饕餮的短編集
饕餮
饕餮的童話集
悠久の歌うたい
「わたしと街の人々のために、歌ってね」
――
そしてそれが、彼の仕事となった。
それが彼の、最初の記憶。
***
抜けるような青空の下。
カルデラの中にある開けた場所。
そこには渇いた風が吹き、大地は赤茶けた渇いた土と枯草があるのみ。その中央に今は誰も訪れることのない、ひび割れて崩れかけた灰色の墓石がひとつ、ポツンと建っている。
渇いた大地に似つかわしくない花畑が墓石の周囲にのみあり、正面には周囲のものとは違う、どこかから摘んできたばかりなのか、数本の花が供えられていた。
その墓石から少し離れた場所に、青色の髪に同色の瞳をした独りの若い男が佇んでいた。この地にいる者は、彼独りだ。
他の人は他所の地へと移り、この場所にはいない。
彼は墓石の前に来ると、愛おしそうに墓石をひとなでしてから裏に回って座り、墓石に寄りかかる。
――酷く疲れた体を休めるように。
そして歌を歌い始める。
今は誰も知らない歌を。
その歌声を、墓石の下に眠る人に聴かせるように。
――彼に歌を教えてくれたのは、墓石の下に眠る人だったから。
墓石の周囲と渇いた大地に、彼の歌が木霊する。
声が時々掠れてはいるが、その歌声は心と魂が込められた、全身全霊の歌だった。
生きている人で聴く者は誰もいない。
聴かせたい人は墓石の下と、元々その地にいた人々なのだ。だから、その願いは叶わない。
空を飛べる鳥と彼以外は、もうこの地には誰もいないのだから。
なのに彼は、まるでその場に人々がいるように歌うのだ。
それを知っているかのように、そして彼の歌声に導かれるように、光を放つ粒が墓石の周囲に集まってくる。
その歌声を聞くかのように、歌声に合わせてふわり、ふわりと揺れて動き、踊るように瞬く。
夕暮れが来ても
月が輝き、星が瞬く夜が来ても
また朝が来ても
彼はただひたすらに歌い続けた。
そして三度目の夜が来た時、その歌が唐突に途切れる。
見れば彼は墓石に寄りかかったまま、眠るようにこと切れていた。
よく見れば、彼の腕は片方がなく、そこから細い線のようなものが見えていた。
体も服もボロボロで、肌も見えていた。
その皮膚もところどころ剥げ、中から見えたのは錆びた金属の骨組みと、歯車などの機械。
――彼は千年の昔に作られた、人々に歌を聴かせるための機械人形だった。
その地に住んでいた人々も、千年も前にこの土地から出、そして戦争という愚かな行為をし、その世界からすらも消えていた。
――ごく一部の人間を除いて。
それを知らない彼は花を探してさ迷い、花を見つけては墓石に置き、そこで歌っていたのだ。
さ迷っているうちに服はボロボロになり、剥げた皮膚から雨水が入り込んで金属の機械は錆びた。
中にはもう動かない歯車もある。
ギシギシと音を立てながら、回る歯車もあった。
それでも歌うことを止めなかった彼は。
最期は自分を作った人の墓石に寄りかかり、幸せそうな顔を浮かべて静かに、そして永遠に眠った。
そしてそれが、人々を歌で楽しませた機械人形の最期だった。
そのしばらくあと。
光を放つ粒が次々に星空へと消えて往く《ゆ》中、そのひとつが段々大きくなる。ゆらりと影のようなモノがたってヒトガタへと変化し、その傍へと立つ。
その姿は女性。
「お疲れ様。そして、今までありがとう」
そう言って彼女が彼の髪を撫でると、機械人形の身体がサラサラと崩れて砂へと還る。そしてその中から光の粒が現れ、奇跡が起こる。
その光の粒がヒトガタになると、それは機械人形と同じ姿になった。
それを見た彼女が微笑むと、彼もまた微笑みを浮かべる。どちらからともなく差し出された手を握り、ふたつの影は光の粒になると星空へと消えた。
――それは遥か昔に語られた、忘れ去られた世界と、人々と機械人形の物語。
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