#1 遭遇





「やっふぅうう!!!!」


ザザザザと原っぱの斜面をガキのように声を上げて滑るように降りていく青年。


「おっと」


目的地に辿り着いたのか、青年は自身の足を器用にブレーキに使い、立ち止まった。


コンコン


木製のドアを先ほどの勢いが嘘のように大人しくノックする。


「どうぞ」


ドアの向こうの家の中から優しそうな女性の声が返ってきた。


青年はその場で一呼吸すると、


「お邪魔しますっ」


勢いよく叫んでドアを開く。


「お帰り、待ってたわよ」


ニコリと笑って青年の声に返事をする女性は修道院の制服に身を包んだ優しそうな中年女性だった。


「久しぶり!市葉(いちは)先生」


青年は市葉と呼んだ女性にそう返す。


「ホントに、何年ぶりかしら」


フフフ、と市葉は穏やかに笑いながら、懐かしそうに言ってきた。


「3年ぶりだよ。俺は、3年間軍隊養成学校の寮に缶詰めだったからさ」


青年は言いながら、市葉のいるところまで移動してくる。


「ホントねぇ、不思議だわ。そういえば随分と男らしくなった気がするわね」


「えっ?マジで?!」


市葉の言葉に本当に嬉しそうに青年は返す。


「ま、今年の5月で23になったからな」


へへんと鼻先に指を当てながら、青年は偉そうに返した。


「ふふ、大きくもなって」


青年の乱れた金髪を整えるようにして、市葉はソレを優しく撫でる。


青年は真っ直ぐに黒い瞳を市葉に向けてきた。


「今日から俺もいよいよ軍人になれるんだ」


市葉もそんな青年を穏やかに見つめていた。


「そうね。しっかりやってらっしゃい。貴方なら絶対に、大丈夫。私の自慢の子供の一人だから」


市葉はそう言って薄く微笑みを魅せてくれた。


「ああ!任せとけっきっとこの“日本”を平和にしてみせっから」


「――ええ」


目を閉じて市葉は返す。青年の言葉一つ一つをしっかりと刻み込むように。


「ああー!治(おさむ)だぁっ」


「ホントだっ帰ってたんだな!!」


「その服どうしたんだ?かっちょいいな」


雰囲気をぶち壊したようにバタバタ現れた三人組はまだまだ幼さの残る子供たち。


「なんだお前ら見てたのかよ~!いいだろ?俺も今日から日本軍に配属されたんだぜっ」


そんな三人組に楽しそうに笑い返しながら、治はそう返した。


そう、彼――権道 治(ごんどう おさむ)は今日より『日本国連合軍』の軍隊の一員になる。


軍隊養成学校という、『軍人』を一人前に育て上げる学校を卒業したものに手渡される称号だ。


この『日本国』は今、戦争の最中――


宇宙から来た謎の生命体、『目利(もくり)』と呼ばれる侵略者に対抗するために作られたのが『日本国連合軍』だ。


世界から隔離され見離された『日本国』は自身の国を守るためにもう20年も戦争を続けている。


そのなかで武器を持ち、戦場で戦う軍人たちは今や子供たちの憧れであり、ヒーローそのものなのだ。


「すげえっ治がホントに軍人になれるなんて!」


「どういう意味だよ!この野郎っ」


「いだっ」


文句を言ってきた男の子のでこを軽く指で弾いて、権道は笑った。


真新しい黒い軍服――


その胸元には星マークが三個ついていた。


「それなぁに?治」


女の子の一人が権道の胸元を指差しながら言ってきた。


「これは階級だよ。これが減れば減るほど偉くなれるんだぜ」


ニヤリと笑って得意気に権道は女の子へと返す。


「じゃあ治は下ッ端だな」


最後の一人の男の子がバカにしたようにそう言ってきた。


「ハァ?いったなこのガキ」


「うわぁ逃げろ!」


子供たちは一斉に治から逃げるように立ち去った。


「――ったく。アイツらは元気だけが取り柄だな」


呆れたように権道は言うと市葉の方へ向き直った。


「今日は特別よ。貴方が来たからかもしれないわ」


市葉は微笑んだまま、権道にそう言ってくる。


「……」


権道はちょっとだけバツが悪そうに顔を伏せる。


「……ごめんなさい。貴方は貴方の道をしっかりと歩むことを決めたのだから、こんなことを言って困らせたらダメね。本当に私ったら」


市葉はちょっとだけ困ったように笑っていた。


「……市葉先生、すずらん園はさ、俺の大切な場所だから。それはどんなになっても変わらないから」


遠くを見つめながら、権道はまるで自分にも言い聞かせるようにして市葉に言った。


「そろそろ行くよ。これ以上いるとまた名残惜しくなっちまうから」


「ええ、くれぐれもーーいや、頑張って。

あなたなら大丈夫」


市葉は本当は『気を付けて』と言いたかったのだろう。でも言えなかった。それは『軍人』に向けては絶対言ってはいけないことだから。

そんな市葉の気遣いに権道もまた気づいていたのか、薄くそれに微笑むだけで返事として、彼女に背を向けた。


そして彼は歩き出す。

振り返らずに真っ直ぐに。






そびえ立つ要塞の外面はあらゆる攻撃を受けてもうボロボロである。それでも中は大したもので外のボロボロさに比べれば傷一つなく、綺麗だった。


「ここから俺の新しい人生が始まんのか!!」


そう思うだけで権道はこれから始まるものにワクワクしていた。

始めるのは『軍人生活』であり、それがいいことばかりではないことはもちろん権道だって知っていた。


「見ててくれよ。岸さん、俺--」


それでも一つの胸に固めた決意が彼の心を躍らせている。


「ピースメーカー?」


「え……?」


突然後ろから声を掛けられて振り返ったらそこにいたのは自分と同じ三等兵の軍服を着た女性だった。


「あんたは……?」


訝しげな表情と僅かな警戒を女性に向けて尋ねる権道。


「あ、あぁ。いきなりわりぃ!!

マニアックが使う銃だったんでつい反応しちまって。


私は『白浜 神奈(しらはまかんな)』。

今日からここの攻撃部隊三等兵に配属された軍人だ」


「……」


長く綺麗な髪からは想像もつかない発せられた男口調に権道は一瞬沈黙する。


「ああ、、、これは俺の教官が卒業記念にくれたもんなんだ」


「ふーん、正式名称はコルト・シングル・アクション・アーミー。略称はSAAだったな。

昔は根強い人気を誇ってたけど、今は使う人自体少なくなった!

