第39話 恋するオトメは最強です

 色んな意味で汗を2リットルくらい出した俺は、もう疲労困憊で足が笑っていた。なんという辱めだ!


「リベル様、お疲れ様でした」


 労いの声をかける唯桜いおだが、そもそも俺のお疲れの原因はこいつなのだ。


「唯桜さんや、なんでエレアが来るってランドから連絡させたのに、なんか怪しげなコンテナを運び込むおっさんが屋敷にいるんだよ⁉」

「いえ、スケジュールも押しているので」


 なんのスケジュールだよ……。どうせ碌でもない算段をしているのだ。間違いない。何故か、唯桜は俺を魔王にすべく、妙な行動をするのだ。

あれ――? そういえば、唯桜って『銀光の勇者シルヴァリオ・エイジ』に出てたっけ? そのわりには、なんか見覚えがあるような気もするんだが――。


 今更ながらに、先進文明の遺産である機械人形オートマタのメイドをまじまじ見つめる。人間には不可能な肌理の細かさ、狂いのない精緻な顔の作り、体型も麗しい曲線を描いており、まさしく無謬の整美を形にしたようだ。正直、これで表情が豊かだったら、いくら家族のような存在でも惚れてしまうかもしれん。


「どうしました、リベル様。あまりの恥ずかしさに脳みそがオーバーヒートされたのですか?」


 何気に毒舌を披露しつつ、小首を傾げる。かわいい。


「誰のせいだよ、誰の」

「でも、そのおかげでリベル様が魔王であるとバレなかったではありませんか」


 確かに……じゃない!


「そもそも変な物を屋敷に持ち込ませてなかったらバレない話なんですがね~!」

「仕方ないじゃないですか。倉庫など借りたら足が出ますし、ファベーラで保管しようにもテロリストはまだ我々の味方とは言えません」

「ねえ! 今、テロリストはまだ我々の味方とは言えませんって言った⁉ なに、今後は仲間になる的なことを匂わせてんの! この機械人形、怖い!」


 テロリストなんか仲間にしたら、もはや言い逃れできない銀河帝国の敵じゃないか! 別に銀河帝国が好きなわけがない――なんせ、俺やママンを追放したのだから――が、だからといってテロリストに与するほどに憎悪しているほどじゃない。俺は平穏な生活ができればそれでいいのだ。


「え? そうじゃないんですか?」

「当たり前です! 俺は! ただの! 平凡で! 退屈な! 生活! それだけが望みなの‼」

「またまた。そうは言いながらも、しっかりと銀河帝国に反旗を翻したではありませんか。母君の無念を晴らすためでしょう? なんだかんだで孝行息子なんですね」

「翻していない! 大体、ママンは俺が危ないことをするのは反対するはずだ!」


 そう、ママンなら自分の仇討ちよりも、俺自身の幸せを掴んで欲しいと思う。草葉の陰でそう微笑んでいる。


「そうなのですか?」

「そうなのです!」


 そう微笑んでいるのだ。



 * * *



 翌日。


「はぁ……」


 いつになくため息をこぼすエレアに気づいたエイジは、頬杖をついて憂いを見せる彼女に近づいた。


「どうしたの、エレア?」

「あ、エイジくん。いや、なんか登ろうとしていた山が惑星一の高さだったと思い知らされて、現実に打ちのめされていたところよ」

「はあ……」


 わかるようなわからないようなたとえに、エイジも生返事を返さざるを得ない。


「まあ、他人に話してみれば少しは楽になるかもだし、聞くだけなら付き合うよ」


 本人は意識していないのだが、これこそリベルが言う主人公サマ特有の飾らないイケメンっぷりなのだろう。ただし、エレアの視線はリベルに注がれているために、残念ながら彼女には通じなかったのだが……。


「昨日、リベルのお屋敷に行ったのよ」

「え? 君たち、付き合っていたの?」


 エイジの驚きの声はそれなりに大きく、急いでエレアは彼の口を抑える。


「付き合ってないわよ! なに、大声出してるの! やめてよ、もう」

「そ、そうなのか。いや、いつも仲がいいと思っていたし、てっきり……」


 途端、喜色満面になるエレア。表情がころころ変わるところも、彼女の魅力ではあったのだが、本人はおそらく気づいていないだろう。


「え? そう? 私とリベルってそんな感じ?」


 身を乗り出してきたエレアに、エイジは少し引きながらも、頭にわいた疑問を口にする。


「ああ……。でも、付き合ってないのに、リベルの屋敷に行ったのはどうして?」


 エイジの知るところでは、リベルは自分の屋敷に人を招いたことはない。本人は散らかっていると言っているが、そもそも自室を見られたくないタイプなのだと勝手に判断していたのだが、エレアはそのリベルの硬い壁を突き破ったのだ。リベル本人も、彼女を悪く思ってはいないはずなのに、エレアは浮かない顔だった。


「実は――」


 エレアいわく、リベルの屋敷はファインベルクバウ侯爵の別邸であり、メイドが恐ろしいほどの美女だったというのだ。如何に彼女が美人であるかを熱弁されたが、よくよく聞いてみれば、その美女がリベルと親密であることにショックを受けていたようだ。


 そんなことで悩んでいる時点で、エレアの想いは丸わかりなのだが、本人は気が付かれていないと感じているらしい。だが、仮にもキャバリーライダーとして、時に死中に活を求める事態に対応せねばならないエイジには、エレアの学生らしい悩みに微笑ましいものを感じていた。


「大丈夫だよ。リベルは家族みたいなものだと言ったんだろ? あいつが女性慣れしていないのは見たらわかるじゃないか。案外、押していけばいいんじゃないかな」

「押していく……」

「そうそう。リベルも流されやすいタイプだしね」

「わかった。エイジくんありがとう! あ、もうこんな時間。部活行ってくるね」


 悩みはどこにやら、エレアは笑みを浮かべて、弓道部へと行った。


「ファインベルクバウ侯爵……。かつて、亡くなった皇族の一人を擁立しようとしていた一派だったか?」


 なにかが引っかかる。別にリベルがファインベルクバウ侯爵と関係があってもおかしくはないのだが、何処か曖昧ながらも違和感が胸の内をゆっくりととぐろを巻く……。そんな感覚をエイジは味わっていた。

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