第14話 オルラの実

朝早くに宿を出て、役所に向かった。

王都は城を除いた中心部分を中央区、それ以外を東西南北に分け東区、西区、南区、北区と区分している。その各区に一つずつ役所が置かれていて、俺が向かったのは南区にあるフェルマニス南区役所だ。

役所は大きな二階建ての新築みたいに綺麗な外観をしていて、格式の高そうな雰囲気にどこか緊張を覚えた。

いざ入ってみると中は予想通り綺麗な作りをしている。床が大理石見たいな材質でツルツルとした表面に自分の姿が映り込んでいた。城の床にも同じ材質のものが使われている部屋はいくつもあったので驚きはしないが、国が運営しているだけあって随分気合いの入った造りになったいる気がする。

奥のカウンター越しに人が立っていた。

意を決して声をかける。


「あの、身分証を発行したいのですが」

「はい、それではこちらの書類にお名前とその他事項をご記入ください」


笑顔で丁寧な対応をしてくれるのはまだ若い美形の男。彼の耳の先は尖っていて、明らかに普通の人間族でないことが分かる、多分エルフだ、と心の中でそう思った。さっき街を歩いている時から猫耳や背丈の低い人間をちらちらと目で追っては一々感動していたが、エルフを見たのは彼が初めてだ。こういう非現実なものを見ると、改めて自分が異世界にいるのだと実感が湧いてくる。

俺がエルフの男の顔をジロジロ見つめていると、彼は少し困ったように笑った。

しまったと思い慌てて手元の書類に目を落とした。

手渡された書類には名前や年齢や職業、出身地など簡単なものばかり。

まず年齢はそのまま十七歳と記入する。ちなみにこの国では成人は十五歳らしい。

次に職業欄に筆を入れようとして少し指が止まった。現在俺は紛れもない無職なのだが、ここに素直に無職と入れることに抵抗がある。ここでの成人年齢は十五なので、この男は十七にもなってまだ職に就いていないのかと思われるのが何だかたまらなく悔しい。とは言え無職と書く他ないので、渋々職業欄にそう記した。書きながら早く就職しようと思った。

次に出身地だが、まさか日本と書くわけにはいかない。適当に知っている地名を書くことにした。ブランが酒を入荷していた村は確かポーデ村だったはずだ。バレないだろうかと少しヒヤヒヤしながらそれを書く。

問題は名前だが、偽名の方がいいよな。

何か適当に、と思ったのだが、

ユウ。

とそう書いた。苗字は無し。この世界では苗字がない人間なんてざらにいる。流石にユウ・アマミヤと書けばバレる可能性があるから当然書かない。


「ユウ様ですね、それでは少々お待ちください」


男はそう言うと書類を持って奥の部屋へ向かった。

しばらくすると男が出てきて、


「お待たせしました」


透明なプレートを手渡してきた。プレートには黒い文字で先程の個人情報が刻まれていた。


「これが今後あなたの身分証になりますので、無くさないように気をつけてください。もし紛失した場合は再発行の際にもう一度発行料金を頂かなくてはならないので……」


発行料と聞いてドキッとした。まさか金を取られるなんて思っていなかったから。


「それでは、発行料金として1000メリル頂戴いたします」

「あ、あぁ1000メリルね……」


慌てて盗賊から奪った硬貨を確認する。


くそっまたメリルかよ。大丈夫だ、銀の硬貨一枚で100メリル。つまり十枚あれば――ない。

銀の硬貨の数は全部で六枚しかない。他には金の硬貨が四枚、銅が三枚、赤が五枚だ。つまり600メリル以上は確実に持っていることになる。そしてこの硬貨の色分けには意味があるはずだ。

単純に考えれば、金貨>銀貨>銅貨。赤は分からないがこの際どうでもいい。問題は金貨の価値だ。金貨が銀貨より高価値だと仮定して考えると、日本の紙幣なら二千円札を除けば、千円札の上が五千円札、その上が一万円札と五倍ずつになっている。金貨が銀貨の五倍である確信はないが、わざわざ二倍や三倍や四倍といったキリの悪い数字にする意味は無い。

つまり、


「あ、あの〜」

「あ、すみません。今出します」


俺は金貨を二枚取り出しカウンターの上に置いた。

さあ、どうだ。


「あれ?一枚多いですよ?」

「あ、1000メリルでしたか。すみません……」


なるほど、金貨は銀貨の十倍、1000メリルらしい。

となると、


赤 ?

