3rd SEASON 

EPISODE 06 仮面武闘会

第59話 おさらいの愛しき日々よ

 さてはて、翌日。つまりは学園祭三日目である。


 夜が来て、そのまま明後日になってしまえばいいのに、無情にも時計に備わった日付は学園祭三日目を告げている。ああ、もう! こうなったら、明日まで寝てやる!


「リベル様、さっさと起きてください。エレア嬢を不遜な帝国皇子に奪われたくはないでしょう?」

「やだやだやだ! 大体、もう俺は二日目優勝したじゃないか!」

「仕方ないでしょう。イヴァルとかいうリベル様のバッタもんが、まだエレア様にご執心なんですから。今日も優勝……せめて、イヴァルを負かせて、エレア様の貞操を守らねば!」


 ベッドにしがみつく俺を引っ剥がそうとしている黒髪をポニーテールにしたメイドは、唯桜いお。見目麗しいカンペキメイドと見せかけて、その中身は超古代文明が生んだ毒舌機械人形オートマタである。当然、彼女の腕力は、ただの人間である俺――リベル・リヴァイ・バントラインが抗えるものではない。


「やだ! なんで、何度も俺が怖い目に遭わなきゃいけないんだ!」


 布団が剥がされる。必死に布団を掴んでいた俺ごと、だ。


「おはようございます、リベル様。……なんか、虫っぽいですよ?」


 結果として、布団にしがみついた俺は、それを軽く持ち上げている唯桜と目を合わさざるを得なくなった。こ、このトンデモメイド……主人をなんだと思っているんだ。大体、超古代文明にはロボット三原則の提唱者はいなかったのか。あ、いなかったから滅んだのかもしれないな。


「誰が虫だ。誰が! もうやだ、唯桜えも~~ん!」

「誰が唯桜えもんですか。そんなことでは、アンヌ様も浮かばれません」


 劇場版のとある眼鏡少年のシャウトもかくやかといった俺の叫びは、感情のないため息で返された。少し虚しい。


「唯桜さん、ママンの名前出して俺をなじるのはやめてくれませんかね?」

「リベル様にはとりわけ有効なので」


 しれっと言い放つ、冷血――というか、血液的な機巧があるのか謎だが――メイドの唯桜さん。


 ママン、アンヌ・フェイスフル――いや、ユリアンヌ・アルフォンヌは銀河帝国先代皇帝の寵姫だった。その息子である、俺ことリベル・リヴァイ・バントラインは、とここまで言えばわかるだろうか。つまりは、現在空位となった皇帝の座を継承する権利を幾許か持ち合わせている身分ということだ。だが、暫定皇帝から見れば俺は面白くない存在なのである。簒奪した帝位を盤石とするためには、俺の生命が邪魔らしく、そのためにママンは殺されてしまったのだ。


 今までの人生を語ると、俺は悲劇の追放皇族であり、それなりにドラマチックではあるだろうが、更に先の生涯はもっと波瀾万丈に満ち満ちていると断言したなら、どんな顔をされるだろうか。


 リベル・リヴァイ・バントラインの歩むべき人生の途が遥かに険しいと、俺自身が断言し、その運命から逃れようと必死になっているのには理由がある。


 なにをかくそう、この世界は『銀光の勇者シルヴァリオ・エイジ』という日本ライジングサン社が制作したロボットアニメの世界なのだ。え? 頭おかしい? そうだよ、俺もそう思いたいよ。


 そして、この『銀光の勇者シルヴァリオ・エイジ』において、リベルという名前は特別な意味を持つ。


 魔王――。仮面で素顔を覆った、叛旗を翻した皇族。明晰な頭脳に加え、カリスマ性と冷徹さの中に甘さを秘めたなかなかいいキャラなのだが、その正体こそがリベルというわけだ。だが、残念ながら俺は元のキャラであるリベルほど頭はよくないし、度胸もないヘタレである。なにせ、ブラック企業に身をやつしても辞める勇気が持てずに、状況的に眠ったまま死に、転生したのが俺なのだ。しかも、日に日に前世の記憶が薄れてくるし、そもそも『銀光の勇者シルヴァリオ・エイジ』の内容もさほど覚えちゃいない。