でもそのカッコイイ外観は変わんねぇよな」


こいつ……語りだすと止まらないタイプなのか……

なんて返していいか更に分からなくなる権道。黙っていれば神奈は結構いい女だろうに。なんだか色々残念なやつだ。


「お前は?」


「は?」


「お前の名前、まだ聞いてないんだけど」


「あ、」


「見るからに私と同じ新人だよな?」


軍服についている星の数から神奈はそう推理したのだろう。親近感を持った表情でそう話し掛けてくる。


「あんたは……?」


訝しげな表情と僅かな警戒を女性に向けて尋ねる権道。


「あ、あぁ。いきなりわりぃ!!

マニアックが使う銃だったんでつい反応しちまって。


私は『白浜 神奈(しらはまかんな)』。

今日からここの攻撃部隊三等兵に配属された軍人だ」


「……」


長く綺麗な髪からは想像もつかない発せられた男口調に権道は一瞬沈黙する。


「ああ、、、これは俺の教官が卒業記念にくれたもんなんだ」


「ふーん、正式名称はコルト・シングル・アクション・アーミー。略称はSAAだったな。

昔は根強い人気を誇ってたけど、今は使う人自体少なくなった!

でもそのカッコイイ外観は変わんねぇよな」


こいつ……語りだすと止まらないタイプなのか……

なんて返していいか更に分からなくなる権道。黙っていれば神奈は結構いい女だろうに。なんだか色々残念なやつだ。


「お前は?」


「は?」


「お前の名前、まだ聞いてないんだけど」


「あ、」


「見るからに私と同じ新人だよな?」


軍服についている星の数から神奈はそう推理したのだろう。親近感を持った表情でそう話し掛けてくる。


「俺は……権道治だ。今日から守備部隊の一等兵になる」


「へぇーまぁここで会ったのもなにかの縁だ。

仲良くしてくれよ?あ、女だからって気にしなくていいからな!私が使ってる武器もあとで見せてやるから」


ーーいや、別に武器には興味ないんだがーーそう言おうとした瞬間、それは怒号に遮られた。


「お前らぁ、なにやってる!新人の癖に招集に遅れる気かぁ!!!!」


「やべっ、初日から遅刻とか洒落になんねぇや!じゃまたあとでな!!!」


「あ、おい!」


怒号の主は見知らぬ上官だろう。声はすれど姿は見えなかったが。

神奈はその怒号を聞くなり飛び起きるように反応して、一目散に権道の目の前から走り去って行った。


「おっと。俺も行かないと」


自分だって遅刻するわけにはいかない。権道は彼女を追いかけるようにして、走り出した。


しかし、、、





「……ここ、広すぎるだろ!!」





3分後、見事に権道は道に迷っていた。

新人の軍人の招集場所は第一ホールというところ。

だが、権道が今居るのは第二十三武器格納庫というところだった。


というかいけどもいけども武器格納庫という場所から抜け出せないのだが、この基地は格納庫だけで一体いくつあるのだろうか?

鍵がかかってるのでなかには入れず永遠と通路を歩く羽目になってるし。


「……はぁ……」


しかも人の姿は全くない。時間的に完全に遅刻。腕時計を見ながら権道は重いため息をついた。


「せめて人がいてくれれば……」


こんなことならしっかり神奈についていくべきだった、と権道は後悔する。


「どーしたんだ?こんなとこでボーッと突っ立って」


「!!!」


まさに救いの神とはこのことだろう。ひとっこひとりいない廊下で運よく声をかけられるなんて。権道は藁にもすがる思いでその声の方に振り向いた。


年は多分変わらないくらい。だけど軍服に星が三つついてることから察するにその声をかけてきた男は二等兵で自分より上の階級だ。


特に癖のない黒い髪と黒い瞳、背は自分より少し高めだが体格は細め。たれ目なので優しそうにも見えるが、気だるそうな感じではなく、きっとイケメンの部類に入るだろう。


ーーおっと、そんなくだらないことを考えてる場合じゃない。このチャンスを逃す訳にはいかない。聞かなければいけないことを聞かなければ。


「……あの、俺今日から配属された新人ですけどこの招集の場所、第一ホールってどこにあります?」


一応上官なので敬語だ。敬語は苦手だから相手を怒らせないか、心配だがここは使わないよりマシだろう。


「……え」


男は権道の質問に一瞬かなり驚いたようだった。

あれ、俺今変なこと言ったか?それとも場馴れしていない敬語がやはり駄目だったのか?権道が不安になっていると……


「ここ、東棟だろ……ホールはーー中央だぞ……」


「……………」


「……連れてってやろうか?」


ーーいい大人になって『可哀想な迷子君』という同情的な目で見られるとは思わなかった。

だが結局権道はこの男にお世話になることにした。強がって一人で行ってまた迷子になるのも嫌だし。


「あ、敬語はいいわ。年も近そうだし。仲良くしてくれよ?」


それに結構好い人らしい。なんとなくだけど、さっきの神奈よりずっと仲良くなれそうな気がした。


「おう」


それから大分歩いてホールに到着する。


「じゃ俺は行くから」


「あ、ありがとな!!」


「どういたしまして」


権道の礼に屈託なく笑ってその男は返す。そのまま男は振り返らずに去って行った。あんな風に屈託なく笑う大人を権道は久しぶりに見た気がする。


「……すみません、遅れました!」


新人たちが集まるホールに辿り着いた権道は扉を開くなり、大声で謝罪を叫んだ。


ホールに集まっていた人々が一斉に権道の方へ振り向く。


「……………いきなり遅刻とは……………軍隊を嘗め腐ってる新人もいたもんだなぁ?」


静まり返るホール内に明らかにキレている、それを隠すことさえしていない、低く唸るような問いが響く。


どうやら只今新人に代表として話していたその人のようだ。壇上から権道を見下していた。


「…………一体何をしていた?」


「道に迷っていました……」


嘘を言うわけにもいかず、本当のことを言うしかない権道は嘘っぽい答をそのまま告げるしかなかった。


「……なるほどなぁ。

まぁ遅刻した理由の真偽なんてどうだっていい。

遅刻したからにはそれなりの誠意を見せてもらおうじゃねぇか」


「……誠意……?」


「ああ、ここにいる全員演習場50周だ」


「……は??!」


演習場といえば軍隊に配属される前の養成所でお世話になった一周二十キロはあるコースだ。オマケにそこは軍隊の養成所らしく至るところにトラップが施されててそれらをかわしながら、的にも攻撃を当てていかなければいけない、というーーそれを50周もしなければいけないというのはただの地獄だ。


「遅刻したのは俺だろ?なんでみんなもやらなきゃいけねぇんだよ!!!」


自分は遅刻したのだから罰を受けても構わないが、なぜみんなまでそれをしなければいけないのか権道には理解できず、思わず抗議する。


「てめぇ連帯責任っつう言葉を知らねぇのか?

最近の新人は頭の中もオツムらしいな」


「……な……」


辺りがざわざわとしだす。遅刻ってだけで連帯責任なんてどこか納得がいかない。


「……分かった。

その代わり俺がここにいる全員分、走る。


それでいいだろ?」


全員分といえば新人が100人いるとしたら5000周。丸1日走ったとしても慣れている軍人さえ50周で限界だ。


「……ほう……」


そんな無茶ぶり普通なら通るはずない、だけど壇上の男は面白そうに、そして悪どい笑みで答える。


「ならやってみろ。

尚、普通の業務は出てもらう。

その誠意に免じて狙い撃ち訓練は省いてやる。


ただし期限は1週間だ。

それ以上かかったらもう一度養成所に逆戻りさせてやるよ」


周りがますますざわざわとし始めた。


「7500週だぜ?きっかり走れよ?」


いやーーあまりにも無謀過ぎる。下手すると途中で力尽きて死ぬぞーーここにいる全員がそう思っただろう。


「1週間もいらねぇよ。3日でやってやる」


しかし権道だけはそんな無謀を無謀だと思わずに逆にハードルをあげてきた。


ただのバカなのか、凄い実力の持ち主なのかーーはたまたどっちもなのかーー


「てめぇ連帯責任っつう言葉を知らねぇのか?

最近の新人は頭の中もオツムらしいな」


「……な……」


辺りがざわざわとしだす。遅刻ってだけで連帯責任なんてどこか納得がいかない。


「……分かった。

その代わり俺がここにいる全員分、走る。


それでいいだろ?」


全員分といえば新人が100人いるとしたら5000周。丸1日走ったとしても慣れている軍人さえ50周で限界だ。


「……ほう……」


そんな無茶ぶり普通なら通るはずない、だけど壇上の男は面白そうに、そして悪どい笑みで答える。


「ならやってみろ。

尚、普通の業務は出てもらう。

その誠意に免じて狙い撃ち訓練は省いてやる。


ただし期限は1週間だ。

それ以上かかったらもう一度養成所に逆戻りさせてやるよ」


周りがますますざわざわとし始めた。


「7500週だぜ?きっかり走れよ?」


いやーーあまりにも無謀過ぎる。下手すると途中で力尽きて死ぬぞーーここにいる全員がそう思っただろう。


「1週間もいらねぇよ。3日でやってやる」


しかし権道だけはそんな無謀を無謀だと思わずに逆にハードルをあげてきた。


ただのバカなのか、凄い実力の持ち主なのかーーはたまたどっちもなのかーー


「おい、クソ新人どもーー

くだらねぇ集会はこれでおわりだ。

さっさと仕事に入るぞ?!!!!!!」


響いた怒号に新人たちの敬礼と了解の声が返す。


「……やってやる……」


誰もいなくなったホールに権道の声が虚しく響いた。


これがのちに自らの直属の上司となる小林 龍仁(こばやし りゅうじん)ーーまたの名を鬼軍曹と呼ばれる男との最悪の出会いだと権道は知る由もない。






「知ってるか?あの鬼の軍曹に新人が早々にたてついたらしいぜ」


「おーおーかわいそうになぁ。また無茶難題叩きつけられてやめていくんだろうなぁ」


「それが今回は3日で7500周を要求したんだと」


「おいおい、そりゃ人の足じゃぜってぇ無理だろ……」


「ほんっと鬼というか鬼畜というか、イカれてるよなぁ」


軍内ではそんな噂ばっかりが最近は持ちきりだ。

今仕事を終えて戻ってきたばかりの神奈の耳にもそんな話題は嫌でも入ってくる。


「本当にその新人、苦労して入っただろうにこんなことでやめなきゃいけないなんてくだらないよなぁ」


「…………」


神奈自身もそいつのことを知らなかったのならバカなやつだーー出来もしないことをやろうとしてと思っただろう。


だが神奈はそいつのことを知っていた。ピースメーカーを持っていた権道治ーー自分と同じような目で入り口に立っていたそいつだ。


そして神奈はそいつが仕事を終えたあと毎日寝ずに走り続けていることも影ながら知っている。


話しかけるべきか迷ったが、話しかけられていなかった。

今日で2日目ーー今何周か知らないが仕事終わってから走れる量などたかが知れている。


(……せっかく仲良くなれそうだったのに、あいつ首になっちまうのか)


そう考えたときに神奈の足は自然と演習場に向かっていた。






……演習場に行ったら案の定バカみたいに走っているそいつがいた。


「……なぁ……もう止めろよ?!!!!!!」


このままじゃ身体が壊れるーーそう思った神奈は叫ぶ。


「謝って許してもらえばいーだろ。私も一緒に行くから!」


権道は聞こえていないのか、聞こえていないのか、彼女を無視して走っていた。


「くっ、だから、止めろって!」


神奈はそれならば、と権道の前に出る。


「うわっと!……なんだよお前」


どうやら聞こえていなかっただけのようだ。


「だから止めろって……そんなことやってたら立派な軍人になる前に死んじゃうぜ?!」


恐らく誰もが神奈の意見が正しいと思うだろう。


「それにお前に7500走るように言った肝心の軍曹は全然見てねぇし、こんなのやるだけ無駄だろ?!!!」


「……無駄じゃねぇよ」


「……ッツ……」


「無駄かどうかはお前が決めることじゃない。

俺が決めることだ」


「……なんで……」


「一度自分がやるって言ったことを曲げる方が俺は許せねぇ」


そう、それは最早自分自身への意地と責任感。意地は下らなくて、つまらないもの。だけどもう一方の理由は神奈には輝いて見えた。


「だけどーーどうせ間に合わないんじゃ一緒だろ……」


「何が間に合わないんだよ?」


「……は?」


本気で間に合うと思ってるのかこいつ……やっぱりただのアホ?神奈は一瞬呆気にとられる。


「明日は俺は休みだ。1日ありゃ5000走れる」


「………………………ん?」


1日5000?いやいや、無謀だろってーー


「2日で2500走ったのか?」


「そのペースでいかなけりゃ間に合わねぇだろ。もし明日特別出動になっても間に合うように追い込みかけてんだから邪魔すんなよ」


「………………」


権道が到底嘘をつく人間にもズルをする人間にも見えない。彼がやったというのなら、本当にやったのだろう。


「……私も手伝う」


「は?」


「だって連帯責任だからな!」


「いやいや、なんでだよ?」


「だから連帯責任だろ?それに友達は助け合うものだ!」


いつ友達になったんだよ!と突っ込まれそうだが、この際気にしない。ただこいつのようなバカをこの先無くしたくない、そう思っただけだった。


「止めても私も手伝うからな!」


「ーーお前、俺に着いてこれるのかよ?!」


言い合って走り始めた二人ーー

二人の長い1日が始まろうとしていた。






「おーおーバカが二人に増えたぜ」


ハマキを吸いながらの高みの見物演習場を映すモニター室で見ているのは小林龍仁ーー

階級は守備部隊曹長、別名鬼林、大林、鬼軍曹という不名誉なアダ名を持つ。


それは彼の軍人としての信念、そして風貌から呼ばれているもの。


まず2m近い長身ーー真っ黒いボサボサの髪、鋭く光る黒い眼光ーー軍服の上からでも分かる鉄のように固い筋肉ーーそして極めつけと言わんばかりに巨大なハマキを常に口にくわえている。


さらに性格もともなう豪快さ、無茶ぶり、理不尽、鬼畜と同志や上官からも恐れられている有名人である。


「……あなたは何がしたいんです?」


「あいつ、なかなか根性あると思わねぇか?」


「……」


夢見も小林に合わせてモニターを見つめる。そこには金髪の男と、茶髪の女が映っていた。


「彼らがどうかしたんですか?」


「いやーー彼らじゃなくてこいつよ」


一枚の履歴書を夢見に見せながら小林が言う。


「……彼が、なんです?」


呆れたようにもう一度、夢見は聞きただす。


「あそこまでして必死にここにしがみついていたい何かがあいつにはあるのかーー

まぁどのみち真っ直ぐさってーのはどう転んでも危うく、だが面白くもある」


「……」


履歴書を無表情に見つめながら、夢見は小林の言葉を聞いていた。






「……ここは……」


目が覚めたとき権道が見たのは白い天井だった。


「俺……走ってたんじゃ……」


「ぶっ倒れてたんだよ。三日間お前は寝てたの」


「白浜……」


「神奈って呼んでくれよ。苗字嫌いだし」


ベッドの傍にいたのは共に走っていたはずの神奈。

どうやらここが医務室っぽいのは理解出来た。


「……そういや俺は走ってたはずだけど、どうなった?!!!自分ではいけたと思ったんだけど?!!!!」


「まー落ち着けよ」


権道が噛みつくような勢いだったので神奈は逆に冷静に諭す。


「おめでとう、課題はクリアだよ。

しかし驚いた……無茶というか無謀というか……」


神奈が喋りだす前に声が聞こえてきたので振り返るとそこには自分をホールに案内してくれたヤツが立っていた。


「あんた……この間の……」


「星条光(せいじょうひかる)っていうんだ。よろしくな。権道治君」


「……なんで俺の名前……」


親しげに挨拶して握手を交わそうとしてきた星条だったが、それよりも別のことが気になって権道は呟いてしまう。まだ言ったこともない自分の名前を彼が知っていたからだ。


「おいおい、そりゃないぜ」


だがそれを知らない方が変だ、と言わんばかりに彼は笑い飛ばした。


「あれだけの騒ぎを起こして名前を知られていない、って思う方が変じゃないか?

色んな意味で早速有名人だぜ?」


「……お前のせいで私まで有名人になっちまったじゃねぇか」


「………」


ーー頭に血がのぼると自分でも何をやってるか分からなくなるのは昔からの悪い癖だ。


「あ、いや、えーと……ありがとう?」


「なんで疑問形なんだよ!」


思わず疑問形になってしまった権道のお礼に星条が笑いながら突っ込む。


「……あーあーお礼なんて必要ねぇよっ大体こいつは私の知り合いだしさぁ」


「え?そうなの???!!!」


だから神奈は敬語じゃなかったのか。


「いやいや、一度前に会っただけだろ?」


「一度会えばみんな知り合いさ」


神奈は恐ろしいほどにフレンドリーな性格らしい。これで武器について熱くならなきゃいいやつなのだろうが。星条には苦笑されていた。


ぐぅー……


「「………?」」


突然思い出したように鳴った権道の腹の音に二人は注目した。


「ぷっ、そーいや腹減ったなぁ?」


「まぁずっと寝てて食ってないしな?」


「……整理現象だ……しょうがないだろ……」


恥ずかしさを誤魔化すために権道はクールなふりをして言ってみたが、二人にはニヤニヤされるだけなのであった。


「……起きたのね」


「あ、奈緒さん」


ドアが開いた先に権道たちが目をやるとそこには白衣の女性が立っていた。


「全く、新人さんはこれからが大事なんだから無理させちゃダメよ?」


「いや、こいつらが勝手にやっただけなんで俺は無理させた覚えはないんですけど」


「言い訳はダメよ。先輩でしょ?」


どうやら奈緒と呼ばれた白衣の彼女とは星条は知り合いらしいが、権道と神奈は早く紹介してほしいなと顔を見合わせるのだった。


「ああ、はじめまして。私は佐々木奈緒。

医療部隊所属で第7小隊の専属医」


ペコリと一礼しながら奈緒は二人の前に病人食らしき栄養のありそうな食事を並べた。


「そういや部隊ごとに分かれちゃいるが細かい任務なんかは小隊でやるって話だったな。

攻撃部隊三人、守備部隊二人、特攻部隊一人、給仕部隊一人、医療部隊一人の七人編成だっけか?」


「お前、内部事情詳しいな……」


武器だけではなく、軍の知識もあるとか星条たちが説明する手間を省く神奈はある意味すごい。


「あ、いただきます」


「奈緒さん、俺のは?」


「あなたのは食堂よ。健康なんだから勝手に行きなさい」


「ケチだなぁ~じゃあまたあとでな。お前ら」


「おーう」


「ああ」


星条が出ていったあと、二人は味のない病人食に手をつけ始めた。


「軍で初めて食う食事が病人食とは感慨深いぜ」


「……そうか?」


「くー嫌みが通じねぇとは…やるなお前」


どうやら神奈の一言は権道に巻き込まれた精一杯の嫌みだったようだ。


「その調子なら明日の任務、大丈夫そうね」


「え?新人なのにもう任務っすか?」


「当たり前よ。もうあなたたちは一人前の軍人のひとりなのよ」


神奈の意外そうな一言に奈緒は笑って返す。


「まだ小隊での任務がほとんどになるから大きな部隊での任務はないけどね。大きな部隊では訓練のみよ」


「へーそーいうもんなのかー

ま、私はいつでも万事万全だけどなー」


「あら、頼もしいのね」


「攻撃部隊所属、白浜神奈はこの日本国の歴史に必ず名前を刻んでやるぜ!って感じだぜ!」


「っていうか食いながらしゃべるなよ。きたねぇなぁ」


「う、うるせーーー!!」


ガッツポーズを作りながら決意表明をする神奈だったが、行儀の悪さを権道に突っ込まれ、恥をかいたのだった。


「仲いいのね。あなたたちーー

小隊として上手くやっていけそう」


「……え?ってことはーー」


「あなたたち、同じチームに選ばれたのよ。私もいっしょの第7小隊にね」


「やったな。権道!!」


「え~……」


「なんで嫌そうなんだよ!!」


本気で嫌そうな権道にちょっとショックな神奈だった。


「ふふふ、あ、そういえば光君も同じ第7小隊よ。

よろしくしてあげてね。

今日はそれ食べたらゆっくり一日休んで明日から共に頑張りましょうね」


パタン、とドアが締まる音が聞こえたと同時に神奈が口を開く。


「あいつも一緒かぁ。なんだか面白くなりそうだな!!」


「てかお前と星条は仲良さそうだけど、どういう知り合いなんだ?」


「……ふふ、それを聞いちゃうとは野暮ですなぁ」


「じゃいいわ……」


「いや、聞けよ!!!!」


わざと言葉を濁した神奈だったが、そこまで興味のある話ではなかったため、権道はすぐに聞くのを諦めて横になった。


「私たちの出会いはなぁ!!まだ訓練生の時だ!!軍人と見習いとして研修に来てたときだっ」


聞いてもいないのに大声で語り始めた神奈。寝ようと思ったのに迷惑なやつだと思う権道だった。


「そんときさぁ、武器庫の見学しすぎて訓練実習に遅刻しそうになって廊下をダッシュしたところでな、運命的にぶつかったんだよ!!」


「……運命的?」


どこか運命的なのか分からない。意外と少女マンガの見すぎなのだろうか?


「壁に!!」


壁にかよ!!ーーと突っ込みたかったが、突っ込んだら負けだと感じた権道は寝たふりを決行することにした。


「痛くて踞ってたらな、星条がやって来て声かけてくれたって訳!!

運命的だろ?」


ーーいや、全然ーーと言いたかったが寝たふりを決行したため、全力無視することにした権道だった。


「いやぁ、あのときかけてくれたあいつの言葉、私は一生忘れないね!!

ぐぅぅ……」


「寝たのかい?!」


話途中でいきなり寝始めた神奈にとうとう突っ込みを余儀なくされた権道であった。






ーー次の日ーー


昨日の専属医、奈緒に連れられて権道と神奈は第7会議室というところにやってきた。


「小隊の任務の話があるときはここだから覚えておいてね。大きな隊での仕事の方はホールであるわ」


奈緒は新人にも分かりやすく丁寧に教えてくれるまさに上司の鏡であった。あの鬼のような軍曹とは大違いだーー権道がそう思っていると……


「……よう」


ーーその鬼軍曹が不適に笑って挨拶してきた。

権道は一度ドアを閉めた。


「あら、どうしたの?」


「いえ、今忘れられない鬼がいたような気がして……」


もう一度ドアを開けてみる。


「よう!!」


ーー見間違いではなかったようだ。

そこにいたのは新任早々問答無用で無茶難題を押し付けた上司の鬼軍曹だった。


「……ああ、そう言えば隊長がこの前の式の統率だったわねぇ……」


今頃思い出したのか、どうでも良さそうに奈緒は呟く。


「今度は遅刻しなかったようだな?まぁ連れてこられたんだし、当たり前か」


がははと豪快に笑い、嫌みを飛ばしてくる小林に権道は嫌面で返すだけだった。


「まぁ俺は守備部隊の曹長でもあるわけだし、てめぇとはきってもきれねぇ縁って訳だ。よろしくな」


「……自分で志願したくせによく言いますね……」


隣にいた茶髪の女性が短い溜め息をついたあと、冷めた口調でそう言った。


「志願したって?!!てゆーかあんたは夢見曹長!!戦姫じゃないですか!!!」


「知ってんのか?」


「まぁ神奈の所属する攻撃部隊の曹長だし、ついでに言うと戦場で剣だけでたった一人で千人の目利を斬ったとの噂がある女軍人だし、知らない人は少ないんじゃないかな~?


おはよーございますー」


後ろから声がしたのでそちらを向けば子供二人らしき人物を連れて入ってきた星条だった。


「小林さーん、連れてきましたー」


「おう、ご苦労様。これで全員揃ったな。

このメンツが今度から第7小隊と呼ばれる仲間だ。覚えておけよ。


ま、軽く自己紹介しとくか。

ご存知、俺は例の鬼軍曹と呼ばれる小林龍仁だ。


呼び方は好きに呼べ。細かいことは俺は気にしないんでな。実力が伴うなら、多少の無礼には目をつむってやるほうだぜ?」


ニヤリと笑ってメンバーを見回す龍仁。

この前のこともあってか権道は龍仁が隊長な件には不服しかない。


「……では続いては私が……

夢見飛鳥です。曹長クラスが二人も小隊にいることは異例ですが、まぁ気にしないでください。

因みに私は新人さんには優しく指導しますから、大丈夫ですよ?」


優しく権道たちに笑いかける夢見。まぁ見た目と口調は優しそうだ。だが独り歩きしている噂が本当なら優しくなさそうだ。


「私は昨日紹介したと思うけど、知らない子もいるんで紹介しておくわ。

佐々木奈緒。医療部隊の一等兵よ」


「俺は星条光。特攻部隊の二等兵よ?」


「気持ち悪いから口調を真似しないで欲しいわ」


「まぁまぁ奈緒さん…!!

