第18話 (各人いろいろ)手に入れてしまったものは仕方がない

たとえ下位貴族だとしても、貴族は貴族。

子沢山な貧乏子爵子息に、比較的裕福な男爵令嬢。

婚約の体裁は整えねばならない。

「えー?私の承認があってもダメなのー?」

女神シアスターが口を尖らせて言ったが、それはそれ。

「ええ。ダメなんです。目に見えるものを人間は信じますから。シアをはっきりと視て声を聴くことができる者がふたりの身内にいればいいのでしょうけれど……いたとしても、この場にはいませんし」

「ちぇー。ちぇー。ちぇー。しょうがないなー」

ちょいちょいと手招きされて、結ばれホヤホヤ『婚約予定』のふたりがシアスターの前に立つと、それぞれの左手を差し出すように促される。

「女神シアスターの名において。大神殿聖女ロメリアの『祝福』の力をもって。ドルント子爵子息アディーベルトとガヴェント男爵子女ホムラの婚姻契約を認める。異議ありし時は大神殿聖女ロメリアの前にて、このシアスターを呼ぶがよい」

パァァァ……

女神シアスターの宣言が終わると、優しい光がふたりの手を包み、それぞれの家紋を重ねた印が左手の甲に浮かぶ。

「うむ。この印がある限り、互いは離れぬ。死してなお、その悲しみを癒す。命ある限り、互いを尊び、敬い、幸を分かち合いたまえ」

「……と言っていますが、この印は『こいつには婚約者がいるから他を当たりたまえ』というぐらいのものです。どうしても好き合えなければいつでも消して差し上げますから、いつでもいらっしゃい」

「ロメリアー!!それは台無しー!!せっかくカッコつけたのにぃ──っ!!」

真面目に女神らしく締めようとしたらしいのに、大聖女はどこまでも自由だった。

「いいじゃないですか。『婚姻契約』などと直球的な宣言をしたから、アディーが白目を剥きそうになってます。とりあえずその手前にしておかないと、逃げられてしまいかねません」

「……それって、私の目の前で言うことではないのでは………」

アディーベルトがガックリとうな垂れるのと正反対に、ホムラは自分についた印を楽し気に眺めている。

しかも小さく何か歌うように呟いていた。

「お婿さ~ん。お婿さ~ん。私のお婿さ~ん」

新婦(予定)はけっこう乗り気みたいである。

とりあえず嫌われていないことを僥倖と思うアディーベルトだったが、肝心なことを知らないのに気づいてしまった。

「……ところで、ホムラ嬢は何歳でいらっしゃるのですか?」

女性に年齢を訊くなどとは失礼極まりない貴族としてあるべき不躾さだが、実際のところ幼年から神殿近衛兵になろうと鍛錬していたアディーベルトは、近しい爵位の子息子女とすら触れ合うことがなかった。

そのため、どこの家にどんな年齢の子たちがいるのかすら知らない。

「あ、私のことはどうぞ『ホムラ』と呼び捨てで。私もあなたのことは『アディー』と呼びますので。先ほど十九になりました。アディーは二十一歳とお聞きしておりますが?」

「ええ。そのとおりです」

年齢的な差はほとんどない。

ほとんどの爵位持ちの家の子女がロメリアと同じ年齢ぐらいで嫁ぐことを考えれば、貴族基準としては『行き遅れ』と揶揄されてしまう年齢である。

もっともアディーベルトだって婚約者すらいなかったのだから、ホムラのことをとやかく言うことはできない。

きっかけは何であれ、両親のいないこんな草原のど真ん中でまさか婚約の儀を行うとは、人生とは謎に満ちすぎている。


確か、自分たちは『不死の実』を手に入れる冒険に出るはず・・だったのでは──溜め息をつくアディーベルトは、その言葉を発することはできなかった。

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