第60話 波乱の予感と溶けるため息
「おーい、リベル~! そろそろ行くぞ~!」
呑気な声が外から聞こえてくる。友人であるランド・クルーザーだ。ぶっちゃけ楽しければ何でもオッケーな快楽主義者であり、俺ことリベルが魔王の正体であると知っている唯一の人物である。一応、俺の部下になったというていなのだが、一度として俺は敬われていると感じたことはない。
周囲に対するカモフラージュ? 馬鹿な、そんなことは決してない。
「わかったから、大きな声で人の名を呼ぶな! ちょっと待ってろ」
うるさい友人をとりあえず黙らせて、まずは朝食だ。俺は朝ごはんを食べなければ力が出ないのだ。
「朝食なんてありませんよ?」
「なぬ? なんで?」
「食べる時間をお考えですか? 今から食事をしていては、確実に遅刻ですよ」
「学園祭なんだから、別に遅刻しても誰も気にしないよ」
「いいえ」
ずずいっと顔を近づけてくる
「健全な魔王は健全な生活から。魔王たる者、普段から真面目に生きてこそ模範となり、更には信頼されるのです」
健全じゃなく、不真面目で非模範的だからこそ魔王なんじゃないのか。俺は少し唯桜の言っていることが理解できなかった。
「信頼を勝ち得ていると、周囲は勝手に好意的に解釈するものです。例えば、リベル様が姿を消していても、なにか事情があったと考えたり、そもそも普段の姿から居らずともそこにいると誤認したり」
「普段真面目な奴が宿題やってこなくても、家に忘れてきたという言い訳が効くみたいな話か……」
「まあ、似たような感じですね。要するに、リベル様は成績は仕方ないにしても、普段から真面目な学生生活を過ごしていただきます!」
う~ん。この主従関係、俺が前者であるのだがなんか唯桜には強く逆らえない。ある意味、姉のような存在だからだろう。
「んじゃ、真面目な生活のために朝食を……」
「な・り・ま・せ・ん! それに、人間は日に一食か二食に食事回数を制限した方がよいのです。常に消化のために内臓を動かしているのは、実のところ、身体には負荷となります……云々……」
うわぁ。なんかスイッチ入っちゃった。これはまずい。こんなよくわからん説教を聞くなら、まだ空きっ腹で学校へ向かった方が幾分かマシだ。よし、逃げ……じゃなかった、学校行こう。
「悪い、唯桜。流石に時間がない! 学校行ってくる!」
「むう。わかりました。本日も学園祭に私も向かいますので、しっかりお願いしますね」
しっかり何をお願いされなきゃならんのか。いや、わかっている。カリーリ貴族学校学園祭の目玉企画である仮面武闘会だ。三日目は一番の盛況を見せる、キャバリーまたはリミテッドマヌーバーによる模擬戦が行われる。それも、サバイバル戦。昨日のコクピット・インファントリでのそれでイヴァルは優勝し、エレアを手に入れる心算だったのだが、運良く俺が優勝した。そこで諦めりゃいいのに、イヴァルはエレアに次こそは優勝して彼女を我が手にするとか抜かしやがったのだ。なんともわがままな……。
玄関で待っていたランドと合流し、かりーリ貴族学校への通学路を歩く。エレアは今日は来ていない。弓道部は学園祭の期間中休みとなっているが、どうやらなにか事情があるらしい。魔王の正体を知らない第三者がいないとなれば、自然と密談となる。
「リベルさんよ。イヴァル殿下に勝てる見込みはあるのか?」
「う~む……」
正直言おう。勝てない。勝てるわけがない。イヴァルが何者かは知らないが、主人公であるエイジ・ムラマサに勝るとも劣らない腕前を持っているのだ。機体性能と運だけではその技術差を覆すことはできないだろう。なにせ遠近百般のエイジと、接近戦では不利になる拳銃で渡り合っていたのだ。俺にはとてもできない。できる気すらしない。
うん、やはり無理がある。
「百回やったら百回負けられる自負だけはある」
「そんなにか?」
こいつは搭乗兵器の授業をサボっているのか? もはや意味がわからんレベルの凄みを見せていたのに、理解できていない……だと。いや、職人の絶技がいとも容易く視えるような、アレかもしれない。とにかく、奴らはとんでもない。エイジもイヴァルも、そして――。
「相手はイヴァルやエイジだけじゃない。ある意味、もっと厄介な奴もいる」
そう、小面をかぶっていた女性ライダー。セシリア・サノール。後に魔王の軍勢に加わる彼女もまた、キャバリー戦のエキスパートだ。彼女は彼女でヤバい。なんせ、惑星ファステロイムの闇試合で常勝無敗を誇る女傑である。作中、魔王がその才能と帝国への反抗心を高く評価して、自軍に加入させていた。
なにが恐ろしいって、このセシリア――魔王に惚れており、更に魔王の頭脳に首ったけだったのだ。え? 惚れているなら、やりやすい? それは甘い考えだと言わざるを得ない。
セシリアの恋心とは厄介なもので、自分を超える男に注がれており、逆を言えば自身をうまく制御できない弱い男に成り下がったと判断されたら……生命を狙ってくるというおっかない恋なのだ。こんな物騒な奴に付け狙われたら最悪以外の何物でもない。
「へぇ。エイジがめちゃくちゃ強いとは知っていたつもりだけど、強い奴っていうのもありふれているのかもな」
そんなわけがない。認めたくないが、エイジ、セシリアのキャバリー操縦技術はこの世界でも一二を争うほどだ。その双璧と同等である正体不明のイヴァル……。俺の周りという局所に何故、こんなわんぱくな連中が集まっているのか。
「まあ、なんだかんだいっても、なんとかしてくれるだろ。な、魔王様?」
肩を叩いてくるランド。自分が戦いもせず、安全圏から眺めているだけとあって、気楽なものだ。怖い目にあっているのは俺だということに、なんだって気づかないのか不思議だ。
「……はあ~~」
俺のついた長めのため息は、朝の空気に溶けて消えた。
そして、事態は俺の想定を遥かに越えた未来を紡ぎ出す。波乱の学園祭三日目。どうして、こんなことになったのか、トホホである。とにかく、このときの俺に一言告げたい。回れ右して帰って寝ろ、と。
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