第1話 捻くれ者の異世界召喚
目が眩むほど眩い光に包まれて、強制的に視界を奪われた。まぶた越しにその強烈な光が消えたのが分かり、うっすらと目を開けてみる。
「なんだ、ここは……」
思わず零れた第一声。
真っ先に視界に映りこんだのは、十数メートル離れた先にあった灰色の壁。四角いブロックを並べたような石造りの壁。壁の上部に取り付けられた無数のランプが黄色い光を放っていて、それがこの部屋の全貌を明らかにしていた。
ぐるりと一周見渡したが、かなり広い。壁から壁へ30メートルはあるかもしれない。しかしそんなことより、見渡した時におかしな物を見つけてしまった。
この広い部屋の両サイドに並べ置かれた、多数の鎧。否、鎧を着た人間だ。鎧たちはそれぞれが剣を胸の前に構えている。数は左右にそれぞれ二十から三十体ずつ、たぶんそれくらいだ。数えていられる余裕はなかった。
そして当然だがこの光景に全く見覚えはない。
「ど、どこだここは!?」
「私たち、さっきまで教室にいたのに……」
「なに、ここ……」
「おい、一体どうなってやがる!?」
突然背後から声が聞こえてきた。振り返るとそこには、見知った人物達がいた。
一人――
成績優秀、スポーツ万能、おまけにイケメンで性格もいいらしいハイスペック高校生。典型的なリア充である。
二人――
一神の幼馴染であり、クラス一の美少女である。ブラウンアッシュのポニーテールは男子ウケが良かったのか、クラス内ではしばしばアイドル扱いをされていた。
三人――
星野とよく一緒に見かけるため、おそらく友達かなにかだろう。リア充グループの一人ではあるが、普段から大人しいイメージがある。ボブくらいの髪、背丈は低めだが胸は大きく、いつも男子達の目線を集めていたのは記憶に新しい。
四人――
鋭い目付きと大きな体格を持ち、学校からは問題児扱いされていた不良少年。人を殺したという噂も聞く危ない奴だ。
とりあえず、俺の記憶の中での彼らの情報はこんなものだ。
「皆様、どうか落ち着いてください」
突然、綺麗な女性の声が聞こえた。皆が声のする方へと視線を向ける。
部屋の中央から歩み寄ってきたのは、白を基調としたドレスに身をまとった女性だった。肩下まで垂らした綺麗な金髪、白い肌に、吸い込まれそうなほど深いブルーの瞳、日本人離れした整った容姿が目を惹いた。
どこからどう見たって外国人、しかし彼女の話す言語は日本語に聞こえる。それもかなり流暢に聞こえたが。
「あの、あなは?それにここは一体……」
皆を代表するように、一神が女性に問いかけた。
「申し遅れました。私はフェルマニア王国第三王女、アリス・メルタ・フェルマニアと申します。現在皆様が置かれている状況について、ご説明致します」
そう言うと、アリスと名乗る女性は語り始めた。
この世界には人間族、魔人族、獣人族、
古来より、彼らは自分達を生み出した女神マルトアを深く信仰していた。そして女神マルトアの使者である聖女の受けた神託により、不可侵の条約を結ぶことで世界平和を実現させたのだ。
しかし三百年前、魔人族はその条約を破り、各種族に対して突然の侵攻を開始した。それによって、世界を巻き込む大戦争が引き起こされたのだ。
魔王率いる魔人族達は圧倒的な力を有しており、他の種族は為す術なく蹂躙されかけた。そんな危機的状況を救ったのが、女神によって召喚された勇者であった。
勇者は激戦の末、ついに女神より授かった力で魔王を打ち倒し、世界に平和をもたらしたのだという。
それから三百年後の現在、この平和な世界に再び脅威が迫っていた。
魔王復活――現在の聖女であるアリス王女の受けた神託により判明した事実である。
これに伴い召喚された勇者こそ、俺たち五人ということらしい。
「皆様、どうかそのお力でこの世界を救ってはくださいませんか……?」
王女は深々と頭を下げた。
しかし、
「ふざけるな。要は俺達に戦争をしろってことだろ?なんで俺達がそんなことしなきゃならねぇんだ。知らない土地で知らない奴らのために必死こいて死ねってか?この国の王族ってのはバカしかいねえのか、協力するわけねぇだろ」
桐山大河は大声で正論を叩きつけた。
俺も全くの同意見である。
「貴様っ!姫様になんという口を!」
右サイドから、鎧をまとった男が一人声を荒らげ激昂していた。しかしすぐさま、
「やめなさい!皆様の意見は最もです、全ての非はこちらにあります。申し訳ありません、どうか部下の非礼をお許しください」
王女は部下を下がらせると、再び深々と頭を下げた。
「皆様、無理を言っているのはわかっています。ですが我々にはもはや、勇者様たち以外に頼るものがないのです。どうかこの世界を……どうか私達をお救い下さい……」
頭を下げたままの、王女の震える声だけがその場で静かに響いて消えた。深刻な空気に、その場は静まり返っている。何となく王女が可哀想、そんな声がどこからか聞こえて気そうな雰囲気がある。
反吐が出そうだ。俺はこの状況に、王女やこの世界の人間たちに対して同情心など微塵も感じちゃいない。何なら苛立っていると言っていい。そんな泣き脅しが通用するほど甘くはない。勝手にこんな訳の分からない場所へ連れてこられた挙句、戦争を強いられているのだから当然と言えば当然だ。しかも王女の話を聞く限りだと、どうやら俺たちは魔王を倒さなければ元の世界へは帰れないらしい。なんでもこの世界へ呼び出したのは女神であり、元の世界へ帰すことが出来るのもその女神だけなんだとか。しかし魔王討伐は女神の願い、それを果たさねば俺たちは永遠に元の世界へ帰ることは出来ない、どうやらそういうことらしい。
つまるところ、これは魔王を倒すか死ぬまでこの世界で暮らすかの強制二択なのだ。なんとも理不尽で身勝手極まりない。だからこそこんな泣き脅しで納得など出来るはずもない。
正直この女の涙だってホントかどうか怪しいところだ。経験上、女子と言うものは都合が悪くなると直ぐに涙して心にも無いことを口にし、周りの同情を買おうとする。こうやって世界の為だ何だと涙を流している姿がいかにも胡散臭く見えて仕方ない。
どっちにしろ現状彼女らに手を貸してやる義理も情も無い。一神たちもきっと同じ考えのはずだ。賛成的な意見を持つやつはいないだろう。
「わかりました。僕達で良ければ協力します」
――いやいるんかい。
爽やかに前へ踏み出たのは一神光汰だった。
突然何を言い出すんだと呆気に取られた。
協力するって、正気とは思えない。そもそも僕達ってなんだ。
「そ、それは本当ですか!?」
アリス王女は俯いた顔を勢いよく跳ね上げて、花の咲く様に笑顔を見せた。
しかしながら一神以外の者は納得していないようで、
「ち、ちょっと待ってよコウタ!私達、普通の人間なんだよ?魔王なんて倒せるわけないよ」
すぐさま否定の声を上げたのは、一神の幼馴染の星野愛風だった。一神の幼馴染と言っても、盲目ではないらしい。
当たり前の話だが、俺たちみたいな平和ボケした国でのうのうと生きてきた一介の高校生にどうにか出来る次元の話じゃない。
しかし協力すると言われ勢い付いたアリス王女は意気揚々と答えてくれた。
「その点に付いては問題ありません。皆様はこの世界へ来る際に、女神様より強力な加護を授かっている筈です。かつての勇者様もその力で魔王を討ったと言われています」
「でも、やっぱり危ないんじゃ……」
しかし成村千代も不安げに呟いた。
全く持って自然なことだが、賛成意見は一神ただ一人だけ。こんな話を信じて協力しようだなんて、完全に頭がおかしいとしか思えない。そう、一神は頭がおかしい。
しかしそんな一神は少し前へ踏み出すと、くるりとこちらへ向き直り飄々と演説を始めた。
「みんな聞いてくれ。この世界の人達はみんな困ってる。そしてそれを救うには他でもない、僕達の力が必要なんだ。僕はこの世界の人たちを見捨てたくない。これは僕達にしか出来ないことなんだ。それに、魔王を倒さないと、僕らは元の世界へ戻れないんだろ?だったら尚更だ」
驚愕だった。
コイツが何を言っているのかよく分からない。目の前にある状況が、俺にはとても信じられないでいた。
「みんなでこの世界を救おう、みんなとならきっと出来る。だから頼む、力を貸してくれ」
真っ直ぐな瞳をこちらへ向ける一神に、流石に開いた口が塞がらないでいる。正気の沙汰ではない。こんな演説で納得するやつなんているわけ
「はぁ、全く言い出したら聞かないんだから。しょうがないから付き合ってあげる」
「愛風ちゃんが言うなら、私は別に……」
「ちっ、元の世界へ帰れないなら仕方ねぇ。勘違いするな、馴れ合うつもりは無い」
――いやいるんかい!
「みんな……ありがとう……!」
え、俺の意思は?
しかし悲しいことに、話は俺を置いて進んでゆく。一度団結してしまったリア充達はとどまるところを知らない。
勝手に盛り上がっている彼ら彼女らの背後で、静かに舌打ちしてこう言った。
「………………ほんと、死ね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます