第147話 君のことが好きだ!の件

 地上から聴こえるアリアの奏でる聖鳩琴の音が止んでしばらくして、ようやく落ち着いてきたリュウトの元に、同じくクマの皮を被った少年がやってきて、隣に腰掛けた。


「大丈夫か」

「うん、もう大丈夫。心配してくれてありがとう――リンダ」


 隣に座った少年を、本当は少女だと知ったのは、出会ってからすぐ、本人に言われてからだった。それまでリュウトはリンダのことを完全に男性だと思い込んでいた。筋肉質な身体つきをしているし、口調も男性のものだから、一目で彼女を女性だとわかる人間は少ないだろう、と思う。


「ああ。それにしても」

 

 リンダは拳を握りしめた。


「フェセク。まさか再びアイツの顔を見ることになるとはな」

「驚いたよ。リンダもフェセクと知り合いだったの?」

「ああ。思い出すだけで胸くそ悪くなる」

「えっ」


 リンダの話によると、彼女は一年前まで、この近くの豪邸に住む祖父母と暮らしていたらしい。

 しかし、出生の件で、ことあるごとにいじめられていたという。

 そんなある日、森の中を歩いていると、灰色の魔道士と名乗る男、フェセクが影の中から現れ、リンダに尋ねた。


『ワタクシに任せれば、嫌いなニンゲンなど一捻りで殺せますぞ♡ さて、いかがなさいますカナ――』


 そのとき、リンダはきっぱりと断ったそうだ。


「自分自身の問題を他人にどうにかされるのは嫌だったし、あんな怪しげな男に関わったらろくでもないことが起きそうだったからな」


 しかし、家に帰ってみると、帰る場所はすっかり無くなってしまっていた。

 いじめをしてきた祖父母は既に殺されていた。


『――ワタクシにすべてを委ねなさい。そうすれば、もう苦しい思いも、つらい思いもしなくていい』


「毎日影の中から出てきては、交渉を持ちかけるフェセクにいい加減うんざりしてさ。スキを見て逃げた。そして、ここに住むあの子たちに出会った」


 リンダは熱心に『森神様』に祈りを捧げる子どもたちを指差した。


「最初はビックリしたな。だけど、守らなければいけないと思った」


 そうだね、とリュウトもうなずいた。


「しかし今は……フェセクよりもあいつだ!」

「ゼルドのこと?」

「やっぱりそうだ! リュートはあいつとも知り合いなのか。ったく、世の中どうなってるんだよ!」


 リンダは立ち上がった。


「あいつ、わたしに対して小僧って言った! 自分の娘もわかんないのか。わたしはあいつが誰だかすぐにわかったってのに」


 彼女はアリアと同い年のはずだが、華奢なアリアと違い、父親にとてもよく似てムキムキだ。腕っぷしでは負けるかもしれない、とリュウトは思っていた。将来は女傭兵となって父親と同様、大剣を振り回す姿も容易に想像ができる。


 リュウトも立ち上がり、リンダの横に並んだ。


「あのさ、リンダ。オレ、やることがあるんだ。もう、現実に立ち向かわなくちゃいけない。オレも、ここの子どもたちも――」


 一息置いて、言う。


「森神様を殺さなくちゃいけないんだ」

「……」


 リンダは腕を組んだ。


「森神様を殺したら、あの子たちは生きていけない。壊れてしまう」

「違うんだ。生きるために殺すんだ。今のまま、森神様に怯えて暮らすのは、生きていても生きてるとは言えない。誰かの顔色をうかがいながら生きるのは、終わりにしないといけない。みんな、本当の自分を生きないといけないんだ!」

「リュートがそう考えていたとしても、みんながみんな強いわけではない」

「けれど、弱いままではダメなんだ! 強くなれなくてもいい、弱いままでいるのはダメだ。進まなくちゃいけないんだ。こわくても、痛くても、立ち向かわないといけないことなんだ。オレは今までたくさんのことから逃げてきた。その度に自分を信じられなくなった。逃げたことがよかったこともあるし、逃げたことで他人を傷付けたこともある。ずっと考えてたんだ。いい逃げと悪い逃げの違いは何なんだって。でもようやくわかった。勇気を差し出す逃げだけは、絶対にやってはダメなんだ。これが本当の、逃げちゃいけないことだったんだ。全く責任を取らない誰かに、自分の勇気を出すこころを全部差し出しちゃダメなんだ! たった一滴でもいいから、勇気はこころの中にとどめておかないといけない。すぐには走り出せなくても、いつか必ず走り出せるように、必ず残しておかなくちゃいけない。決して誰にも奪われちゃいけないものなんだ!」

