ハッピー・ハロウィン!

烏川 ハル

第1話 トリック・オア・トリート(前編)

   

「ハ……。ハッピー・ハロウィン……」

 小さな子供だから、人見知りするのだろう。魔女姿の金髪幼女は、たどたどしい口調だった。

 後ろには、優しい笑顔で見守るお母さん。僕はその表情を真似ながら、

「はい、ハッピー・ハロウィン!」

 と返して、用意していたキャンディーをプレゼント。

 それだけで、幼女の顔がパッと明るくなる。

「わーい!」

 くるりと背を向けると、幼女は母親に手を引かれて、嬉しそうに帰っていった。

「まずは一人……」

 そう思いながら、僕はアパートの扉を閉める。

 今年も、夜のハロウィン・イベントが始まったのだ。


――――――――――――


 噂によると、最近では、日本でもハロウィン文化が浸透してきたらしい。

 でも僕が渡米する前は、ハロウィンなんて全く根付いていなかったはず。昔読んだ小説では、挨拶の「トリック・オア・トリート」すら通じないと考えた著者が「いたずらか、ごちそうか」と強引に訳しているものまであった。

 だから僕にとって初めてのハロウィン体験は、英語圏におけるハロウィンであって……。

 アメリカ生活ではカルチャー・ショックの機会が何度もあるが、ハロウィンもその一つとなった。


 アメリカの研究所で働きはじめた一年目、ハロウィン当日の朝。

「今日はハロウィンだから、昼休みは会議室で仮装パーティーだよ! ケンは何を用意してきた?」

 同僚の言葉に、僕は困惑してしまう。

 まず職場の昼休みにパーティーという点からして、僕には違和感だった。アメリカに来たばかりの頃も、昼休みに誰かの誕生日でサプライズ・パーティーがあったりしたから、少しは慣れてきたつもりだったが……。

 さすがに『仮装パーティー』には驚いた。ここ、職場だよね? 白衣に着替えて研究する場所だよね?

「そうか、ケンは何も準備してないのか……。まあ、そういう人もいるからさ。とりあえず、お昼は会議室に集合だよ!」

 陽気なアメリカ人に言われたので、半ば仕方なく、会議室へ行くと……。

 いつもはセミナーや研究報告に使われる会議室が、完全にコスプレ会場と化していた。吸血鬼、狼男、幽霊、ゾンビといった、ハロウィン定番の怪物系だけではない。お姫様とかアメコミのヒーローとか、怖くも何ともない格好の人もいる。

 お化けカボチャジャック・オー・ランタンのような、ハロウィンらしい飾り付けまでは用意されていないが、だからこそ余計に、ハロウィンというより単なるコスプレ・イベントっぽく感じてしまうのだった。


 二年目からは僕も、お昼の仮装大会に参加するようになった。

 といっても、あまり凝ったコスチュームは用意できない。購入したのは、それっぽい安物のマントと蝶ネクタイ、口に装着する白い牙だけ。自前の白ワイシャツと黒スーツに組み合わせて、さらに、髪もオールバックに撫でつけてみた。

 これだけで、吸血鬼コスプレの出来上がり! かかった費用は、わずか数百円!

 その程度の仮装なので、いざ会議室へ行くと、

「吸血鬼なら、せめて血糊くらい塗りなよ……」

 と、苦笑されてしまうほどだった。

 でも一応は自分も仮装した上で、同僚たちの気合の入ったコスチュームを目にするのは、なかなか楽しい時間だった。それぞれ、いつもの白衣姿からは想像できない外見になっており……。

「ハッピー・ハロウィン、ケン!」

 背後からの声に振り返ると、同僚女性の姿があった。

 レースのような布地の、水色のワンピース・ドレス。でも中の下着とか、下に着ているかもしれない服とか、特に透けてはいないので大丈夫。レースっぽく感じるものの、実際には薄い生地ではないようだ。

 全体的にヒラヒラしたイメージであり、背中には四枚の羽まで用意されている。しかし僕が目を奪われたのは、そこではなかった。ドレスはノースリーブであり、いつもは白衣に包まれている二本の腕が、完全に露出していたのだ。ちょっとドキッとしてしまう。

「やあ、アン。いつもと全く違う雰囲気だね。素敵だよ!」

「ありがとう、ケン。可愛らしい妖精でしょう?」

 誇らしげな笑顔の妖精姿を、僕は改めて見つめ直す。

「うん、本当に可愛いね」

 完成状態までは想像できなかったけれど、彼女が本日『妖精』に変身すること自体は、昨日の時点で聞かされていた。

 アンと僕は昨日、一緒にハロウィン・ショップへ買い物に出かけたのだから。

   

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