あ、はじめまして。私は普段食堂にしかいませんが小隊の長期任務が出たときに共に出勤する給仕部隊のものです」


ふわふわした黒いショートカットと大きな丸い瞳のその少女は丁寧にそう自身を紹介し、ペコリと一礼した。


「名前は白石穂波(しらいしほなみ)と言います。

よかったら穂波とお呼びください!みなさんが満足するような美味しい食事作りたいんでリクエストあったらどんどん教えてくださいね!」


軍服の星を見る限り二等兵ではあるのだが、どう考えても10代前半である。


「あっ13歳なんです……」


権道たちの視線に気づいたのか、穂波は恥ずかしそうに言って顔を伏せた。


「戦いはあまりできないけど、頑張りますよ!!」


彼らの言いたいことを彼女はちゃんと先読みしていた。


「まーコックだしなー」


神奈は納得したのか、権道にそう笑いかけた。


「あ、私は白浜神奈!!攻撃部隊所属の新人だ。新人だからって女だからってなめんなよ?今に私の武器が歴史に名前を刻んでやるからな!!!!」


無駄に気合いの入った自己紹介に決まった!と言わんばかりにどや顔を見せる神奈だったがみんなノーコメントを貫いた。


「あ、俺は権道治。

まぁ守備部隊所属なわけだけど……」


チラッと嫌そうに一度権道は小林を見た。


「なんだよ?」


面白そうに権道に尋ねる小林。


(このおっさんとは仲良く出来る気はしねぇな…)


心の声はそっとしまっておく権道だった。


「まぁテキトーによろしく」


「で、そっちのちっこいのは?」


神奈は知っている情報よりも自分の知らない星条の連れてきた小さい子どものもう一人が気になるようだ。


「こいつはチビ太」


「チビ太じゃないです!!」


星条の紹介にその子どもは怒ったように反発する。


「ちっこい子どもという言い方もやめてくれませんか?

僕には“高村信太(たかむらしんた)”っていう名前があるんです。

それに16歳ですし」


穂波とそこまで変わらない身長で男にしては可愛い声と可愛い目なのに彼は学年にしてみれば高校一年はあるらしい。


男らしく?バンダナをしているのが余計に可愛いらしい。


「彼は攻撃部隊候補生でまだ訓練生だが特別優秀でな。引き抜いて小隊の任務だけという特例で出動させる許可を上からもらってきたってわけだ」


疑問に思ったであろう、ここにいるべきでない年齢の軍人についての説明を小林が一応入れる。


「てな訳だ。じゃあ早速、星条、白浜、権道、チビ太は例の洞窟の探索を頼むわ。指揮は星条に任せるんで。

他は俺と一緒にその他雑務な。んじゃあ解散」


「……だからチビ太じゃないってば……」


「たいちょー!私のことは神奈って読んでくれ!間の抜けたようなその苗字嫌いなんだよー」


「オッケーだ!チビ太に神奈!!」


チビ太の方は訂正されないみたいだ。


「じゃ早速行きますか」


「例の洞窟ってなんだよ?」


小林の説明が雑すぎるので一応聞き直す権道。


「行きながら話すわ。チビ太は俺と、権道と神奈で装甲車二台借ります。

装甲車には無線がついてるからそれで話すぜー」


「私 、運転していいか?!」


目をキラキラさせて言う神奈。正直チビ太=高村より子どもっぽい。いや、むしろ穂波の方がしっかりしている。


「好きにしろよ……」


そんな神奈の頼みを断る訳にはいかない権道であった。






ーーという訳で場面は変わって装甲車に乗った権道と神奈。


『もしもーし、こちら星条、聞こえてるかー?』


「おーう、こちら神奈聞こえてるぜー」


「権道も聞こえてるぜー」


『んじゃあ、主な任務内容について今から話すぜー』


緊張感のない三人組だなと高村が内心感じていたのは言うまでもないことだ。


『最近基地の近くで真新しい洞窟が出来てたんが発見されたんよ。

もしかしたら目利のなにかかもしれねぇから詳しい調査を頼むわってこと。

まぁ平たく言うとそれだけだけどもしかしたら敵がたくさん潜んでる可能性もあるからそんときはとっとと撤退オッケーなんで』


軽い口調でスラスラと説明する星条。高村はドライブでもしているかのような緊張感の無さに二度目の呆れた目線を向けるだけだった。


『じゃあとは俺について来てくれよ。無線は切っとくから。何かあったら入れてくれ。そんときは応答するー』


ブツーー


返事を待たずに切られた無線。

星条は割りと用件人間らしい。


「ようするに未開の地の調査ってことだなー♪」


「かっこよく言おうとするなよ……」


「だって洞窟の調査じゃかっこわりーじゃん」


「カッコ悪くていいだろ……」


中身のない会話を永遠と続けられそうな二人はいい意味でのなかなかの迷コンビとも言えるのであった。






「星条さん」


「どうした?チビ太」


「……星条さんがそのあだ名流行らせたせいで今じゃ軍内のほとんどにそう呼ばれるんでひどい人権侵害です。訴えていいですか?」


「相変わらずドライだねぇ。もう少し優しく生きねぇと人生損してるぜ?」


「優しく生きてるなら軍人なんて道、選びませんから。ていうかもうこの話はいいです」


いったん話を切って高村は新たにまた話を切り出した。


「その洞窟……いったい何が眠ってるんです?」


高村の核心をついた問いに星条は薄く笑った。


「俺たちの命運を握っているかもしれないーー『古代兵器』さ」


「そいつは穏やかじゃないですね……」


高村の表情が若干曇る。


「まぁ、そう深く考えなさんな。

本当に大層なモンだったら俺たちだけで行かせることはありえねぇから」


「……どうですか……ね」


星条が見た目以上に軍人として出来る人間だと知っている高村にとってはその軽い発言は信じられるものではなかった。






「割りと中は暖かいんだな」


ところかわって洞窟のなか。任務中だというのに相変わらず緊張感のない神奈には高村は心底呆れていた。仮にも新人なのに、肝が座っているのか、ただのアホなのか。


「なんだよ?私の顔になんかついてっか?」


「……いや……なんでもないですよ」


「翻訳するとアホ面晒すなよバカ女ってところか?」


「なんだとこらぁああああ!!」


「そんなこと言ってないですよ!もう星条さん!!」


まぁ思ってはいたのだが、、、


「……にしてもなにもねぇな……」


「んーハズレっぽいなこれは……とりあえず奥に進んでみるしかねぇかな?」


神奈に掴みかかられそうになってる高村は置いといて権道と星条はそんな会話をかわす。


どうみてもただの洞窟にしか見えず敵がいるとも思えないほど整備さえされてない荒れた道のさきになにかがあるとは思えないがーーまぁ一応任務だし進んでみるしかないと思う星条だった。


「ま、楽に終わるならそれにこしたことはねぇよ」


「……初任務だろ!楽に終わるなんて悲しすぎるぜ!!」


「お前は刺激を求めすぎだっつーの」


「……お」


神奈と星条の会話を横耳で流しながら権道は横道を発見した。


「俺はこっち調べるわ!」


「あ、こら勝手に動くなっつーの!チビ太、すまんが権道頼むわ!」


「僕ですか?分かりましたよ……」


まぁ神奈と二人きりよりマシだと思ったのだろう。高村はさっさと権道を追いかける。


「あいつ方向音痴だから見失うなよ!」


「あとあいつ走るのめっちゃ速いから気をつけろよ!」


「え?そういうことは早く言って下さい!!」


まさかの意外性ダブルパンチに急いで権道を追いかける高村だった。


「って、いない……本当に速い!!」


既に背中を見失ってしまった権道を追うため、高村は全力以上で疾走するしかないのであった。






「なぁ」


「んー?」


「この洞窟本当になんにもねぇのかなー?」


二人きりになっても全く緊張感もない会話を繰り広げる神奈。


「じゃ聞くがお前は何が眠ってて欲しい?」


「私はお宝かなー♪」


軍人とは思えない神奈の答えに星条は思わず吹き出した。


「な、なんだよっ笑うことないだろー」


神奈は怒ったように頬を膨らましてみせる。いいとしこいた女性がやっても全く可愛げはないのだが、わりと似合っていた。


「いやいや、とても軍人さんとは思えない暢気さだなって思ってな」


「ーーむ、私は別に軍が好きだから軍人になったわけじゃない」


「じゃあ、なんでなったんだ?」


「武器や乗り物が好きだからさ。それを軍が兵器として使うのを許せない。だから戦争を一刻も早く止める為に軍人になったんだ」


まっすぐに語る神奈。夢は本当だ、と思わせるには充分な眼だった。


「……そうか。まぁ俺らはいいけど、その夢はーーお偉いさんの前じゃ語らない方が得策だぜ」


星条はそんな神奈を肯定するでもなく、否定するでもなく、そう返す。


「なんでだ?」


「……夢叶える前に死ぬからだよ」


「……」


神奈はなにか言いたげだったが星条の言うことが冗談でもないことが分かっていたのか、なにも言ってこなかった。


「ーーおっと、ここで行き止まりか。隠し扉的なものもなさそうだな……」


報告のためなのかカメラを取りだし、一応撮影する星条。


「あーあ、つまんねぇなぁ。収穫なにもなしかぁ」


神奈がつまらなそうに行き止まりの壁にもたれかかった瞬間ーー


ドゴオオオオオオン


すざましい爆音が辺りに響いた。


「……え?わ、私なにもしてねぇけど?」


「ーーいや、あっちだ。権道とチビ太がいる方だ。行くぞ」


冷静に音の方向を分析し、星条が神奈を動かす。


「分かった。すぐに向かおうぜ!」


神奈はそれに頷き、星条のあとを追いかけた。









時は爆発に巻き込まれる数十分前。


「や、やっと追い付きましたよ!もう勝手にどこにでも行かないでください!!ちゃんとリーダーの指示を聞いて……」


ただっ広い谷底という行き止まりに権道はたどり着いていた。というかロープとか道具とか使わないと来れないような場所にこの人どうやって来たの?と思った高村だった。実際自分は色々道具を使ってここまでようやく辿り着いたのだが、彼は武器以外は持っていないように見えるし。


「なぁ」


「人の話、聞いてます?」


まるで自分の話を無視している権道にちょっとイラッとして高村は問い返した。


「……あれ、なんだと思う?」


「ん?」


権道が指差した先には聳え立つ巨人が眼を閉じて眠っていた。


いやーー人というには少しごつい。『人型』のなにかといった方が正しいかもしれない。機械なのか、所々の間接は銀色に輝いているし、眼は黄金だ。


「……これはもしかして……」


「心当たりあんのか?」


「あ、ちょっと容易に近づかないで!」


権道は構わずにその得体の知れないなにかに近づこうとしたので高村が制止する。


「でも人が倒れてるぜ」


「……え?」


確かに権道が指差した得体の知れないなにかの足元に見た目10歳ほどの少女が倒れていた。


「でも、敵かもしれないのに容易に近付くのは!!」


「だけどほっとけないだろ。おい、あんた大丈夫か?!」


権道は躊躇する高村を無視して倒れてる少女を起こそうと肩に手をかけた。


「……んーー……?

もうあさ?」


幻想的なほどの真っ白い髪がふわりと起き上がる。か細い小さな声と共に少女は目覚めた。


「……!!」


「って、」


権道と高村は多分同じことで驚愕したんだと思う。真っ白い髪のせいで背中が隠れて気付かなかったが、少女は裸だった。


それも傷つけられたとかそういうのじゃなく、傷ひとつないきれいなーー


「いやいや、そういうんじゃなくて………」


さすがにこれには権道も困惑したようだ。困ったように高村を見たが、彼もまた顔を真っ赤にしてうつ向いて役に立ちそうにない。


「どうしたの?」


少女の方はまるで恥ずかしがらないのでなんだかこっちの方が情けなくなってきた。


「と、とりあえずこれ着とけ!」


権道はとりあえず自らの上着を脱いで少女に渡す。


「……着る?」


少女は渡された上着をじっと見てボーッとしていた。


「あ、、あの、、こうこんな感じですよ?」


高村は照れながらも着る真似をしてみせ、少女に伝えてみせた。


「?」


結局少女が上着の背中を前に持ってきて反対に着たので二人は上着を着せるのを手伝う羽目になったという。


「……もしかして……記憶喪失とかですかね?」


「なにも覚えてないっぽいし、有り得るな」


「……とりあえず星条さんに報告して彼女を保護する許可を得ましょう」


「そだな」


無線を取り出す高村と同時に、


ドン!