「……」


 リンダは子どもたちを守るようにリュウトの前に立ちはだかり、剣を向けた。


「どいてくれ、リンダ……」

「お前の言いたいことが理解できないわけではない。だが」


 リュウトは一歩、後退った。


「やはりわたしは弱き者は守らねばならぬと思う」

 

 後退り、足元に落ちている剣をすぐに拾える位置まで来た。


「それは、リンダ自身が……守られたかったから?」

「的外れもいいところだな、リュート」

「オレは、オレがリンダの立場だったら、毎日泣いていたと思うよ。まあ、今でも毎日泣いているんだけど……。だからオレは強くなろうとしているリンダをすごいと思うし、弱い者を守ろうと考える君のことが好きだ!」

「好き……?」

「うん。好きだ。なんだかお母さんみたいな感じで、一緒にいると安心する」

「……お前、絶対ふざけてるだろ」

「えっ? そんなつもりは」


 リンダはリュウトが剣を取りたいことに気が付いていた。


「リュート、そこの剣を取れ。真剣勝負だ。勇気が大事だと言うのなら、わたしにお前の勇気を見せてくれ」

「リンダ……」


 リュウトはうなずいた。

 通常ならリンダとは戦いたくない。女の子だし、年下だし、味方だから。

 しかし、今はそうではない。

 戦いたい。彼女と。

 彼女と戦って、戦いの中でお互いをわかり合いたい。

 言葉を多く交わすより、彼女とは、その方が通じ合えると思う。


「じゃあ、手加減無しの本気の勝負だ」


 リュウトは落ちている剣を拾い、そして、獣の皮を脱ぎ捨てた。


「やっぱりリュートはあんまり男らしくない顔をしているな」

「へへへ……。よく言われる」


 実力は五分五分だろう。

 しかし、信念を貫くため、負けられない。


「オレはリュート。父さんと母さんと妹と暮らしていた平凡な高校生だった。それが、ドラゴンまみれの森に突然放り出されて、ホント死ぬかと思った。だけど、強くなりたいと思った日から、人生は動き出した。同じ目標を持って、支え合える仲間たちができた。コンディスやフレンやシェーンたちのことだ。そして、次は個性的だけど一緒にいたいと思える仲間たちができた。アリア、ゼルド、ゾナゴン。ラミエルは微妙なところだけど……まあ一応ラミエルも仲間だ。オレはすごい竜に選ばれた割には弱いし、すぐに逃げ出す臆病な人間だ。だけど、そんなオレを、みんなは受け入れてくれる。みんながいるから、オレはオレでいることができる。だからオレは、オレを必要としてくれるみんなからは、逃げたくない。……と、言ってるけど、もしかしたらまた何かで逃げるかもしれない……。だけど、オレがみんなと一緒にいたい気持ちは、本物なんだ。アリアの聖鳩琴の音色を聴いて、わかったんだ」

「リュート、突然の自己紹介は何なんだ? つまり、何が言いたい?」

「オレはオレを生きることをやめないって話だ。だから自己紹介した」

「……」

「リンダ?」

「ふっ……。変な男だよな、リュートって」

「それもよく言われるけど、そうでもないと自分では思ってるよ」


 リンダは咳払いをした。


「……わたしはリンダ。幼い頃に父さんに捨てられた、帝国の貴族とも、砂漠の市民とも、どちらとも言えなくなった宙ぶらりんな存在だ。ただ、剣だけは裏切らないと思っている。だからわたしは修行し、誰にも負けない戦士になりたい……」

「リンダ……。そうか、わかったよ、だからオレと君はフェセクに気に入られたんだ。二つの世界があって、白にも黒にも、どちらにも染まりきれないから、灰色だから、彼はオレたちが好きなんだ」

「不愉快極まる話だな」

「あはは」


 笑うと、真剣な目をして訂正した。


「でもリンダは一つ間違えてる。ゼルドは君を捨ててなんてない」

「……」

「だから迎えに来たんだよ、君を」


 今度はリンダが鼻で笑った。


「あれは、たまたまここに来ただけだよ」

「そうかもしれないけど、そうじゃないよ」

「……」

「偶然、意味がある人にバッタリ出会うなんて、偶然じゃない。それはきっと」

「もう何も言うな。お前の感覚的な、不確かな話を聞いていても仕方ない。白にも黒にも染まれない? なら、ハッキリしようじゃないか。リュートが負けたら、ここから一人で出ていけ」

「オレが勝ったら、みんなでここから出ていく」


 リュートとリンダの真剣勝負がはじまった。

 突然戦い出した二人を、子どもたちは見守った。


 リュウトはリンダの猪突猛進といった連撃を避けるので精一杯だ。

 だけどゼルドはリンダの攻撃からスキを見つけて彼女を倒した。


 ――だから同じことができるはずだ。


「行くぞ! リンダ!」

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