第79話 怪物兵器と怪物二人に任せて、さっさとこの地獄から逃げたい

 ヴァーゲンブルグ――。それは『銀光の勇者シルヴァリオ・エイジ』にて登場した、キャバリーと異なる設計思想で建造された搭乗兵器だ。キャバリーが機動性を重視した戦闘機ならば、ヴァーゲンブルグは空中要塞か飛行戦艦か。圧倒的な火力で有象無象を叩きのめす制圧力と、そう簡単に沈まぬ重装甲を施されたヴァーゲンブルグは、キャバリーで堕とすにはあまりに規模が大きい。


 ヴァーゲンブルグ実験機、ゼルヴェルア。連邦が開発した、ヴァーゲンブルグの映えある実戦投入一号機だ。実験機といっても、本来はアニメの後半に出てくるだけあって、めちゃくちゃな性能を誇り、今生ではまだ見ぬメインキャラクターが犠牲になったのは記憶に残っている。確か、特攻したんだよな……。あんな怪物に生命を捨てて突撃なんて――間違いなく俺にはできない。


 もはやいつものことだが、時期を前倒しにして出てきた新兵器は、今回も疑問の余地を挟ませずに襲いかかってきた。鮮烈な閃光が幾重にも迸り。宇宙を趨る。光熱の光線の網は絡め取られたが最後、触れた部分を溶断する怖ろしい武装だ。


 反応が遅れ、機体には損傷はないが、俺のキャバリーが装備していた盾が光線に触れ、なんの抵抗も感じさせずにすっぱり斬れた。


「ぴぇあああああああああああ⁉」


 ありえんだろ! シールドといえば身を守るためのもの。当然、可動範囲や機動性等の制約のない分、機体そのものよりも遥かに頑丈な代物だ。それが、あっけなく斬られた!


 イヴァルから開放された俺は、遮二無二に熱戦を避ける避ける避ける。防禦なんて不可能だ。敵味方の判別がついているのかはわからんが、ゼルヴェルアの光線の網が投げられた範囲には、爆発の花が大量に咲き乱れている。


 圧倒的じゃないか……。冗談じゃない。なんで、俺はこんな最前線で化け物から逃げ惑っているのだろうか。俺は平穏な生活に憧れているだけなのに!


『クソッ、させるか!』


 エイジのシルヴァリオン(仮)が月姿刀を振るうも。正直あまり覿面な効果は及ぼせていない。キャバリーの斬撃などいくら強力であっても、所詮は刀身の長さに依存している。同じキャバリーのサイズなら、装甲を断ち内部機構も破断する必殺の一撃になり得ようとも、相手がデカブツすぎる。


『無礼者が。焼滅せよ!』


 エイジが離れた瞬間を狙ったノスフェラトゥのビーム砲の一撃も、やはり機動要塞であるヴァーゲンブルグには通じない。っていうか、また跳ね返ってきてるぞ!


「ピョッ……あれ?」


 収束させずに放たれた吸血鬼の熱戦は、周囲に拡散されはしたものの、射程は絞っていたらしい。装甲に当たっても何の傷も負わなかった。おそらく、対メイサーシステムの死角を探ってのことだったと思われるが、残念ながら相当に守備範囲が広いらしい。


『エイジ・ムラマサ。アレは質量兵器やキャバリー本体にはほとんど影響を及ぼさぬ。なんとしても、あのバリア兵装を破壊せよ』

『ハッ!』


 正面切っての撃ち合いがかなわないなら、そうなるのは当然の話だ。再び、銀光の流星となったシルヴァリオンが宇宙を駆ける。だが、明確にシステムの部位が判明していない以上、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる理論にならざるをえない。


「……よし、逃げるか」


 バトルジャンキーどもが獲物に夢中になっている間に、俺はこの戦域から離脱させてもらおう。ヴァーゲンブルグ相手にこんな一般兵用キャバリーなんか、もはやカトンボだ。吹けば飛ぶレベルのクソザコナメクジだ。ザ~コザ~コ。


 巻き込まれる前に――もうかなり巻き込まれちゃっている気がするけど――さっさと逃げる。昔の偉い人も三百六十五日逃げるが勝ちとか言うではないか。


 ということで踵を返そうとした俺だったが……


「ありゃ?」


 機を見るに敏な伯爵軍の兵士はとっくに逃げ出していたらしい。なんて奴らだ。一般人の俺が戦場に残っていて、奴らはトンズラかよ!


