第40話 魔王再び
ああ、そうだったな。
エレア・シチジョウ……。彼女はリベル・リヴァイ・バントラインに恋をしていたのだったな。
結局叶わぬ悲恋だったわけだが――。流石の私も少々胸を打つ最期だったよ。
私の予想立てた流れと異なるのは、やはり介入した第三者の存在だろう。面白い。この世界がいつまで存続できるかはわからないが、まだ一年は保つはずだ。だからこそ、私は本来の決起よりも一年早く行動に移ったのだから。
後は邁進あるのみ。魔王としての覇道、そして……。
そのために、今取るべき手は――。
* * *
数日後――。
「あれ? リベルは?」
サボりぐせがあると見られがちなリベルではあるが、実際には意外にも真面目に授業に出てきていたりする。仮病を使う率が高いだけで、出席率はランドの方が低く、彼の場合、それが原因となって昇級が危ぶまれていた。
そんな出席日数が地を這いそうなランドが机に突っ伏しながら答える。
「リベルは病欠。
ちなみにランドが具合悪そうにしているのは、ただ単に講義に心因性アレルギーを発症しているだけなので、エレアも気にした様子はない。
「そうなの? エイジくんも欠席なのよね――」
エイジ・ムラマサも本日は後見人から連絡があり、やむにやまれぬ事情により欠席する旨が伝えられたという。
「うん? エイジも?」
「そうよ、ホラ」
顔を上げたランドは、リベルとエイジに割り当てられた座る者のいない椅子を視界に収める。確か、エイジは唯桜が警戒すべき相手と言っていたはず。それが、リベルと同日に示し合わせたかのような欠席となると、なにか作為的なものを感じざるを得ない。
「まさか、だろ?」
何処か嫌な予感。唯桜に知らせるべきか……。
ランドが考えている内に無情な授業開始の鐘が鳴った。
* * *
惑星クシオラから直近の星系――ラルフグレイン伯爵領惑星ファルネジア。
誰に看取られることもなく死んでいたファーマスがおこした組織――つまり、連邦の息のかかったテロリストグループ――は、この惑星の魔窟にも確実に根付いていた。
「あんたが魔王か」
『そうだ。はじめまして……とでも言っておこう、連邦の飼い犬諸君』
「なにっ?」
組織の秘匿回線から映像通信で接触してきたのは、仮面の男――魔王だった。惑星ファルネジアを任されたザイーコはファーマスの部下だった男だ。
あからさまな挑発に、周囲に胴間声が響く。だが、遠隔地にいる魔王には雑音程度のものでしかない。
『わめいているだけで帝国が倒せると思っているのか? 私は少なくとも、ラルフグレイン伯爵に勝利してみせた者だぞ?』
「局地戦での一勝でそこまで誇らしげに語られてもな」
ザイーコの挑発に、魔王は『ふむ……』と納得する仕草を見せた。そう、そもそも相手は銀河をまたにかける帝国だ。たかだか、一貴族の領地の一惑星での、一地域の一戦で勝利を収めたところで、大勢には全く影響しない。
『一理あるな。だったら、ここで華々しく二勝目をあげてみるのも一興かな。ただし、君たちが私の指揮下に入るのならば、だが』
「その前に聞かせろ。お前はどうやって、この通信を行った? 容易く接触できるはずはないんだけどな」
魔王が接触してきたのは、秘匿された回線である。当然、迂回に迂回を重ねて、複雑な認証鍵を解錠し、幾億幾兆ものダミーを突破しなければ、到達できない位置にこの組織への接触点がある。いくら魔王を自称していたとしても、この通信を成立させるには相当な手間と時間がかかるはずだ。そう、先日の惑星クシオラのファベーラで勝利をもぎ取った日から数えても、足りぬほどの――。
『いや? 簡単だったさ。ファーマスくんが遺しておいてくれていたからな』
笑いを含んだ響きで告げられた言葉は、暗にファーマスを殺害したか、見殺しにしたという事実を示していた。
「ふざけるな。我々はお前の手など必要ない!」
元上官への敬意なぞはないが、最初から利用するつもりで接触してきている相手に開襟なぞできようはずもない。舐められている怒りと僅かな矜持が、魔王の申し出を拒否させた。
だが、魔王は最初から返答は予想していたのだろう。もしくは、そうなるように仕向けていた節さえある。気分を害した様子もない。
『なるほど。あくまで独力で突破する、と? だがな、この状況……どう切り抜けるつもりかな?』
「貴様の関知するところではない!」
『いいだろう。私の力を借りたければ、送ったアドレスに通信をよこすがよい』
そういうと、魔王は通信を切った。魔王が送りつけたアドレスは、他ならぬザイーコだけが知る――ファーマスが使用していたアドレスだった。
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