EPISODE 04 影の皇子

第35話 リベルとメイド、そして主人公サマ

「おはようございます、リベル様」

「…………」


 無謬の黄金比で構成された美貌が眼前にある。清楚なメイド服に身を包んだ黒髪の美女が、俺の顔を覗き込んでいた。その本性を知らず、なおかつ微笑みを浮かべているのならば、恋に落ちてもおかしくなかったろうが、彼女はいつも澄まし顔。


「何をやっているのかな、唯桜いおさんは?」


 自然界にあり得ない、いわば機械織りのレースの美しさ。それもそのはず、彼女の造形は天然にかたちどられたものではない。機械人形オートマタ――。この星間国家が成立する以前の、先進文明が作り上げた人の似姿が彼女だ。


「いえ、昨夜散々にこんな状態で寝れるかなんだと騒いでいたわりには、熟睡されたようでよかったよかったと胸を撫で下ろしているのです」


 …………思い出した。昨日の話だ。俺はこのトンチキメイドにえらい目に合わされたのだ。


 銀河帝国、ラルフグレイン伯爵領惑星クシオラ。先日受けた、銀河連邦からの攻撃から日常を取り戻した都市は、戦火の爪痕を残さぬまま再生されていた。もちろん、人員の被害がなかったわけではないが、奇跡的にも少数に留まったのは、人型兵器キャバリーを駆る魔王と呼ばれる男の活躍のおかげだ。


 そう、魔王……。この世界は、前世にアニメとして放映されていた『銀光の勇者シルヴァリオ・エイジ』の世界であり、そこで魔王と呼ばれる者は一人しか存在していない。『銀光の勇者シルヴァリオ・エイジ』の主人公、エイジ・ムラマサのライバルである仮面の男――魔王、またの名をリベル・リヴァイ・バントライン。つまり、俺のことだ。


 なんの因果か、ブラック企業に散々こき使われた俺は、あの世に旅立っていたらしい。死を意識させられて死んだわけではないのは救いだったが――自分の死をまざまざと自覚させられるなんて怖すぎる――その『あの世』が『銀光の勇者シルヴァリオ・エイジ』の世界だったのだ。そして、俺は魔王リベルに生まれ変わっていた。


 元々、銀河帝国の皇族だったリベルは政争に敗れた母の仇をとるために、帝国に戦いを挑むのだが、それはアニメの話。確かにママンのことは悲しいが、別にママンは俺に仇をとってほしいなんて言ってないのだ。むしろ、ちゃんと自分の人生を生きなさいと言うはずだ。言うはずなのだ。


 だから、俺は今度こそ社畜としてすり減らされた日常を取り戻したいのだが、運命はそれを許してくれない。いや、正確には目の前のメイドが、だ。


 何故か、唯桜は俺を魔王として擁立したいようなのだ。わけがわからない。この悪魔のメイド様はこともあろうに、連邦の息のかかったテロリストと共闘させ、俺を銀河帝国に反旗を翻す魔王に仕立て上げたのだ。ちなみに、この世界のネットでは魔王はうさんくさいながらも、民衆の味方的なポジションらしい。勘弁してくれ。


 テロリストの新たな親玉も、帝国に叛逆する悲劇の皇族も、まっぴらごめんだ。


「相変わらず嫌味な言い方だな」

「それは失礼いたしました。ですが、そろそろ起床していただかなければ一限目が始まってしまいます」


 そうか、一限目が始まるか。そうだよな、さっさと用意して…………ん?


「あの、唯桜さん? 今なんと?」

「それは失礼いたしました」

「違う、その後!」

「そろそろ起床していただかなければ一限目が始まってしまいます、ですか?」

「そう、それ! なんで、このメイドは始業前に間に合う時間に起こさずに、一限目が始まろうかという時間に起こすのかね?」


 そう、時計に表示されている無情な現実は、既に朝のホームルームが終了している時間であると告げていた。


「その方が面白いかと」

「はああああ⁉ この機械人形、不良品なんじゃありません?」

「それはありえません」

「いや、その断言が一番信用できん!」


 急いで制服に着替える。一分遅れたら、後は何分遅刻しても遅刻は遅刻なのだが、それでも社畜として培った奴隷根性は俺に妙な真面目さを要求する。現代の奴隷、派遣社員。泣けてくるね。歯磨きしながら服を着替えるという曲芸を披露できるのも、少ない睡眠時間をギリギリまで確保できるよう獲得した数少ない取り柄だ。取り柄か、これ?


 とにかく、俺は起きて五分後には屋敷を飛び出した。前世で肉体に染みつかせていたサツバツとしたルーティンは、どうやら魂にまで刷り込まれていたらしい。どっちかというと悲しむべき現実を噛み締めながら、俺はカリーリ記念貴族学校への道をひた走る。


「リベルーー!」


 心臓破りの坂にさしかかった頃、背後から俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。げっ、この声は……!


「エイジ!」


 そう、シルヴァリオ・エイジの主人公サマであらせられるエイジ・ムラマサだ。つまり、本来の俺魔王の運命の宿敵にして、絶対に勝てない男。恐ろしいまでの機動兵器の腕前、甘いマスク、高身長、憎らしいほどに主人公属性を備えた完璧超人である。生きているだけで嫌味な奴であるが、本人は至って爽やかでいい奴ではある。本当に嫌味だ!


「リベルも、遅刻か? 俺もなんだ。学校まで競争でもするか!」


 するか! なんで、仲良しこよしで遅刻せねばならんのだ。しかも、俺はお前と仲良くない! 仲良くなりたくない!


「よ~い、どん!」


 一人で叫んで、エイジは心臓破りの坂をグイグイと登っていく。エイジって、こんな馬鹿だったろうか?


 思えば――ちゃんと見たわけではなかったのだが――俺の記憶にあるシルヴァリオ・エイジと現実は少々異なっているようだ。本来、リベルとエイジが邂逅するのは一年後の戦場のはずなのだが、何故か今は同じ学校に通っている……。一応貴族である俺はともかく、庶民のエイジが通えぬ貴族学校に、だ。


 まあ、いいか。唯桜にはキツく言っておかなければいけないが、俺は魔王になんてなるつもりはさらさらない。平穏な日常を送るのが、一番幸せな人生なのだ。エイジが駆け上る坂道を見上げながら、俺は決意を新たにした。目指すのは怠惰で変化のない穏やかな人生! さあ、今日もモラトリアムを楽しむか!

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