P.S.I love Majority
詩野聡一郎
P.S.I love Majority
僕にとってラブレターというのは伝えてはいけない気持ちを口にする代わりに書くものであって、まあ、要するに書き慣れていた。
袖振り合うも他生の縁とはいうけれど、僕は袖が振れたりなんかしたらすぐに恋してしまうので、縁で済ませられる人はすごいと思う。
これまで書いたラブレターは百はくだらない。おかげさまで、小学校高学年になる頃には、自分が他の人と違うことはよくわかっていた。
貴重な資源をたくさん無駄にしていることは重々承知だけれど、まあ、僕みたいな人間がマジョリティに合わせるのはとても大変だから、このぐらいは許してもらえても良いと思ってる。
そうやって開き直っていることで、今日もストレスを抱え過ぎずに生きていられているんだから。
「…………」
書き慣れているのならすぐに書き上げられると思いきや、意外とそうでもなかったりするよね。
だって僕は百回以上恋をしているけど、誰にでも同じ恋をしているわけじゃないからね。
恋とか愛とか、好きとか嫌いとか、字で書いてしまえば簡単だけど、それじゃあ僕の気持ちを表現し切れないよ。
かといって長々と書き続けても、いつの間にか同じ意味の言葉を繰り返し続けているだけになってしまうから困りものだよね。
長くてもダメで、短くてもダメってこと。このあいだ勉強したばかりの数学の言葉が思い浮かぶかな?
まあ僕は数だけは書いているから、さすがに必要で十分な表現を見極めるのはお手の物だよ。
マジョリティのみんなよりはメジャー。つまりここだけは一流さんってことね。
一度も届いたことはないし、一度も実ったこともないんだけどね。
「…………」
とはいえ、自分にとって必要で十分な表現にすれば良いかっていうと、なかなかそうもいかないな。
だって、ラブレターは自分の気持ちを相手に伝えるためのものでしょう?
それならメジャーな言葉は書かなくっちゃ。でもオリジナリティを出さなくっちゃ。
大変だ。あー大変だ。大変だ。
こんな感じで韻を踏んでも、意外と評価してもらえるかもね。
でも僕はあんまり好みじゃないかな。誰に向けて出しても変わらなさそうだしね。
「…………」
結局のところ、ラブレターは相手ありきなわけなんですよ。
相手がどんな人かで内容を考えなくちゃいけないわけですよ。
この辺をみんなはわかってない。みんなは自分の気持ちばっかりなんだもん。
でもそれだけじゃダメだよね。ちゃんと将来のことも考えなくっちゃ。
相手を幸せにできるか考えなくっちゃ。自分が幸せになれるか考えなくっちゃ。
その先も考えなくっちゃ。家庭を作れるか考えなくっちゃ。子どもが作れるか考えなくっちゃ。
延々とうんちく言ってるけど、これは百回以上恋に破れてる僕なりの教訓なんだよね。
「…………」
だから相手がマジョリティならマジョリティ、マイノリティならマイノリティの言葉を入れないとね。
とはいえ、マジョリティとマイノリティがくっつくことなんてないんだよな。
だから、最初からそんなことをわざわざ考える必要なんて、本当はないんだろうな。
まあ、僕はマジョリティに恋してばかりのマイノリティだからずっとずっと考えているんだけどね。
「…………」
こうやって頭の中だけでご高説を垂れ流したところで、別に外に出ることなんてありはしないよ。
だってマジョリティのみんなは、僕がこんなに恋に恋してるなんて思ってもないでしょう?
だから、頭の中では偉ぶってみたいよね。頭の中でぐらいはね。
おらおら、僕が恋愛百人斬りの伝説の恋愛王だぞ! 者ども、であえであえー。
あはは、これじゃあ時代劇になっちゃうかな。というか恋愛王じゃなくて失恋王だよね。
「…………」
ついでにいうと、マジョリティのみんなは、僕が愛を愛してるとも思っちゃいないよね。
あ、僕の思考を読んでるみんなはいい加減マジョリティって単語で疲れちゃってるかな?
