第149話 神を殺す子どもたちの件

「森神様を殺すぞ」


 まさかリンダの口からそんな言葉が出るとは思っていなくて、リュウトは驚いた。


「ありがとう、リンダ。わかってくれて嬉しいよ。だ、だけど、ほ、本気なのか、リンダ?」

「あ? リュートが言っておいて、わたしを疑うのか」

「だ、だって、その」

「ふっ。神を殺したら、わたしたちは歴史的な人物になるかもな」

「わ、笑えないよ」


 リンダは子どもたちの元へ迷いのない足取りで歩いていった。


 そして、リュウトがそうしたように、獣の皮を脱ぎ捨てた。


 リンダは精悍せいかんな顔立ちをしていた。

 キリッとした眉毛と目で、ゼルドの面影がある。


「リンダさん! 脱いじゃダメだ!」

「森神様に祟られてしまいます!」


 リンダは子どもたちに大声で叫んだ。


「いい加減、目を覚ませ!」

「ひっ!」


 子どもたちはたじろいだ。


「森神様なんてのは……」


 そして、リンダは静かに言った。


「どこにもいない」


 リュウトは慌ててリンダの元へ走った。リンダは祭壇を指差し、子どもたちに伝えた。


「獣の皮を捨てて、己の目で確かめろ。森神様の正体、それは」


 祭壇の先にあるもの、それは。


「恐怖心が作り出した幻だ」


 「何もない」が存在していた。


「違う!」

「違う! 違う!」

「違うよ!」

「違う……」


 子どもたちは一斉に否定した。


「だって、この辺りには首を斬られた死体がたくさんあったじゃないか! あれは森神様の仕業なんだよ!」

「違うよ、あれは首狩りのハルスって奴の仕業だ。オレは、ここに来る前にそいつに会った。イカれた野郎だった。人の首を切って殺して回ってたんだ」


 地下洞窟の中を、例のゴォオオオという轟音が響き渡った。


「じゃあ、この音は!」

「それは多分、巨木の中を反響する風の音だ。すごい音だから魔物の咆哮に聞こえるけど、自然現象だよ」


 リュウトの淡々とした説明は、子どもたちには受け入れられていなかった。


「違う! 森神様は、ボクたちを守ってくれる神様なんだ! だから、いないわけがない!」

「いいや、森神様は存在していないから、守ってはくれないよ。祭壇をよく見るんだ」

「嫌だ! 森神様を直接見たら、祟られてしまう!」


 リュウトには、こうなることはわかっていた。だけど、それでも、真実を見てもらうためには話すしかなかった。


「みんな」


 子どもたちも、リンダも、リュウトを注視した。


「オレさ、ハルスって奴に殺されそうになったとき、本当にこわかった。だから、何もかも捨てて逃げ出してしまった。相棒のシリウスでさえ置いて逃げ出してしまったんだ。本当に、最低だった」

「……」

「ここに来て、みんなと過ごすのは平和でいいと思った。だけど途中で気が付いたんだ。ありもしない神様にすがって安全なところに居続ける。その方が、もっとこわいことなんだと――」

「え……」

「自分の可能性を信じられなくなって、自分が何をしたいかも忘れて、他人の顔をうかがって……。それって、生きてるのに死んでるってことだ。死ぬよりも、恐怖が一生続くことの方が、オレはこわい」


 リュウトは頭をかいた。


「勇気を出すのは難しいことだと思ってた。だけど勇気がなくなってしまう恐怖に比べたらなんてことはなかった。……オレは、出るよ。この巨木から。そしてみんなの元へ戻る。シリウスに謝る。ケイマに謝る。それだって本音を言えばこわいけど、やらなくちゃいけないことなんだ」

「……」

「それに、外の世界には、好きなことがいっぱいあるんだ! 竜の背中から見た景色は最高なんだ。一度にすべてが見えるんだ。生きてるって、好きなことをいっぱいやることだよ。オレはそう思う。だからオレはここから出たら、好きなことをいっぱいやるんだ。シリウスと空を飛びたい。アリアの音楽が聴きたい。みんなとくだらないことをしゃべるのもいいな。せっかく外国に来たんだから美味しいものだって食べなくちゃもったいないし、まだまだ生きたりないくらいだよ」


 リュウトは子どもたちと目線を合わせるために、しゃがんだ。


「みんなにも、好きなことがあるんじゃないか? やってみたいことが、あるんじゃないか?」

「わからない……」

「じゃあ、探しに行こうよ。外の世界には、つらいこともあるけれど美しいものもいっぱいあるんだ」

「……」


 子どもたちは黙って考えていた。


「リュート……」

「リンダ……」


 そして、子どもたちの内の一人が、立ち上がった。


「ボクも……出たい……。ボクの両親は首を狩られて死んでいた。森神様の仕業じゃなくて、ハルスって奴の仕業なら、報いを受けるべきだ……。そして、両親のために、生きなくちゃいけない。ボクは生きたい」

「うん」


 リュウトがその子の手を取ろうとすると、洞窟が崩れだした。


「うわっ!」

「じ、地震っ?」


 大きな揺れが洞窟全体を包んだ。

 子どもたちは慌てた。


「森神様が、怒っているんだ」

「祟りがはじまるぞ!」

「違う! 祟りなんかじゃない!」


 リンダは叫んだ。


「ここは崩壊する! 大雨の影響で地盤が緩んだんだ。巨木の寿命も原因かもしれない。お前たちはここで潰されて死ぬか? それてもここから出て、生きるか?」

「うう……!」

「みんな、出るんだ! 出よう! ここから一緒に! みんなで行けば、こわいことなんてないんだ!」


 リュウトの叫びで決意をかためた子どもたちは、走った。

 獣の皮を脱ぎ捨てて、一心不乱に出口を目指して駆けた。


「さようなら、森神様――」

「さよなら――」

「みんな、急げ! この洞窟、とても持たないぞ」


 急いで出口に向かう子どもたちだったが、途中で最年少の子どもが転倒した。


「いたっ!」

「あっ!」

「ああああっ!」


 リンダが言った通り、大雨の影響で、洞窟内の地形が変形しだした。そして、崩れた場所から大雨が侵入し、洞窟内を激しい濁流が迫っていた。


「わあああああああっ!」


 子どもが転倒した場所は、濁流が直撃する位置だ。


「くそっ!」

「リンダ!」


 リンダは子どもを救うために、危険を顧みず駆け出した。


「リンダ、はやくっ!」


 リンダは子どもを無事に抱え寄せると、出口に向かって走った。


「リンダ!」

「リュート!」


 リンダは、子どもをリュートに託した。


「リュート! 頼む!」

「え?」


 すると、濁流がリンダに直撃し、リンダは飲み込まれて流されていった。


「リンダぁあああぁあああああああああああ!」

「リンダさん!」

「リンダさんが!」


 リュウトは表情をこれ以上ないくらい歪ませて絶叫した。


「みんな、先に脱出しろ!」

「えっ!」

「リュートさんはどうするんですか!」

「オレは」


 リュウトは既に、飛び出していた。


「リンダを助ける!」

「ええええっ!」


 流されたリンダを追って、リュウトは濁流の中へ飛び込んで行った。

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