第3話 専属使用人
重い扉がゆっくりと開かれ、扉の中心から光が溢れる。
扉を開けた正面奥、豪華な椅子に腰掛けこちらを見据える男が一人。それを見守るように背後に2人の兵士が置かれ、部屋の両サイドに武器を持った兵士たちがずっしりと立ち構えている。
部屋の広さは先程よりは狭く感じるが、やはり広いことに変わりはない。あちこちには目が凝りそうなほど華美な装飾が施されていて物凄く落ち着かない。
視線を床に移すと赤い絨毯が真っ直ぐに敷かれてある。ここを歩けと言うことか。
俺達はベルザムに連れられるまま、部屋の中央にまで足を進めた。
「勇者様御一行、連れてまいりました」
静かな部屋に突然ベルザムの声が響き、肩でビクリと反応してしまった。
「うむ、下がって良い」
見た目通り、男の声は低い。
「ようこそおいで下さいました。私の名はバハマド・セルデ・フェルマニア。この国の現国王でございます。此度は我々の都合でこの世界にお呼びしてしまったこと、誠に申し訳ありません」
国王バハマドは丁寧な口調でそう言った。
その見てくれは逞しい体に髭を生やしたただのオヤジだが、その身から感じられる高貴さや貫禄から只者でないことは分かる気がする。
しかし随分と下手に出てきた。余程俺たちの協力を得たいらしい。
「お会いできて光栄です、王様。僕は一神光汰と言います。異世界から来た勇者です」
「ほぉ、あなたが勇者イチガミですか。部下より話は聞き及んでいました。それで、魔王討伐の件は……」
「安心してください!僕達が必ず、魔王を倒して見せます!」
一神は国王相手にも動じることなく大見得を切る。本気で出来ると思っているのだろうか。
「おぉ、ありがとうございます!それを聞いて安心しましたぞ。本日は宴……と行きたいところですが、何分時間が時間ですし、皆様もお疲れでしょう。皆様には各部屋をご用意しております。食事は使用人に言いつければすぐに運ばせますゆえ、どうぞ本日はお休みください」
国王はそう言うと、俺たちを各部屋へ案内するよう部下に指示を出した。
*
使用人の一人に案内され、俺はとある個室に入った。
部屋は人一人が生活するには広めのワンルーム。先程とは打って変わってベージュを基調とした、全体的に落ち着いた色合いの部屋だ。しかし品があり良い作りなのは間違いない。さらにシャワーとトイレと洗面台の三点ユニットバスルームのおまけ付き。ちょっとしたホテルの一室みたいだ。
対照的に部屋具はあっさりしている。奥に三人でも楽に寝られそうな巨大ベッドがバンと置かれ、部屋の中心に食事用のテーブルが、壁際に木製の机と椅子、その隣に大きな鏡台がある。あとは綺麗な花が飾られている程度だ。クローゼットは無し。代わりに銀のリングを手渡された。
なんでもこの指輪はボックスリング(またはアイテムボックス)と呼ばれており、一定量の生物以外の物質を亜空間に保管できる代物らしい。簡単に言うと容量制限のある四次元ポケットみたいなものだ。
正直この世界の技術を少々侮っていた。地球と比べると科学技術はまだまだだが、それに代わる魔法を駆使した技術は大したものだ。このリングもそうだが、この世界には地球の技術だけでは到底追いつけない側面も多いようだ。
「しかしまあ、こんなことってあるんだな」
ふかふかのベッドにうつ伏せに倒れ込み、枕に向けて独り言を吐いた。
突然異世界へ召喚され、見る物聞くもの全てに驚かされ続け、正直キャパオーバーだ。
ぶっちゃけると元の世界に未練はない。
友達もいなければ家族もいない。唯一の肉親だったばあちゃんも、つい最近ポックリ逝ってしまった。
当然俺なんかの面倒を見てくれる物好きなんていなくて、高校中退も視野に入れ始めていた矢先の異世界召喚だ。もしかしたらラッキーだったのかもしれない。
なんて考えたが、やっぱりそんなことは無かった。この世界にきて、また新たな問題が目の前に立ちはだかっていた。
ベッド上で仰向けに寝返り、ついさっき覚えた技能を使う。
――ステータスオープン。
――――――――――――――――――――
【雨宮優】Lv.1
性別:男
種族:人間族
体力:12/12
魔力:12/12
筋力:12
防御:12
敏捷:12
感覚:12
〈AS〉
〈PS〉
・超回復
・言語理解
〈称号〉
・異世界人
――――――――――――――――――――
「はぁ......、やっぱ弱いよなぁ」
ため息混じりに呟いた。
なんで俺だけ。まず思ったことだ。王女達の話が本当なら、俺もこの世界を救う勇者の仲間の一人のはずだ。それがなんてったってこんなに弱いのだ。
多分だが、こーゆう世界では力こそ全てみたいなところがあるはずだ。だから魔王は世界を支配できるし、勇者はその野望を打ち砕ける。
