暗病みを晴らす慈雨

それからその暗闇の雲に、

いったいどんな言葉をかけてよいかわからず、

暫く沈黙が続いた。



暗闇の雲も

それっきり言葉を発しないから

恐怖を感じていたはずなのになんだか、

可哀想になり……

少し愛おしくなり……

子供の頭を撫でる様に

その暗闇の雲に触れた。



激昂する怒り

こみ上げる悲しみ

負の感情というのは

重く、深く、先の見えない闇のように

黒く塗りつぶされていく。

あなたにはこの闇をぬぐえる?


と暗闇の雲は吐露する。



うんー……。


しばらく考えて…

思ったままに口に出してみる。


わからないけれど、

悲しい時は泣けばよい。

辛い時も泣けばよい。

けれど一人で泣くのは駄目だ……。

話を聞いてくれる誰かが必要だと思うんだ。

それではその闇を拭う事にならないだろうか?



先程まで霧状に降っていた雨が、

急に大粒の雨にかわり、

前も見えない程の大降りになる……。



ひどく悲しい雨だった。

冷たく重い水滴が、

体に痛く降りつけた……。


隣の暗闇の雲は大丈夫だろうか?

ふと気になって横を見る。

すると、

暗闇が雨に打たれて流されていく…。

黒い水が少しづつ川に流れ出し、

雲の中の何かが見え隠れしている。


!!


暗闇の中からでてきた彼女の

その濡れた長い髪を優しく撫でてあげる。

それから、この冷たい雨で濡れた体を

優しく抱きしめてあたためてあげる。



大丈夫かい……静子?



あなたは私を軽蔑しないの?

私は平気なふりをして、

自分の不快を

人に投げつけた…。


うん。

軽蔑なんかしないよ。


私はあなたには良い顔して、

人を冷たくあしらった…。


辛かったね一人で抱えて。


ただあなたの側にいたかった。

私だけのあなたでいて欲しかった。

それだけなのに……。

なのに私の闇はあの娘を突き落としたわ。



わかっているよ……。

わかっている。

君に辛い思いをさせて、

君を追い込み、

彼女を突き落とした闇は

私が目を瞑り耳を塞いだから作りだされた。

だから君は気に病む事はない。



まだあるわ。

私はあなたに隠している事があるわ。


どんな事でも受け入れるよ。

だから話してごらん。



でもそれは言わない。

言わない事も受け入れてくれる?



ザーザーと降りしきっていた激しい雨が

次第に小康状態にはいる。

激しくなじるような大粒の雫は

細かく撫でるような小粒の雨になっていた。



言わないのかい?



うん。


そうか……。

言いたくない事は言わなくても良い。

それもまた信頼だと思う。




静子、私はねーあの娘とは……



いいわ。


え?


言わなくてもいい。

言いたくない事は言わなくても良い。

それもまた信頼ですものね。



そうか……。


二人で目を合わせて微笑みあった。



雲がきれて風は穏やかになってくる。

そしてあれだけ強く降っていた雨が、

また、霧のような暖かい雨になってきた。


これは夢なのかい?


さぁーどうでしょうか……。

でもその夢のような時も、

もうじき終わりに近づいているみたい。


と悲しげな表情を見せる。

私もなんとなく察していた…。

もう別れの時のようだ。



そんな顔したら駄目だよ。

せっかく晴れてきたのに。



ふふふ。


必死に涙をこらえて微笑んでみせる。



私の闇をあなたは受け入れてくれたの?



こちらも微笑みかえしながら答える。



あー君の闇は秘密を含めて私はしっかりと受け止めるよ。それで君の闇は払拭できただろうか?



はい。

おかげで黒い色は水に流されていったわ。


そう言って手を差し伸べた。


もうすぐこの舟の終着点よ。

本当はこんな再会はありえない。

でもミツハノメカミ様が好意でつないでくださった。


その白い手を自分の手におさめて、

あるはずのない温もりを確認しあう。



ミツハノメカミ?

水の女神かい?



そうよ。わたしの家の守り神だから……。

わたし…本当はあの娘にも謝りたい。

でも……。



大丈夫だよ。

いつかあの娘が私を訪ねてきたら、

私が今見ている青い夢の話をしよう。



ありがとう。


その姿はもうすっかり元の静子だった。

若き日の出会ったばかりの巫女の装束に身を包んだ美しいひと


さようなら。

やはり別れは美しくなくちゃね。


さよなら。

でも別れじゃないよ。

私は本当の静子に今日出会う事ができたから……。


そうして私は舟を降りた。


舟は水の流れるほうへまた流されていく…。






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