とある家族の。
「えーっと、じゃあ行こっか」
2人と目線を合わせるためにしゃがみこんでいた凛月は、膝に手をついてよいしょと立ち上がる。
「うん!」
「は、はい……」
徐々に凛月への警戒心を緩めつつある風。一方で、鈴は相変わらず目も合わせてくれない。
鈴との距離感をどう縮めていけばいいのかが全くもって分からない凛月。ここにきて人との関わりを可能な限り絶ってきた弊害が出るとは……。
「あの、あのね。おねえさん」
チラチラと鈴の方を見るばかりで何もできずにいた凛月に、風は意を決したかのように、だがもじもじと胸元で指を絡めながら、声をかけた。
それはさっき初めて出会った時のような、頼りなさげな声。
「ん? どうしたの?」
鈴にばかり意識がいっていた凛月は、少しおざなりに返事をしてしまう。
「手、つないでもいい?」
──はうあ!!
身長差から、自然と上目遣いで放ったその言葉は、無防備だった凛月の心を射止めるには充分な威力を誇っていた。
「も、もももちろん。いいよ」
足元がくらくらする。そんな中、なんとか正気を保ちながら、凛月は言葉を形にする。
「ありがとう!」
そして追い討ちのように輝く、無意識エンジェルスマイル。
──ぶはあ!!!!
こうかはばつぐんだ!
「はぁ、はぁ……。えっと、鈴……くん? も、嫌じゃなければ」
ギシギシとひきつった笑顔を浮かべながら、凛月は会話に取り残されている鈴を気遣う。
「良かったね! 鈴!」
鈴に向けて控え目に右手を差し出す凛月。その身体越しに、風は鈴に向かって嬉しそうに笑いかける。
「うぅ……」
顔を真っ赤にしながらも、鈴は指先だけを握ってきた。
一応、嫌われてはいない……らしい。
「こっちだよ、おねえさん!」
左手を風に引かれ、右手は鈴に控え目に握られている。
両手の自由がきかないまま、廊下を歩いていく。
眩しい日差しが、そんな3人を明るく照らす。
(あ、この感覚。知ってる)
いつかどこかで、似たような光景を見た気がした。
それは、とある家族の思い出。
左手で母親を、もう一方の右手で妹を抱いた父親を、笑いながら引っ張りまわしている少女の姿だった。
「そ、そう言えば!」
鎖でぐるぐる巻きにしていたはずの箱が開きかけた気がして、凛月は慌ててそこから意識を逸らす。
「私の名前、言ってなかったよね」
きょとん、と凛月を見上げる小さな姉弟。
どうやら、全く気付いていなかったらしい。
「えっと。私は、久遠凛月って言います。よろしくね」
「りつき……」
人さし指を口元にあてながら、風は何かを思案しているようだ。
そして、天使のほほえみをたたえながら、こう言った。
「凛月……おねえちゃん?」
──ほぶあ!!!!
凛月はひんしのきずをおった!
「あのねあのね! わたしは風だよ!」
すでに死に体である凛月の腕を振り回しながら、風は嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「それで、こっちは弟の鈴!」
「す、鈴です……」
「あれ? おねえちゃん?」
(は! 気絶していた?!)
「えっと……。風ちゃんと、鈴くんね」
なんとか一命をとりとめたらしい凛月は、肩で息をしながらそう返す。
「凛月おねえちゃん? だいじょうぶ?」
「だ、大丈夫だから……気にしないで」
「う、うん……?」
自分の声や視線が不審者のそれになっていないか、正直気が気でない。
おまわりさんを呼ばれたら即お縄だろう。
「あ、ついたよ!」
風のかわいさに悶絶しているうちに、いつの間にか目的地に到着していたらしい。
風が元気よく目の前の扉を開けた。
「おお……これは」
その先に広がっていたのは、凛月が想像していた光景とはまったく別のものだった。
なにせこの屋敷、外見が完全に由緒正しき日本家屋なのだ。
おまけに部屋は和室で、玄関は土間。しかもダメ押しと言わんばかりに居間には囲炉裏。加えて妖怪の住処ともなれば当然、水回りもそれなりに年季が入ったものだと思っていたのだが。
「まるで新築……」
目の前には、ピカピカに磨き上げられた人工大理石の洗面台と3面鏡の収納棚。
そして開け放たれた奥の扉から覗くのは、豪華な檜風呂だった。
「す、すっごぉ……」
今まで極貧アパートで暮らしてきた凛月には、もはやどうやってお湯を出すのかもわからない。
感心と好奇心から、人生で初めて見る檜風呂を覗き込む。
すると。
「だれじゃ!!」
檜風呂で昂った凛月のテンションをぶち壊すように、謎の老人の怒声が響き渡った。
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