そんな世界でなんの力も持たない奴はただ蹂躙されるのみだ。まして俺は異世界人。この世界のことに関しては右も左も分からない。一人になったが最後、野垂れ死ぬのがオチだ。
一瞬嫌なことを想像してゾッとした。
「こりゃ早いとこ身の振り方考えた方がいいな。なるだけ強くて権力のあるやつを味方に......でなきゃこの世界で生きて行けねぇ」
適応能力は高い方だと自負している。そうやって生きてきた。
いつも誰かの顔色を伺って、自分に都合のいいように動いてきた。今回もその力を大いに役立てていこう。
「チッ、今後はご機嫌取りかよ。めんどくせぇ」
生きるためには仕方の無いことだが、大嫌いな人間共にヘコヘコしている未来の自分を想像して、少しイラつく。
「はあ、魔法使いたかったな〜」
心残りはそれだ。
魔法――それは現代に生きる者なら一度は夢見るものだ。手から炎を出し、風を身に纏い、大地をうねらせ、雷を落とす。そんなファンタジーの世界が今ここにあるというのに、何も出来ない。このもどかしい気持ちは、何の力も持たないままこの世界に来てしまった俺にしかわからないだろう。
唯一ある力と言えば、
〈言語理解〉
この世界の言語を理解、習得出来る。
〈超回復〉
常に自身の身体を最も健康な状態にまで回復させる。
この二つのみ。それも言語理解は召喚された者全員が持っていたし。
確かに凄いとは思う。知らない言語を理解出来るとか、常時回復だとか。普通じゃありえない、れっきとした頂上能力と言える。しかしだ、一神たちのあんな化け物ステータスを見せられた後では霞んでしまう。なんなら女子に筋力や体力で劣っていたし。
ふと、机の上に置かれてある羽根ペンに目がいった。というより、凶器になりそうな物を探していたら羽根ペンに視線がたどり着いたという方が正しい。
「試してみるか......」
興味本位と言うか、少しでも魔法っぽいモノを見てみたかったと言うか、自分は一般人よりは優れている、特別なのだとそう思いたかった。
「だ、大丈夫だ......。ちょっと刺すだけ、どうせすぐに治る......」
ちょっとだけの恐怖を好奇心が呑み込んだ。
右手で羽根ペンを握り、左の前腕に先端を向ける。
そして意を決して――
「――っ!痛ってぇ!」
しかし、見た。
ペンが引き抜かれ、赤いそれが見えた瞬間、傷口は一瞬にして跡形も残さず消えてなくなった。跡のひとつも残っていない。
「おお!すげぇ!も、もう一回......」
今度はさらに深く、突き刺す。
「――ぎっ」
予想より痛みが強くて顔を顰める。
だが明らかにさっきより深い傷が、目にも止まらぬ速さで修復されてしまった。
「すげぇ、すげぇ!」
そこからは何だか嬉しくなってきて、もう一回、もう一回と腕に羽根ペンを突き刺していった。痛みも一瞬なため、歯止めというものが効かなかったのかもしれない。
およそ二十数回目、羽根ペンを持つ手を振り上げたその時だった。
「あ、あのぉ......」
不意に飛び込んできた女性の声に身体をびくつかせる。
視線を移すと、そこにはメイド服を着た少女が立っていた。綺麗な空色の髪が腰あたりまで伸びていて、同様に瞳も綺麗な青だ。しかしその目は酷く脅えている。完全に変質者を見るそれだ。
「あ、えぇと、これは違くて......」
「ヒィっ!?」
俺が喋るだけでこの反応だ。如何に俺に対して恐怖を抱いているかが分かる。
まずい、と思った。腕を刺すのに夢中で気が付かなかった。完全にキチガイだと思われてる。笑顔で腕をさしまくってたらそりゃそうか。
「あ、これはスキルを確認してただけで......」
「ス、スキルですか......?」
説明して誤解を解こうと思ったが、やめた。なんで俺がこんな奴に一々気を使わなきゃならないんだ。
「あの、なんか用......?」
「あ!え、えと、お食事の用意といくつかの連絡事項をお伝えしに参りました!」
「あ、そう。ご苦労さま」
「は、はい!」
すると彼女はワゴンを使って料理を室内に運び込んで来た。
部屋中に食欲をそそる、いい香りが漂う。そう言えば丁度腹が減っていたところだった。
テーブルに並べられた食事を見て唾を飲み込んだ。かなり待遇が良さそうだってので期待していたが、期待通り美味そうなメニューだ。
「き、季節の野菜と魚介を使ったベース......スープと、オ、オーヴェン?牛の煮込み、え、えっと......、とととっても美味しいお料理です!」
雑な料理の紹介にズッコケそうになった。と言うか最後、完全に料理名忘れていただろう。こっちとしては正直美味ければ何でもいいのだが。