まあ読んでる人なんているわけないんだけどね。いてくれたらもうちょっと楽だったもんね。
よーし。マジョリティマジョリティマジョリティマジョリティマジョリティマジョリティ。
「…………なあ」
「ん?」
あれ、読めちゃった? マジョリティで頭いっぱいになっちゃった? そんなわけないか。
読んでたらもっと違う顔してるもんね。僕が恋してるのは君なんだからさ。
こんなにずっと近くにいたら恋に恋して君のことが恋しくなっちゃうよ。
だから、こうやってラブレターを書いちゃうのは当然だよね。普通のことだよね。
でもでも、頭の中は覗いちゃだめだよだめだよ。ぜったいに。
「…………何書いてるんだ?」
「んー」
そんな風に聞かれると困っちゃうな。絶対に言えないよ。
だって言ったら困っちゃうでしょ? 明日から友達じゃなくなっちゃうでしょ?
僕はそれはいやだな。それなら今のままの方がいいな。いじめられたくもないしな。
今のままでいれば、少なくとも袖は振れ合えるでしょ? そしたらまた恋できるもんね。
じゃあそれでいいかな。それがいいかな。それは必要で十分かな。
「…………読んでみてもいいか?」
「んー、どうだろう」
そんな風に聞かれると困っちゃうな。絶対に見せられないよ。
でも愛を愛してると君が愛おしいから、ちょっと見せちゃいそうになっちゃう。
だからそんな聞き方はずるいかな。君が取り上げるのを止められなくなっちゃうよ。
もしかして僕が君を好きなの気づいちゃってるの? それでいじわるしてるの?
もしそうだったら嬉しくて勘違いしてもっともっと恋しちゃいそう。
「…………借りるぞ」
「んー、困っちゃうなあ」
そういう強引なところも好きだな。好きだったな。だからだめなんて言えないよ。
色々がんばってみても、いつも最後はこうやって好き好き言うことになっちゃうな。
あ、言ってはないか。言ったらだめだもんね。僕に言われたら困っちゃうもんね。
だから心の中でぐらいは君でいっぱいにしたいな。もう溢れちゃってるんだけどね。
「…………」
「んー」
どうしよっかな。もひとつラブレター書いちゃおうかな。
どうせ捨てられちゃうもんね。どうせ読んでも内容わからないよね?
わかったらすごいな。嬉しくて天まで舞い上がっちゃうな。
お父さんにもお母さんにもわかってもらえないんだもんな。
君がわかってくれたら、きっと君が運命の人なんだろうな。
でも君はマジョリティだもんな。きっとわからないもんな。
マイノリティの僕のことなんてきっとわかってくれないな。
「…………なるほど」
「んー」
ちょっと怖いかな。わかられちゃったら怖いかな。
わからないって言ってくれた方が安心できるかな。
でもわかって欲しい気持ちもあるな。怖いけど期待しちゃうな。
いい加減に僕の好みを理解してくれる人に会いたいな。
いい加減に僕の好みを否定してこない人に会いたいな。
会いたいな。会えないな。会いたいな。会えないな。
なんてね。本当は会いたい。会いたい会いたい会いたいな。
泣きたいぐらいに会いたいな。
「ありがとな」
「…………」
彼はマジョリティだから、こんなラブレターの内容を解読するまでにきっと五分はかかってしまうと思う。
たとえ内容を理解してくれたとしても、そこに詰め込んだ僕の想いに、彼が応えてくれることはないだろう。
僕はどこまでいってもマイノリティで、彼はどこまでいっても真っすぐな普通のマジョリティだから。
それでも、どこにも送ることのできない僕の気持ちが、はじめて相手に届いて、それに感謝の言葉をもらえたことは、なんだかとても救われた気持ちになった。
君に恋することはダメかもしれないけど、僕を理解してくれそうな君といつまでも一緒にいられたらいいなと、そう思っている。
P.S.I love Majority 詩野聡一郎 @ShinoS1R
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます