第71話 やっと戻ったと思ったのに、メイドさんは俺を放っておいてくれない

 怒りというか八つ当たりに任せて、エイジを倒してしまった。だが、ボコボコにされて死にかけるよかいい。俺が勝つには不意打ちしかなかったわけで、更には試合は始まっていたので、そういう意味では俺は正しい。正しいのだ。実際に、優勝したから正しいのだ。


 だから睨むな、エイジ。殺意を迸らせるな、イヴァル。こえーんだよ。あと、なんでセシリアはキラキラした眼でこっち見てるんだ。違う意味でこえーよ。こいつの恋は殺し殺されたりする物騒な恋だ。そんな恋愛なんて俺はいらない、俺は平穏がほしい。Not even love, I want to get calm! 平穏は見えるか。


 盛大に疲れたせいで思考がおかしな方向へと乱れている。いかんいかん、落ち着け。


 これから、シャトルでカリーリ記念貴族学校へと戻るのだ。なお、俺だけは別室扱いである。優勝者の素性を隠すのだけは妙に徹底している。これも、高貴なる者の責任ノブレス・オブナンタラのためらしい。俺としては顔バレしないだけでありがたい。


 シャトルの窓には遠ざかる小惑星が映っている。結局、あのピースメーカー・バントラインスペシャルはなんだったのだろうか。本来は魔王が後半に手に入れるキャバリーのはずだ。当然のことながら高性能。乗っている奴がそれほど強くなかったのが幸いしたが、本来勝てる相手ではなかった。


 おそらくだが、あの後、そのまま大気圏を離脱して何処かへと飛び去ったのだろう。確か、ステルス性能にも長けていたバントラインスペシャルを、軍用でもないレーダーが捉えるのは不可能。結局、乗り手や何処から来たのかという謎だけを残して、奴は消えてしまった。


 断片的ながらも、俺が『銀光の勇者シルヴァリオ・エイジ』の記憶を持っているのが原因だろうか。


 しかし、考えても仕方ないので俺は考えるのをやめた。


 さあ、さっさとシャトルを降りて、すぐに唯桜いおたちの元に戻らなければならない。エイジよりも先に、だ。後からノコノコ顔を出したら、疑いの目を向けられるのは間違いないからな。



 * * *



 そして、俺は急いで仮装を脱ぎ捨てて、エレアたちとの合流地点へと向かった。


「あ、リベル。学園祭だからといって、遅刻しちゃ駄目じゃない!」

「いや、遅刻してないしてない。唯桜に叩き起こされるんだから、遅刻しようがないよ。ただ、色々見て回っていただけで……」


 エレアは俺が遅刻していると思っていたらしい。心配しましたという表情を浮かべているエレア。かわいい。


 否定したが、よくよく考えると遅刻していたことにしていた方がよかった。後で、どこにいたか根掘り葉掘り聞かれたらヤバい。エレアはまだいい。だが、エイジやイヴァルに知られたら危険どころの話ではない。


 魔王であること、元皇族であること、この二つが明るみになった瞬間、ジ・エンドである。うあああああああああああああ! やだぁぁぁぁあああああああ! ギロチンとかやだよおおおおおおおおおおおお‼


 なんか、銀河帝国の処刑方法は狂った中世の伝統を引き継いでいるのか、ギロチンが基本だ。つまり、俺の正体がバレたら首チョンパの可能性が極めて高い。冗談じゃねえ!


「あれ? 唯桜さんとは会わなかったのか?」

「うん?」


 ランドが変なことを言う。唯桜?


「そういえば、唯桜がいないな。なんで?」

「唯桜さんはお前を探しに行くとかなんとか言ってたけど……?」


 ――?


 俺を仮面武闘会にエントリーさせておいて、探しに行くも何もあったもんじゃない。モニターにずっと映っていただろう。いや、唯桜のことだ。また悪巧みしていたに違いない。


「リベル様、こちらにいらっしゃいましたか」


 噂をすれば影。唯桜が姿を現した。相変わらず、メガネ姿も決まっている。かわいい。


「ああ――ん? 唯桜さんや、なんかちょっと髪が乱れていないか?」


 いつも完璧な状態を心得ているメイドの鑑のポニーテールの髪が、どこか乱れている。まるで何処かで一暴れしてきたかのような……。


 唯桜の一暴れは普通の一暴れではない。なんせ機械人形オートマタサマだ。軍人をちぎっては投げちぎっては投げるような一暴れだ。誰かは知らないが、一暴れに付き合わされた奴は災難だったな。


 俺は、哀れな敵対者に哀悼の意を表した。そんな奴がいたらの話だけど。


 髪を手ぐしで撫でて体裁を整える。俺が唯桜の身だしなみを整えるとか、いつもと逆パターンだな。


「ありがとうございます」


 いつもの澄まし顔で礼を言う機械人形のメイド。うん、やはり唯桜はこうでないと。


「あわわあわわ……どうしようランド。リベルの手に唯桜さんの髪が……」

「しっかりしろ、エレア。混乱しすぎだ」


 ちょっとエレアが面白いことになっている。女子というのは他人の恋愛事情の話が大好きなんだなぁ。俺なんか、芸能人とかの惚れた腫れたの話とか、一ミリも興味がないというのに。


「……で、どうしたんだ? 唯桜おまえらしくもない」

「雑事で手こずりまして……。それよりリベル様、優勝おめでとうございます。流石です」

「乱入者の正体が気になるけどな」


 いくら俺がアホだとしても、あの乱入者を訝しく思う思考はあるのだ。


「乱入者……。なるほど、わかりました。一応調査しましょう。成果はあまり期待できないかもしれませんが……」

「みんな集まっているようだね!」


 こそこそ話をしている俺たちにかけられた声。俺は後ろ暗い話をしていたこともあり、身体がビクーーーンとなってしまった。かっこ悪い。


「りベル様がかっこいいところなんて、めったにありませんけどね」


 コラ、そこ。主人の思考を勝手に読まない。


「エイジくん……準優勝おめでとう!」


 エレアの寿ぎの言葉。


「ありがとう。イヴァル殿下が勝ち上がると思っていたし、乱入者は出るしで退屈しなかったかな」


 なんにせよ、エレアがイヴァルの嫁にされなくてよかった。吸血鬼などという物騒なあだ名を持つような奴の嫁なんて、絶対にろくでもない。(偏見)


 そこの点だけはよかったよかった。


 これで、学園祭での魔王活動は終わり――


「リベル様? 顔色が優れませんね。医務室に行きましょう!」


 あれ? 唯桜さん? なんで俺の手を引っ張っていくのかね? あれあれ? みんなが遠くなっていくよ? なんでなんで?

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