった。
それなのに人間は異形がそこに居るだけで、銃弾を撃ち込む大義名分を得る。あまりにも悲し過ぎないか、そんな世界。そう考えると、胸の奥の痛みが更に加速していった。
※※※
2月8日、午後6時、アサヒのログハウス。
陸奥がログハウスを後にし、部屋にはアサヒとエルの二人きり。治療に用いた物品を片付けていると、エルが無邪気に呟いた。
「陸奥は、ひまわり畑の調査をしてるんだってね」
「そのようです」
「教えてあげないの? その方がアサヒにとっても好都合でしょ?」
エルのその言葉を聞いて、アサヒの纏う空気が変わったような気がした。その気配を察して、エルも表情を引き締め、彼女に向かい合う。
「どういう意味でしょうか?」
「ひまわり畑の調査が終わったら、陸奥は元居た場所に帰るんでしょ? あの子が納得するように、理由は幾らでも作ってあげる。さっさと帰ってもらえば? アサヒは賑やかよりも静かな方が好きでしょ?」
「それは……そう、ですね」
エルの発言に対して、口ごもったアサヒ。何かを探しすように、目線を彷徨わせる。その瞳はどこか幼い子供に似ていて。まるで迷子の子供のようだった。
「どうして、でしょうね。不思議と嫌な感じはしないのです。それどころか、懐かしくて心地よくさえ感じてしまいます」
「……」
「そんなことを思ってはいけないんでしょうけど」
困ったように眉間にしわを寄せてアサヒは笑う。彼女自身、今の感情に戸惑っているのかもしれない。嬉しいような、悲しいような、寂しいような。様々な感情が入り混じった表情で笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます