月の雫

しばらく意識を失っていたようだ。

ひどく頭痛がする…。

腕や足のくるぶしなど、

肌が露呈されたところに、

沢山の擦り傷の痛みを感じる。

左の腕が上がらない。

恐らく落ちた時に殴打したからだ。

折れているかもしれないな…。

後頭部にひどい痛みを感じたので、

右手でさすってみると、

手のひらが真っ赤に染まっていた。


幸い雨はやんでいたが、

黒い雲が行き来して、

空の月を遮っていた。

そこら中の草木はベタベタだ。

森の奥底なんだろな。

まわりに道らしき道は見当たらない。


おかしな出来事に身体も心もズタズタだったけれど、時より雲をぬけて顔をだす満月に

闇から解放されているような気持ちになり

救われる気がした。


落ちてすぐのところに大きな大きな杉の木があった。その木の窪んだ部分に体をよせた。とにかく日が昇るまで少し休んで助けを待つ事にする。


獣の遠吠え

鳥らしき鳴き声

虫たちの呼ぶ声。

静けさとはこんなにも不安を肥せるものなのだろうか…。


私と先生は恋人のような

深い関係は持っていない。

私は先生に対して、

自分が満たされなかった父親に求める様な愛情を求めていた…

という自覚を持っている。


実際に突然父親がいなくなって、

悲しくて、不満で…。

私も多感な時期だったし、

それまで毎日いるのが当たり前だった父が、何も言わずにいなくなるのだ。

不安で…

そして寂しかったのだ。



手をつなぎ、

楽しい話を聞かせてくれた

父と先生を重ね合わせていたのだろう。



唇に手をかけられたときも

その手を自分の手の平におさめ、

やんわり断った。

それからは先生もそれ以上の事は

求めようとはしなかった。



だから先生との関係は少なくても

良好だったのだ。



まぁでも…

奈落の底のような所まで落とされて

暗闇の中で自分を見つめなおしてみると…。


本当はわかっている。



人間というのは時々

今起きている事態を

自分の都合のいい様に解釈する。


私にとって良好な関係は、

先生にとって良好とは限らない。

ましてや、

あの闇の塊…。

(あれはおそらく先生の奥さんの生き霊。)

には不快極まりない関係だったに違いない。


光があるところには必ずしも

陰があるのだ。




イタタタ。


こんなに何もかも傷だらけ、

ズタボロでずぶ濡れなのに、

何とかスマホは無事みたいだ。

だけど充電があまりなく、

いつなくなるかもわからないので

無駄に発信はできない。

位置情報に頼るしかない。

あとは先生が…。

誰かが見つけてくれるのをただ待つ事

しかできない。


ん…?


この杉の木の窪みの奥に

何かが光って見える。

使えない左手を刺激しないように、

右手を隙間から窪みの奥に入れてみる。

満月とはいえ、

月灯りだけでは頼りない…。

口を使いながら携帯ライトで照らしてみる。

だけどよく見えない。


手探りでつかんだものを

自分の目の前に持ってきてライトで照らす。


雫型の…石?  勾玉?

綺麗な色…。

月の光で照らしてみると

綺麗な黄金色の光を発している。

金じゃなくて…。

黄色いじゃなくて…。

黄金色だ。


あー…月の雫って

こんな感じかな…。


あっイタっ!!

体制を直す時に折れているであろう左手に木があたった。



大変な日だった。

けどこのまま死ぬとは思えなかった。

辛い事があったけど(今も痛いし辛い)

何かこのキレイな石に出会えて

とても幸せな気持ちになった。

あー…

もう限界かも…。


少し眠ろう…。

助けがくるまで。
















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る