第57話


「……俺?」


 もう一度問い返すと、光は無言で頷いた。


「正確に説明すると。あのゲームを介して兄さんがそのナビゲーターに会いに行けば、少なくともエラーは解除するって」


 この光の「少なくとも」という言葉には、一瞬違和感を感じた。


 なぜなら、この表現では『他にも不具合』などがあるという事を意味している様に聞こえるからである。


 しかも、この言い方では『エラー以外の不具合を直さない』と言っている様にも聞こえてしまう。


「そのナビゲーターがそんなメッセージを表示したのか」

「うん。父さんがあまり詳しい内容をメールに書かなかったのは多分。コレをそのままメールに書いてしまったら、兄さんは応じてくれないんじゃないかって思ったからだと、僕は思っている」


 確かに、このままあの人からメールをされていたら、俺はコレに応じなかっただろう。


「…………」


 現に詳しい話を聞いた今。出来れば断りたい気持ちでいっぱいである。


「……兄さんが、父さんを少なからず憎んでいる事は知っているよ。ずっと積もりに積もった感情が『あの出来事』で溢れだしてしまったんだって。でも、僕にはそんな兄さんの複雑な気持ちまでは分からない」


 確かに、俺がここまで父親を憎んでいるのは、光の言う通り。ずっとずっと溜まりに溜まった感情が溢れてしまった結果だ。


 だからなのか、光は俺ほどあの人を嫌っていない。


「僕は父さんはそこまで嫌っていないよ。母さんは嫌いだけどね」

「そう……なのか?」


 ――それは初耳だ。


「何せ僕の一番の古い記憶は、母さんに『なんであんたは体が弱いのよっ!』って言われた事だからね」

「……よりによって、それか」


「自分の体が人より弱い事は分かっていたけど、言葉にされると……しかも、それを血の繋がっている実の母親に言われちゃうと、どうしても頭に残るよ」

「そうか。でも気にするな。俺もあの人の事は嫌いだからな」


 境さんは『周りの人』がかなり問題ありだったが、その代わりに境さんには心優しい両親がいた。


 しかし、俺たちの場合はその『両親』たちに問題があったのだ。


 そんな両親は俺が小学生に入る頃には離婚して、結果として俺たちは父さんに引き取られた。


 ただ、俺たちは離婚した理由は知らない。まぁ、知りたくもないのだが。


「でもまぁ。母さんは、結局父さんと離婚した後。捕まっちゃったけど」

「あれは自業自得だろ」


 そう、俺が中学生になったくらいの頃。偶然見ていたニュースで見覚えのある名前が流れた。


 正直、母親の名前はなかなか珍しい名前で、同じ名前の人に会った事がなかったから、この名前を聞いた瞬間すぐに「母親だ」という事は分かった。


 そして、逮捕された理由は『麻薬の所持』だった。


「どうせ、その時に貢いでいた相手に騙されたかノリで持っていたかだろ。その時に一緒に男も捕まっていたからな」

「ああ、母さん貢ぐ癖があったね。そういえば」


 まぁ、父親から離婚理由を聞いていないからあくまで勘ではあるが、おおよその理由は『母さんの男関係』ではないかと思っている。


「でも、母さんがそうなったのはあの人が仕事ばかりしていたのじゃないか……って思っていた時期はあったな」

「兄さん」


 ただ、母さんが捕まったニュースを見た時に、俺は「ああ。父親は関係なく、この人は救いようがなかったんだな」と悟った。


「まぁ、あの人は一代で会社を立ち上げて、今もたくさんの社員を抱えている。それ自体はものすごい事だとは素直に思うけどな」

「…………」


「だが、それでもやっぱり奏が一から作ったモノを奪ったのは許せない」


「でっ、でもそれは。父さんの会社が手を出さないと他の会社が買っていた可能性もあるよね? 父さんはそれを見越してすぐに動いただけなんじゃ」

「……」


「だってそうじゃないと、新しい事業になんて手を出した理由にはならないよ」

「……そうだな」


 ――本当は、分かっている。あの人が、そういった『新しい事業』に手を出すのは、大抵が『ある程度の利益が見込める事』が決まっている場合だと言う事を。


「それに、そもそも父さんが買ったのは兄さんの友人が『事件』で亡くなって随分経った事だし、兄さんの友人が立ち上げた会社も社長である兄さんの友人が亡くなったんじゃ」

「ああ、分かっている。本当は」


 父さんがあの主がいなくなったもぬけの殻になった会社から『ゲーム運営の権利』を買った本当の理由を。


 それが『俺のため』いや『息子の亡くなった友人が遺したモノをなくさないため』だったと言う事を――。


 ただ、俺はそれを認められないでいるだけなのだ。子供じみているとは、自分でも分かっている。分かっているからこそ、認められない。


「はぁ、我ながら女々しいよな。あいつが作った原型はちゃんと残っているっていうのに」

「それだけ思い入れがあるって事だよ」


 光はそう言ってニコッと笑い、俺の肩をポンッと軽く叩いた。


「でも、今はその大事なゲームのキャラクターからのご指名なんだから、コレは答えてあげないとね」

「……そうだな」


 俺がそう言うと、光は「パソコンで分からない事があれば、遠慮なく聞いて」と自分の胸を軽く叩いた。


 ――たまに考えている事が分からなかったり、いつの間にか俺の知らない情報を仕入れていたりする事があるが、こういう時は本当に、頼もしい。


 しかし、この事を口に出すと、光は「そんな事ないよ」と言って謙遜してしまうから、俺はそんな気持ちを込めて「ああ、頼りにしている」と言って微笑んだ。

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