『ハハハ、流石だな。余が見込んだことはある』

『イヴァル殿下。どうやら我々三機で斃すしかないようですね』

『よいよい。役に立たぬ雑魚などいくらいようとて同じこと。よいか、ここからが地獄の一丁目ぞ!』


 は? まだ地獄の一丁目じゃなかったの? っていいうか、三機って誰? エイジ、イヴァル、俺……。エイジ、イヴァル、俺…………俺ぇええ⁉


 いやいやいやいや。俺のキャバリーはヨワヨワの標準機ですぞ! 君たちのワンオフ機とかフラッグシップモデル的な豪華絢爛仕様とは訳が違うのですよ? しかも、操縦しているのは俺よォ?


『征くぞ!』


 イヴァルの号令。瞬間、シルヴァリオンとノスフェラトゥがヴァーゲンブルグへと突進する。複雑な網目を縫う二つの流星。先行していたのは、意外にもイヴァルのノスフェラトゥだった。俺が咄嗟にやっていたように、発振器の出力を調整して刀身ブレードを形成して斬りかかる。


『ほう、通じたな?』


 砲銃戦仕様のキャバリーで、こんな化け物へと接近するなど悪夢に等しい所業をイヴァルはやってのけた。頭のネジが吹っ飛んでいるどころか、ネジ穴が存在しないのは確実だ。


 炎のような光刃がゼルヴェルアの装甲をかすめた。先ほどまでは触れることすらできなかったノスフェラトゥが、だ。ここまで接近された状態でバリアを張れば、機体そのものを破損させるからか? それとも、ブレードの出力と密度がバリアを強引に貫通させたからか?


『はああああああ!』


 気合一閃。ゼルヴェルアの脇をシルヴァリオンがかすめ斬った。切り口から黄金の血飛沫めいたエネルギーが弾ける。装甲の薄い箇所を探っていたのだろうか。あんな怪物と戦いながら弱点を見つけるとか、どんな神経をしているんだ。やはり、こいつも頭のネジ穴自体がないに違いない。


 二機であの怪物を圧倒する怪物。もはや怪物の食い合いだ。俺のような凡人に立ち入れる世界ではない。よし、さっさと帰ろう。


 キャバリーAIから警告。ゼルヴェルアの背面から飛翔体の反応を確認? うえっ! あいつ、ミサイルバラ撒きやがった!


 ホーミングミサイルが迫ってくる。俺は反射的に機体を急加速させた。追いすがってくるミサイル。まるで、血臭を嗅ぎ分けたサメのようだ。フレアで撹乱を狙うが、何らかの対策を行っているらしく、追尾してくる本数こそ減ったが、それでも背中を追ってきている。


「くっそ~! は、な、れ、や、が、れ、ええええ!」


 縦横無尽に切り返しを行い引き離しにかかるも、ストーカー気質なミサイル共は諦めない。推進剤がどれほどあるのかわからないが、それが尽きるまで付き合わされるとか冗談じゃない。しかし、所詮人が乗っているキャバリーと無人のミサイルでは、どう殺したとて慣性への耐久度が違う。人間では耐えられない速度と旋回性でじりじりと距離を詰められ――そして。


「うわああああああああ!」


 目前にまざまざと近づくミサイルの、その質感まで見分けられる距離を認めた瞬間、俺の視界は爆発の炎の色に埋め尽くされてしまった。

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