さっそく料理に手をつけた。
まずはスープ。あっさりした味わいだが、野菜や魚介の旨みがしっかりと出ていていい味だ。肉を食べたら驚いたが、完全に牛肉だ。それも超絶品。先程メイドが牛をどうこう言っていたが、本当にこの世界にも牛が存在しているのかも知れない。
そんなことを考えながら食事をしていたが、ついに気になって尋ねる。
「あの、いつまでいるの?ずっと見られてると食べずらいんだけど」
「へぁ、す、すみません......!まだお伝えしていないことがいくつかありまして......」
メイドは俺が食事している中、ずっと後ろに張り付いていた。これじゃあ落ち着いて食事も出来やしない。
「なに?伝えることって......?」
「は、はい!え、ええっと............あ、あれ?」
お次は体中のあちこちを触って何かを探し始めた。多分メモ書きかなんかを探しているのだろう。
しかし何だ、この使えないメイドは。緊張しているのか知らないが、さっきからもじもじオドオド、見ていてイライラする奴だ。こんな調子じゃ、そのうち熱湯でもひっかけられそうだ。
仕方がない。
「落ち着いて。緊張しているのかもしれないけど、ゆっくりでいいから」
声を柔らかくし、優しい笑顔を作る。
「............は、はい」
「君、名前は?」
「――あ、ソ、ソフィア......です!雨宮様の専属使用人を担当させて頂いています!」
俺がこの顔をすれば、大抵のやつは驚いた後にホッとした顔をする。最初の印象とのギャップだろうか。俺自身の為とはいえ、一々こんな笑顔を作らなきゃいけないなんて、本当に面倒だ。
「優でいいよソフィア。それで、探し物は見つかった?」
「え、ははい!」
とろくせぇ奴だなさっさと出てけよ、と心の中で舌打ちする。
「え、えと......明日の日程についてです。皆様にはすぐにでも力をつけて頂きたいので、明日の昼より訓練を受けて頂きます」
「え?」
俺のステータスを確認しなかったのだろうか。俺は一般人とほぼ変わりないというのに、初日から訓練に参加させられるだなんて。正直気が重いのだが。
「訓練の内容は魔法や初歩スキルについてです」
「魔法って、適性のない俺は使えないんじゃ」
「え?魔法は適性が無くても使えますよ?」
「......え?」
さらりと衝撃の事実が告げられた。
「ええ!?使えんの!?」
驚きのあまり、ソフィアの手を取り詰め寄って、
「それホント!?」
「あ、あわわ......は、はいぃ」
「あぁ、ごめん」
顔を真っ赤に染めるソフィアに気づき、手を離す。
「そ、それで?本当に魔法って使えるの?」
「は、はい。この世界で魔法が使えない人はそうそういません。どんなに才能の無い方でも、魔力さえあれば一つくらいは何かしらの属性魔法が扱えるはずです。属性適性とは、あくまでその属性を上手く扱えるかどうかなので......」
「なるほどな。つまり練習次第で俺にも魔法が......」
何だか嬉しくなってきて、再びソフィアの手を取った。
「ありがとうソフィア!君のおかげで微かに希望が見えたよ!」
「ふぇえ!?い、いいえ、そんな!私は何も......」
ソフィアの顔がまたしても赤く染まる。わかりやすい奴だ。
しかし魔法か。どんな感じなのだろう。一神達に比べたら当然しょぼいかも知れないが、それでも魔法が使えるというだけでワクワクするものだ。生きていればたまにはいいこともあるらしい。
そうして俺がはしゃいでいると、
「あ、あの......!こちらこそ、ありがとうございます!」
「え?なんで君がお礼......?」
「そ、その......私って、すごくドン臭くて。こんな使えない私に優しく接してくれた方、初めてで......う、嬉しくて」
ああなるほどと、少しこの女を理解した。恐らく彼女はドジでノロマで、この城の中でも使えないメイドだったんだろう。それでいつも怒られてばかり、周りからも良く思われて無かったに違いない。そういう奴はきっと優しさとかそういうものに慣れてない、飢えてるんだ。
なるほどな。
心の中でニヤリと笑った。
「そんなことない、ソフィアは使えなくなんかないよ。だってこんなに優しいじゃないか。君みたいないい子が俺の専属メイドで本当に良かったよ」
完璧な笑顔でそう言った。
「............あ、ああああありがとうございますぅ!!」
ソフィアは泣きそうな顔で礼を言う。思った通り、チョロいやつだ。
今は一人でも多く味方を作っておきたい。こんなポンコツメイドでも、居ないよりはましだ。
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