第37話 突撃!リベルのメイドさん
「ここって、ファインベルグバウ侯爵の別宅じゃない! リベルって、ファインベルグバウ侯爵と親戚なの?」
ファインベルグバウ侯爵――ヴァステンタイン辺境伯は友人であった彼に、自身に万一のことがあった場合、俺の養育を依頼していた。正直、会ったことのないヴァステンタイン辺境伯が何故俺にそこまでしてくれるのか――案外、俺の父親って……いやいやいや! うちのママンはそんな人じゃありません!
「親戚ではないけど、後見人って奴かな。好きなようにやらせてもらっていて、伯爵には感謝しているよ」
これは本当の話。心底では俺を王位継承の場に担ぎたいのかもしれないが、少なくとも俺はかなり自由に――言ってしまえば放任されている。そうでなけりゃ、
「そういえば、私、リベルのお屋敷って初めて来たんだね。リベルってそういうの嫌がるから」
そりゃそうだ。嫁入り前の娘さんが男の家なんか行ってはいけません! なんにもなかったとしても、あらぬ疑いをかけられたらそれを払拭するのは大変なのだ。
「ただいま~」
とにかく、俺は屋敷の扉を開けた。さっさと唯桜を見せて、後はご退散いただきたいのだ。最近、唯桜は珍妙な物品を屋敷に運び込んでいる。きっと俺を魔王に仕立て上げるための諸々なのだろう。一応ランドを通して、唯桜には片付けておくように言い含めたが、それでも襤褸が出ないとも限らない。
「おかえりなさいませ、リベル様。ご学友の方、いらっしゃいませ。私はメイドの唯桜と申します。よろしくお願い申し上げます」
既に待機していたらしく、完璧なお辞儀で出迎えてくれる唯桜。こんなところは優秀なのだ。言動は滅茶苦茶なのだが……。
「は、はい! リベル……くんの同級生のエレア・シチジョウです。こちらこそ、よろしくお願いします」
唯桜に面食らっていたらしいエレアが、息を吹き返したようにお辞儀する。なんとなく、エレアはいい意味で貴族らしさがない。メイドに頭下げる貴族なんて希少動物扱いされてもやむなしだ。
「エレア様、ですね。こちらにどうぞ」
切り揃えられた前髪から覗く唯桜の瞳。仔細に見やれば、虹彩で
エレアの後ろから唯桜にグッドサインをすると、彼女はそれに応じて微笑を浮かべた。本当、性格以外は完璧だ。
* * *
すごい美人だ。先導する唯桜の、揺れる黒髪のポニーテールを眺めながら、エレアは内心でつぶやいていた。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる理想的な体型。人形じみたとさえ言える、染みも吹き出物もほくろさえも無縁の肌膚の白さ。弓道を嗜んでいるからこそ、所作の美しさが明快に理解でき、落ち着いた物腰が古風な女性像と一致している。エレアがなりたい女性像を無謬の形で具現化したような、そんな美女。
――こんなの、勝てるわけないじゃない。
毎日、こんな美人と生活を共にしていれば、リベルが女性に興味を持たない理由もわかろうというものだ。正直、トップモデルでさえも唯桜の前では霞む。
――リベルったら、こんな人と……。
エレアのたくましい妄想は翼を得て、意中の人と自分がかなわない女性が愛を囁きながら……というイメージを湧き上がらせる。滑らかな質感のシーツに横たわった唯桜が目を閉じて、そしてその唇にリベルが近づき――。
「ダメダメダメダメ! リベル、駄目だったら!」
「どあっ! びっくりした! 何が駄目なんだ!」
「はっ!」
リベルの驚きの声。妄想に没頭していたらしく、思わず叫んでいたらしい。
「な、なんでもない」
「なんでもない人は普通叫ばないと思うんだが……」
「なんでもない! なんでもないんだから!」
「三度も言わんでも……」
ある意味では奇行と言われても致し方ないのだが、何故かリベルは慣れた様子である。何処か、目が死んだ魚のそれに近づいているような気もするが……。
「エレア様? 如何いたしました?」
彼女の悩みのタネである唯桜も振り返っていた。見返る姿もまた美しく、エレアは神様の不公平さに嘆きたい気分になった。
「な、なんでもありません!」
「? 承知いたしました。では、こちらへ」
凛とした様子で歩を進める唯桜。まさか、こんな美人がリベルの従者をしているなどノーマークだった。自身の迂闊さが憎らしい。
「おい、エレア。大丈夫か? 顔色が赤くなったり青くなったりしているぞ!」
「……誰のせいだと思っているのよ?」
当然リベルは悪くないのだが、恨めしさの一言くらいは許されるだろう。なにも考えてなさそうな顔していて、しっかりと美人のメイドさんと暮らしている油断できない男なのだ。
「ぇえ~……」
理解不能さと理不尽さの入り混じった反応をするリベル。そうだそうだ。少しは悩んだらいいのだ。オトメの純情は気難しいのだ。
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