鈍い銃声が辺りに響いた。


「へぇー気づかれたか」


「……なにするんですか?」


銃を撃ったのは権道。しかし高村が問いかけたのは権道ではなく、その銃を撃たれた相手だった。


「言うまでもないことさぁ。その出来損ないと兵器は『目利』のものーー回収しに来ただけ」


高村が避けた先の床にはナイフが刺さり、砕け散った無惨な無線の姿が転がっていた。


「……僕は『サーベル』。もう会うこともないだろうけど一応よろしくね?」


ニヤリと不敵に笑ったそいつ『サーベル』はガントレットをはめた腕で一直線に少女に向かってくる。


「気を付けて!そいつはーー『トリガー』の使い手です!!」


「……!!」


庇いにかかった権道は高村の助言に反応してガントレットをピースメイカーの銃身で受け止めた。


「まずは一匹!」


ーー『サーベル』はニヤリと笑みを浮かべ、『トリガー』の力を解放する。


蒼い雷がガントレットから権道に放たれた。


「っっ、」


ドオオオン!


すざましい威力の一撃に高村は眼を綴じる。


「次は君だよ!!」


「権道さん!」


「大丈夫だ。自分の心配してろ!!」


「へぇあれを耐えたの。

どういう身体してんだろうねぇ」


ーーあれだけの衝撃を受けたというのに権道は平気だったのかーー

疑問は残ったが敵もまだ生きている。片付けたあとで疑問はぶつければいい。


「すみません。解放します」


高村はそう言い放ち、力を解放したーー

そう、彼もまた『トリガー』の使い手だった。


「はぁっ!!」


「なるほどぉ……『結界』の『トリガー』かぁ……だがそれだけじゃただの時間稼ぎにしかなんないよ?」


解き放たれたのは『守り』の力。


「時間稼ぎ、充分じゃねぇかーー」


「……!!」


衝撃を受けて無事だったどころか、一瞬にして『サーベル』に間合いをつめていた権道に驚いたのは束の間ーー奴の身体をゼロ距離の弾丸が撃ち抜いた。


「権道さん、あなた直ぐに動けたんですか?」


「まぁなーー俺は他人よりタフでなーー」


そういう問題だろうか?そう思ったが和やかに聞いてる場合じゃない。敵は血も流れていない。恐らく直ぐに立ってくるに違いない。高村は少女の方へ駆ける。


「…なん、なの?」


少女は訳が分からず、肩を震わせていた。それはそうだろうーー記憶喪失?の上、こんな戦いに巻き込まれたら誰だって困惑する。


「……いやぁ……油断したよぉ……

君面白いねぇなかなか……気に入ったよ?解剖の実験体として『父さん』に捧げてあげるよ……」


『サーベル』は気持ちの悪い笑みを浮かべてゆっくりと立ち上がる。


「銃弾も効かねぇとはてめぇの方が大概だと思うがな」


「ふふ、いや、効いてるよ?これでも大ダメージ。『トリガー』の力でやわらげてるだけ。君とは違って僕の身体は『ふつう』なんでね……」


クスクスと笑う『サーベル』。先ほどとは違い、直ぐに攻撃を仕掛けてこないところを見ると権道の力を警戒しているともとれた。


「ーーだから『アレ』を使うことにするよ」


「……『アレ』?」


地中からいきなり『サーベル』を持ち上げるかのように『ソレ』は現れる。いくつもの首と腕を持ち、銀色の眼をした獣のような巨大なそいつはそこに出現した。


「うわぁあ!!」


その獣の出現に吹き飛ばされる権道たち。


「『獣型機械』ーー

仮王(カオウ)」


獣の眼に乗り込んだ『サーベル』が権道たちを見下ろしていた。


「な、なんですかあれ……」


さすがに驚きを隠せない高村と権道。二人が経験してきたもののなかであんなものは見たことはなかった。


「……わかんねぇ。とりあえずヤバイってことは確かだーー」


「……はい……」


権道はちらりと後ろを確認した。震える少女を守りながら逃げるのは至難だろう。高村に『結界』をはってもらうにしたって無茶だ。かくなるうえはーー


「こいつだ………!!」


「え?」


「こいつの眼に登るんだよ!」


後ろにいた得体の知れないなにかの眼に高村と少女を抱えて権道はよじ登る。


「ムダ!」


『サーベル』は『仮王』の口から巨大な光線を吐き出してきた。


「チビ太、『結界』!」


「は、はい!」


逆さまになりながらも高村は必死に力を解放し『結界』を展開したが、直ぐにヒビが入る。


「む、無理です!威力が強すぎる!」


「くそ、間に合えーーー!!!!!」


眼をこじ開けて、高村と少女を投げ入れ、権道もまたそのなかへ逃げ込んだ。ドオオオオン!という音が眼の外から聞こえる。


「……なんとか……間に合ったか……」


「でもこれからどうするんです?ここで閉じ籠っていてもいつかはあの変な機械に壊されますよ……」


「……こいつを動かせればまだ勝機はある!」


眼の中にはまるで訳の分からない見たことも聞いたこともない操縦室があった。訳の分からないボタンやレバーがたくさん並んでいる。


「ほ、本気ですか?」


「チビ太、お前は機械に詳しいか?」


「いえ、全く」


「なんでだよ!詳しそうじゃんか!」


「そういう権道さんはどうなんですか?!」


「パソコンを一秒でウイルスに感染させる技術をもつ」


「技術でもなんでもないじゃないですかーーーー!!!!」


「くっそぉ、どうすれば……こうなったらなにかテキトーに押して……」


「ダメですよ!それで自爆装置とか押したらどうするんですか?!」


「……ここ、しってる」


ガッ


「「え?」」


そうこうしているうちに少女が迷わず、操縦かんをひいた。待っていたかのようにゆっくりと動き出す機械。


「へぇー出来損ないのくせにやるじゃん」


『サーベル』は『仮王』のなかからそう言ってきた。


「でも出来損ないにこの僕と戦う力があるとは思えないけどねぇ……」


「ーーは、」


「……?」


「出来損ない、じゃない!!!!!」


カッ


光が『仮王』に向かって放たれたかと思うと腕の一本を爆破した。


「す、すげぇ……」


思わず声に出して感嘆してしまう権道。高村はついていけないのか、唖然としている。









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