第70話 優勝! 八つ当たりの魔王!

 流石だ。流石としか言いようがない。確かに、全自動操縦でさほど操縦技術は高くないにせよ、本来ならば歴史上未到達のキャバリー技術が注ぎ込まれたピースメーカー・バントラインスペシャル相手に、二人がかりとはいえ勝利を修めるとは――。


 私はある種半身とも言える男の武力と不倶戴天の敵の手強さを、同時に観察できた。これは大いなる収穫だ。やはり、キャバリー戦――いや、搭乗兵器全般に言えることだが、機体性能はもちろんのこと搭乗士の腕も戦力を左右する大きなファクターだ。


 つまりは、彼らがこの先で乗るべき機体の更に先が存在したとしたならば――。


 そう、この世界でおそらくは最高峰の腕、そして未踏破の技術の結晶。二つが合わさったなら、それこそ神にさえ叛逆できるやもしれん。


 誇大妄想が過ぎたかもしれないが私はそれを否定しないし、成そうとしていることがことだけに、むしろ自信と呼んでも差し支えなかろう。あの領域に辿り着くまでに、世界最高のライダーの確保は必須条件だ。


 、彼らが間違いなくライダーとして最優だ。私の頭脳に刻まれたデータに間違いはない。


 しかし、油断は禁物だ。まだ本編は開始していない。今のうちに状況を整えなければならない。


「なあ、リヴェリオン」


 叛逆の名を持つ、私の方舟。これは〝この世界〟だからこそ成立する機体、キャバリーやリミテッド・マヌーバーとはまた異なる機動兵器。設計思想からして異なるこの機体、操れる者は――。


 我が半身がいずれ座る操縦席はまだ設えられておらず、研究所の片隅で腰を据える者が顕れる日を待っている。備えられた特殊システムは遠からぬ未来を予測しているのか、私の呼びかけにかすかな発光で応えた。



 * * *



『…………』

『………………』


 彗星のように顕れ、嵐のように立ち去った乱入者の一連の行動に、俺たちは完全に呆けていた。


『なんだったんだ、あれ……』


 エイジのつぶやきは答えを求めてのものではなかったらしく、俺の返答を待っている様子はない。


 助かった。


 俺は思わず、アレがピースメーカーであると叫んでしまっていたのだ。乱入者の機体がその名を許された機体と何故知っているのか、問いただされたら俺には答える術はない。なにせ、喋ったら俺が魔王であることはおろか、皇族であることさえも白日の下に晒されるかもしれないのだ。

 おお、怖ろしい。


 なんとなく緊張感が解け、俺達の間には弛緩した空気が流れ始めた。脅威は去ったのだ。よかったよかった――


『             ! オラァ‼』


 なんということだ。なんとなくホゲッとした感じになっていたが、考えてみればこれは決勝戦の最中だったのだ! 危ない危ない!


『おお~! 魔王選手、こともあろうに奇襲だァァァァ! なんたる卑怯! なんたる卑劣‼』


 うっせえ。勝てば官軍負ければ賊軍よ!


『こ、こいつ――』


 チッ、浅かった!


 俺の出し抜けの殴打は本来ならばキャバリーの頭蓋――コクピットを揺らしてライダーに脳震盪を起こさせるはずだったのだが、異常な反射神経の持ち主であるエイジは咄嗟にディスケンスの顎を引いて、震動を最小限に押さえていた。


『卑怯な! 卑劣だぞ、魔王!』


 それは実況アナウンサーが言った! レパートリー少ないのか、この野郎!


 ここで俺の正体が明るみになれば、怖ろしいことになる。破戒と混乱が巻き起こり、俺は皇族の争いに巻き込まれて死ぬ。間違いない。俺には確かな後ろ盾なんてないんだからな!( ;∀;)


 大体なんだ、こいつは。実力は認められて、ちゃっかり学園生活を楽しんでいる。俺の聖域に土足で踏み入りやがって。


『貴様がいたおかげで!』


 そうだ。考えてみれば、エレアだって死因にはリベルが関わっているものの、エイジが対立しなければそもそも彼女が死ぬことはなかった。エイジが変な正義感を持ってリベルに接触しなければ、彼女が死ぬことはなかったはずだ。


 そんな行動をしていない今のエイジにこの感情をぶつけるのは少々理不尽ではあるが、この時の俺は冷静さを失っていた。コラ、いつも泣き叫んでいるだけとか言うな!


 半ば八つ当たりじみた感情のまま、俺はディスケンスを操る。膝、肘――関節部は躯体が剥き出しになっているために、キャバリーの格闘戦では悪手とされているが、知ったことか。むしろ、奇襲めいた効果があったようで、エイジは俺の攻撃をまともに食らっていた。


『ぐっ、このッ』

『小賢しいわ!』


 エイジが掌底を合わせてくる。掌底――峰と呼ばれる部分を叩きつけるのは、無手でのキャバリー格闘戦の基本だ。だが、所詮は基本中の基本。俺はそれを躱すと、腰部へと膝蹴りを仕掛ける。


 膝を浴びせられたエイジのディスケンスがたたらを踏んだ。止まってやる義理なんてない。止まってしまえば、ただちに俺が逆の立場になる。ほんの僅かな切っ掛け一つで、だ。一方的に攻めているように視えても、実際はギリギリだ。


 ――退くな、前に出ろ!


 腕を取って、ねじり上げる。可動域の限界を超え、材質の強度をも超え、エイジのディスケンスの腕が砕け折れた。


『なっ!』


 四肢の損壊が認められ、撃墜判定がエイジに降される。


『はぁはぁはぁはぁ……』


 感情任せに暴れたせいか、俺の身体は酸素を欲していた。汗が吹き出し、仮面の内側を伝う。いつもの着用感だけは最高な仮面とは異なり、不快な感触が俺の心をかえって冷静にさせていく。


『仮面武闘会、まさかの二日連続、勝利を収めたのは‼ 魔王選手‼ 真贋のほどは定かではありません! しかし、その実力は本物! 正体不明の実力者に、皆様多大なる拍手をッ!』


 勝者に浴びせられる称賛と罵声と嫉妬。俺は……仮面を外したら、きっといろんな意味で殺されるだろうと思い、背筋が冷えたのだった。

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