銅 10メリル

銀 100メリル

金 1000メリル


この可能性が高い。10メリルより下が存在するなら1メリルがありそうだ。その場合は赤がそれに当たるのか。今後も様子を見ていこう。

俺は硬貨の入った麻袋と身分証を懐にしまい、役所を後にした。


<hr>


「さて、次は……」


ブランが言っていた。お前は強いから冒険者が向いているんじゃないかと。

冒険者とはギルドに集まる様々な依頼をこなし報酬を得る、言わば傭兵のようなものだ。

俺は自分の今の力がどれくらいの強さなのかを知る必要がある。それに冒険者はこの街で一番簡単に稼げる職業らしい。誰にも頼らず生きていくなら、これ以上ない職業だ。


「よし、冒険者ギルドに行こう」

 

フードを被り直して、俺は人で賑わう街を再び歩き始めた。

それにしても凄い人だ。ここは馬車の通りがない道だからか、歩く度に人にぶつかりそうになる。ちょっとした祭りに来ているようだ。

しかしどこを見ても飽きない。

街ゆく人は獣耳を生やしていたり、耳の長い美男美女だったり、子供のような大人だったりと、漫画やアニメの世界に入り込んだ気分だ。

それにあちこち見た事のない物ばかりが売られている。金に余裕が出来たら買い物もしたい。特に服を早急に買い替えたい。盗賊の服なんていつまでも着ていたくない。

そんなことを考えながら俺があちこちを見て回っていると、


「さあ〜この時期旬の果実だよ〜!今ならなんとたったの11メリル!買わなきゃ損だよ〜!」


人一倍大きな宣伝の声が聞こえてきた。

11メリル、買ってみるか。


「すまない、その赤い果実はいくらだ?」

「ああ、オルラの実か?11メリルだよ。他の果実も全部な」


オルラの実の見た目はリンゴに似ている。と言うかほぼリンゴそのものだ。そしてやはり10メリルも1メリルも存在するようだ。

ということは、


赤 1メリル

銅 10メリル

銀 100メリル

金 1000メリル


こういうことか。


「一つくれ」


俺は銅と赤の硬貨を一枚ずつ手渡す。


「毎度!また来てくれよ!」


よし、あたりだ。

感が当たって小さくガッツポーズをとる。

これでこの国の通過価値の予測が立てられる。

この赤い実をリンゴだと考えれば、地域にもよるが日本では大体100円前後だろう。

それを踏まえて考えれば、


赤 1メリル=10円

銅 10メリル=100円

銀 100メリル=1000円

金 1000メリル=10000円


大体何となくこれくらいな気がする。

勿論日本の市場に出回るリンゴの価値が100円前後だからと言って、この国でも価値が同じかと言うと全くそんなことは無い。ただとりあえず大雑把な指標として参考程度に考えておいた方がいい。

街を歩きながらオルラの実にかぶりつく。

オルラの実は酸味があって少し汁っぽい、味はやっぱりリンゴだった。中々美味かったし機会があればまた買ってみよう。

そうして周囲を見物しつつオルラの実も食べつつ、所々にある案内板の地図を見て歩いていると、


「あった……あれがギルド本部か」


人混みの中から巨大な建築物の頭が見える。外観は少しレトロチックだがその実とても綺麗な作りである。

このギルド本部は他の街や村にあるギルド支部を統制する親玉のようなものだ。

王都にはここ以外にギルド部署はないため、冒険者はみんなここに集まる。つまり強い奴らの溜まり場だ。


「よし、行くか……」


そう呟くと、俺はギルド内へと足を踏み入れた。




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