第2話 幸せな生活
わたしの名前はミルク。
お父様とお母様、そして2人のお姉様と5人家族です。
お父様はハーン帝国の男爵位で、地方の小さな領地を経営しています。
わたし達は決して広くない領地からの恵みを受けて、元気いっぱいに育ちました。
歳の離れた一番上の姉は既に帝都の男爵家に嫁いでいます。
来月には下の姉が隣のベルン子爵家に嫁ぐことが決まっています。
わたしはナーカ教国との国境にあるメグ伯爵家に2年前から行儀見習いの侍女として働いています。
メグ家は、国境の警備とナーカ教国との交易を任された由緒正しい家柄で、行儀見習い先としては最も人気の高いところだと言われているそうです。
お父様とメグ伯爵は、学校時代の級友であったという縁で、わたしはメグ家に雇って頂けることになったのです。
メグ家には侍女頭のソーダ様を筆頭に侍女が15人います。
侍女の仕事はメグ家ご家族様各自に専属として着く専属侍女と、その他全般の業務をこなす一般侍女に分けられます。
伯爵様に2名、奥様に2名、そして3人のお子様にそれぞれ1名づつの専属侍女が5名とお屋敷の掃除や洗濯などを行う一般侍女10名です。
専属侍女になることが、一般侍女達の目標です。
わたしはまだ専属にはなれませんが、せっかくお父様が紹介して下さったのですから、一生懸命働いて専属侍女になりたいと頑張っている今日この頃です。
一般侍女の1日は、朝の掃除から始まります。
早朝4時から起きて食堂、庭、廊下、リビング等をそれぞれ分担して掃除します。
掃除が終わると水汲みや洗濯を行います。
7時頃になると、伯爵様ご家族が起床されますので、食堂に集まって皆で配膳作業をします。
配膳作業完了から食事が終わる9時頃までが朝食と休憩時間となります。
ご家族様のお食事には、専属侍女が付きます。
この間に朝食を頂き、しばしの休憩です。
食事が終わられると、食堂のかたずけを行い、専属侍女の指図でご家族様の部屋の掃除を行います。
お部屋の掃除が終わり10時になると、昼食のご用意までの間、ソーダ様から授業を受けることが出来ます。
侍女としての心構えや貴族としての立ち居振る舞いはもちろん、専属侍女の仕事内容、読書き計算、国の歴史や現在の情勢等、貴族として身に着けておくべきことを教えて頂けます。
上級の貴族であれば家庭教師をつけて学ぶのでしょうが、男爵家程度では家庭教師をつけるのは難しいため、こうして上級貴族の行儀見習いをすることで、こういった知識を身に着けるのです。
昼食のご用意が終わりましたら、わたし達も軽食を頂きます。
ご家族の昼食が終わり、かたずけを終えると、わたし達の休憩時間となります。
数人は当番として、買い物や庭の草花の手入れ等の雑用を与えられることになりますが、基本的には夕食のご用意が始まるまではゆっくりさせて頂きます。
まあ、大体は侍女仲間でおしゃべりしたり、午前中の勉強の復習をしたりして過ごします。
ご家族の夕食が終わり、そのかたずけが終わると1日の仕事が終わります。
就寝は9時頃でしょうか。
専属侍女になると、ご家族の生活に合わせての生活になりますので、拘束時間は長くなります。
ただ、お給料はその分良くなりますし、何よりも上級貴族の専属侍女になった経歴があれば、嫁ぎ先もよくなりますので、みんな専属侍女にあこがれるのです。
今日は当番の日なので、午後は買い物に来ています。
普段の食材については、業者が毎日届けてくれるので買いに行く必要はありません。
ご家族様からのご要望に応じて食材や品物を買いに行くケースがほとんどです。
今日頼まれているのは、最近街で流行りのスイーツです。
アンヌお嬢様が食べたいとおっしゃったということで、当番のわたしが買いに出ています。
そのスイーツが売られているのは、街の中心地でお屋敷からは歩いて30分ほどかかります。
お使いは馬車を使うことが多いのですが、街の中は馬車での移動が不便なことと、スイーツが焼けるのを待つ間があるので、今日は歩きです。
スイーツ屋はいつも混雑しています。
もちろん領主様のご用命なので先に提供して頂けますが、このスイーツは出来上がりを持ち帰るので、焼く時間は必要となるのです。
20分ほど待ってアンヌお嬢様ご希望のスイーツが出来上がりました。
う~ん、いい匂いです。
昼休みにたまに買いに来るのですが、いつもお客でいっぱいなので、限られた時間の中ではなかなか購入できません。
今回は、奥様の許可を頂いて、わたし達侍女の分も購入させて頂きました。
このくらいの特権はあってもいいですよね。
帰り道、警備隊の詰所の近くを通りがかると、何やら騒がしい気配がします。
何かあったのでしょうか?
兵士の出入りもあり、その一帯は物々しい雰囲気を醸し出しています。
その時は、手に持っているスイーツのことで頭がいっぱいで、それ以上詮索することなくお屋敷に戻りました。
その日から1ヶ月後にあんな忌まわしいことが起こるなんて、その時点では全く予想もできませんでした。
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