 このままでは、主人公であるエイジ・ムラマサに殺されてしまう未来が確定してしまう。俺は第二の人生を植物のように穏やかかつ平凡に、できれば美女と結婚して幸せに暮らしたいのである。そのためには、テロリストなんかとは一切の接点を持たず、面倒には関わらず、ただひたすらに日常を謳歌するのが最善なのである。


 だが、それを邪魔する奴らがいる。目下のところ、一番厄介なのが――

「? どうしました?」

 唯桜こいつである。


 何故か、唯桜は俺を反銀河帝国の旗印にしようと目論んでおり、そのためにあの手この手で俺を魔王に仕立て上げ祭り上げるのだ。なにせ、こいつは俺のためとか言いながら、試作型リミテッド・マヌーバー――大気圏内飛行型ロボット兵器――を盗んできやがっていたのだ。当然、俺のあずかり知らぬところ、でだ。それだけならばまだしも、俺が魔王活動をしなくてはいけないように仕向けてくるのだ。おお、なんと恐ろしい……。


「いーや、なんでも……」


 もはや、唯桜に何を言っても無駄と、俺も流石に学習した。なので、彼女の提案や誘導からなんとか逃れるようにするしかない。なにせ、既に予想のつかない方向性で物語が進行しているのだから。


 そうだ、運命が変わってしまっているのか、まだ一年は猶予があるはずの主人公エイジと邂逅してしまい、しかも同じ学校に通うことになっているのだ。俺の記憶がいくら曖昧だからといって、こんな展開はなかったと断言できる。しかし、現実は非情である。やたらと馴れ馴れしいエイジに不気味さと不吉な予感を感じている俺は、わりとむべもない対応をしているのだが、気色悪いことにあいつは気に介した様子もない。主人公メンタルっていう奴なのだろうか。怖い。


「では、イヴァルとかいうパクリ野郎を早々に倒して、エレア嬢をお守りしましょう」


 唯桜が先ほどから口にしているエレアとは『銀光の勇者シルヴァリオ・エイジ』のヒロインの一人で、勇者エイジと魔王リベルの双方に接点を持っている。彼女は本来ならばリベルに恋する少女であり、物語の中途で彼の裏の顔を知ることになる。しかも、その後、不幸な事故で亡くなってしまう。


 リベルに近づくと不幸になる彼女から距離を取って生活するはずが、何故かエレアから近づかれて、なし崩し的に友人となってしまっている現状である。しかし、元のリベルならともかく、今の俺は本来のリベル像からはほど遠い。エレアが俺との距離を詰める理由がわからん……。前世だって非モテで彼女がいなかった俺だ。女子の考えは海より深く、川向こうよりも遠い。


 そして、イヴァル。しきりにバッタもんとかパクリ野郎とか、やたらと唯桜に口悪く罵られているのが、イヴァル・アルフォンヌ・ピースメーカーとかいう俺そっくりの皇子である。まあ、考えれば先代皇帝の血が混じっているのなら似ていてもおかしくはないのだろうが、あいにく俺はママン似だ。となると、俺に似ているという点が解せぬ。


 こいつはこいつで妙な奴で、リベルのそっくりさんなんてアニメでは登場すらしていなかったはず(流石にそんなキャラがいたら、視た瞬間に思い出す)なのだが、どういうわけか俺の眼の前に顕れ、エレアに求婚してきたのだ。うん、やはり思い返しても意味がわからん。


「……う~、もういいんじゃないかな?」

「いえ、ああいう手合いはそう簡単には諦めないものです」

「そういうもの?」

「そういうものです」


 そういうものらしい。

 波乱の予感に、俺の胃は早朝だというのにキリキリ痛み始めた。

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