第59話


 ――彼と出会ったあの日。俺は二限目と三限目の時間に図書室を訪れていた。


『……あれ、今日は図書委員がいる』


 俺が通っていた高校は、元々図書室を利用する人があまりいなかった。


 ただ、俺の様な物好きな生徒もいるため、いつもお昼休みや二限目と三限目の間の休み時間には、貸し出しの手続等の委員会の仕事のために図書委員が来ていた。


 そして、この図書室は国語教師の準備室も兼ねていたため、基本的に国語教師がいれば、図書室は開いていた。


 しかし、この図書室にある『本の貸し出し処理』は基本的にパソコンで行われていたのだが、なぜかそのパスワードを国語教師たちは知らず、図書委員だけが知っていた。


 国語教師が知らないとなると、本を借りるためには図書委員に頼むしかない。


 でも、ほとんどの生徒はお昼休み以外の二限目と三限目の休みはその仕事をサボっていた。


 そもそも、この図書委員の仕事は基本的に一週間ごとに三年から各クラスの図書委員の当番制になっていた。


 本人たちにも当然「三限目が体育だったから」とか「前の授業が押したから」とか言い分はあった様だが、大体が「実は体育はその日なかった」とか「むしろ、前の授業は早く終わって自習になっていた」などなど、そのほとんどが言い訳で、実際のところは嘘だった。


 そして、図書委員がサボったおかげで、俺は『この本を借りたいけど、図書委員がおらず、借りる方法がない状況』に陥り、その時は本を借りられなかった……という事が何度かあった。


 そんな事が三回続けてあってからは、基本的に二限目と三限目の間に『借りたい本を探す事』にし、お昼休みにその目星をつけていた本を借りに来るというループを繰り返していた。


 だから『二限目と三限目のこの時間に図書委員がいる』という事には、驚いた。


 でもまぁ、本来ならそもそもこの時間に図書委員がいないといけないのだけれども。


『…………』


 なんて心の中で小さく毒を吐きながら、俺は適当に「面白そう」と思う本を表紙やタイトルを見ながらいつもの様に適当に見繕って、近くにある机に本を置いてイスに座った。


 しかし「適当」と思いながらも、その当時は『あるシリーズ』の世界観に近い作品をピックアップしていた様に思う。


『君、この物語が好きなのかい?』

『え』


 そう俺に突然声をかけてきたのは、同じ学年の男子生徒だった。


『まっ、まぁ』


 言葉少なに、俺は声をかけてくれた『彼』の方を気にしつつも、彼の顔を見ない様にしていた。


『…………』


 多分、この時の俺は『話しかけられた』という事に驚いたのではなく、声をかけた彼の次のリアクションに注意を向けていたのだろうと思う。


 俺の知っているクラスメイトを含め一部の同級生たちは、こうして一人で本を読んでいると、大抵「何、お前一人なの」とか言って、何が面白いのかニヤついた顔で邪魔をしてくる。


 大体の場合は最初にそう話をかけてきておきながら、それを無視していると、舌打ちやそれこそ暴言など吐いくなど各々おのおの好き勝手な反応をして去って行く。


 だがたまに、リアクションをしない俺に苛立ち『本を取り上げる』ヤツもいるのだが、そうなった場合は本当に面倒くさい。


 それこそ「返せ!」とか言って抵抗すれば、向こうは「取ってみろよ」とか言って勝手に盛り上がる。


 しかも、大抵こういう連中は一人ではなく数人の一個団体だ。当然、一人の生徒から別の生徒へと渡る……という事を永遠に繰り返されるのだ。


 傍から見れば、その行動は完全に『いじめ』なのだが、悲しい事に俺はそういった状況になって助けてもらったのは、小学校に入学して最初の頃だけだった。


 中学生になると、逆にこうした状況を見てもみんな見て見ぬふりをして助けてくれる人はいなくなった。


 このような経験から、俺は「下手に目立つとろくでもない事しか起きない」という事を教訓として得ていた。


『…………』


 多分、声をかけてきた『彼』はそんな『その場のノリだけで生きているヤツら』とは違うと思う。


 だが、それでも彼と話すだけで少なからず『目立ってしまう』という事はなんとなく察していた。


 なぜなら、彼『東野とうのかなで』はこの学校では、とても有名な『イケメン』いや『美男子』だったのだから……。

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