第92話 ペロッ。これは唯桜の仕業……!
その日、ラルフグレイン領にファリド・リル・ピースメーカーの一万の艦隊が到着した。
「どうしてだ。どうして、我が領内で厄介事が立て続けに起こる?」
ラルフグレイン卿の顔は土気色だ。
今まで貴族としてひたすらに働いてきた。力及ばぬことも何度もあったが、それでも領内の安定と平和のために邁進してきた。そんな彼をあざ笑うように魔王が顕れ、ヴァルドルフとイヴァルが来訪し、そして今度は第二皇子のファリドだ。
ラルフグレインは腹を押さえる。キリキリと痛む。ここ最近は、心労でなかなか眠れていない上、この腹痛だ。医者からはストレス性の胃痛だと診断されているが、そんなことはラルフグレイン自身が一番よくわかっている。
画面に表示されたファリドの艦隊。その先頭にはファリドの旗艦が堂々たる姿を見せていた。洗練された造形の旗艦は、銀河帝国の宇宙艦船技術が惜しげもなく注ぎ込まれているのだろう。青く輝く船体が引き連れている艦隊も、指折りの騎士や兵士で構成されているとみえる。
「ラルフグレイン卿。ファリド・リル・ピースメーカー殿下より、無電が入っています。繋げますか?」
「………………頼む」
本音はともかく、皇族からの通信を否むなどできようはずもない。壮大なため息をつきつつ返事をする。
『貴公がラルフグレインか。我はファリド・リル・ピースメーカー。帝国の第二皇子である』
知っているよ……と小声で言いたくなったが、ラルフグレインはなんとかその衝動を飲み込んだ。そんなことを言えば、不敬だなんだと大変な目に遭うのは絶対だ。やはり、最近は情緒不安定になっている。
『貴公の領内の蟲どもを駆逐しに来た』
そう言うと笑みを浮かべるファリド。その笑顔が何処か人間性が欠けた、ヤバさが伝わってくる。戦好きで知られるルビア皇女とはまた異なる戦闘狂で知られるファリド。ラルフグレイン自身は彼と初めて会話したが、どうやら噂通りの人物らしい。
「左様でございますか。こちらに来られるまでに、宇宙海賊を狩っていたとか……。お疲れでしょう。歓待の準備を整えてございます」
「ほほう。悪くないな」
派手好き。仲の良い貴族にファリドの人となりを予め聞いておいて良かった。これがヴァルドルフならばやんわりと断り、ルビアやイヴァルならむしろ激怒しただろう。
「勝利を前に祝うのも悪くない。魔王を名乗る狐め、我が栄光の礎にしてくれる」
そう簡単にことが進めばいいですけどね。
ちょっと投げやりになりつつあるラルフグレイン卿だった。
* * *
その日、イヴァルが学園に登校してきた。どうでもいいが、こやつ……登校してい
る日の方が珍しい気がする。自分から編入してきたくせに、皇族の連中は勝手だ。
リベル様も大概ですよ――と、機械メイドがジト目で見つめてくる幻が見えた気がするが、気の所為だ。
「エレア。兄上――ファリド兄が来ているらしい。どうやら、父の跡を継ぐために功績を積み重ねようとしているようだ」
「は、はい……」
なんかエレアの手を取りながら言っているが、ファリドがラルフグレイン領に来たからエレアになんの関係があるのだろう。俺にはよくわからん。
「だが、安心するといい。帝国を手にするのは余だ。そして、あまねく星々の瞬きで花束を作ってやろう。それを受け取るのは、ただ一人。そなただ」
うん、何を言っているのかよくわかりません。
「……はあ、ありがとうございます」
困惑&困惑といった表情を浮かべるエレア。ちらちらと俺の方を見ているが、俺が助け舟を出せるわけがない。何故か、イヴァルは学園内では俺を認識していないらしい。根本的に他人に興味がないのだろう。
「イヴァル殿下。エレアが困っています」
おお、天パ! 流石、主人公サマは違う。あのおっかないイヴァルにも簡単に逆らえる。俺にはとてもできない。
「なんだ、エイジ。ヴァルドルフ兄上のお気に入りらしいが、貴公も余の覇道を邪魔するか。路傍の石故に捨て置いてやろうと思っていたが、どうやらそんな寛大さは不要のようだな」
「いえ、自分はイヴァル殿下に逆らうなど……。ただ、男女間では押して駄目なら引いてみろとの言葉もあります。時には身を引くことも重要です。戦もそうでしょう?」
「むう……確かに」
素直か!
「いいだろう。貴公の諫言を許そう。ではな、エレア。騒がせた」
そう言い放つと銀髪の皇子は立ち去った。あいつ、何しに学校に来ているんだろうか。
「エレア。大丈夫だったかい? イヴァル殿下も皇帝を目指しているから、ファリド殿下が魔王を倒さないか気が気じゃないんだろう」
「う、うん。イヴァル殿下も大変だね……」
エレアも充分大変だと思う。あんな戦闘狂に惚れられたんだから。
「しかし、魔王はどう動くのかな。どうやら水面下で組織を作っているらしいけど、ファリド殿下の艦隊と戦えるような規模ではなさそうだし」
チャイムが鳴る。ホームルームの開始だ。
教師が眠そうな顔をしながら入ってくる。
「この時期だが転校生を紹介する」
教室の扉が開かれ、件の転校生が教壇へと歩を進める。
「……嘘だろ?」
我知らずにつぶやいていた。
「セシリア・サノール。よろしくおねがいしますね」
制服を着たセシリアがそこにいた。
最強のキャバリーライダーの一人。エイジとイヴァル(自主早退)、そしてセシリア……。この教室内だけで世界最高峰のキャバリー戦ができるぞ。
なんと恐ろしい……。まさか、
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