第56話
「そもそもな話。なんであの人は『ここ』にいたんだ? 俺に用事があるなら、直接事務所に来ればいいだけの話だろ」
「あっ、それは……」
俺がそう言うと、光はなぜか視線を下に向けて口ごもった。
「ん?」
「僕の、その。手術の日程が近いから」
「ああ、なるほど。そういう事か。そういえば、もうすぐだったな」
チラッとカレンダーを見ると、そこには一週間後の日に大きな二重丸がついている。
「うっ、うん。それで手術の概要とか諸々のそういった話を担当医の人と話をするために……ね」
「ああ。まぁ、あの人は一応。俺たちの父親だからな」
正直な話。俺の探偵としての稼ぎや光も病院にいながら少しだけ働いているが、その稼ぎだけではどうしても、光の手術費用は捻出する事は出来ない。
そうなると、父親を頼らざる負えない。両親はすでに離婚しており、父親が俺と光の親権を持っている。
だから、今回の手術代もあの人から出してもらっている。大変不本意ながらではあるのだが。
「ちゃっ、ちゃんと話を聞いていたのかは、分からないけど」
「…………」
俺も手術の内容などは事前に聞いてはいるが、果たして父さんがちゃんと話を聞いていたのかは、正直謎だ。
「それで、詳しい依頼の内容の話は光から聞けって事らしいが?」
「ああ、うん。なんでも、あるゲームの不具合を直して欲しいって。正確には、ある登場人物の設定らしいんだけど」
「あるゲーム……ねぇ」
明らかに含みある言い方だが、なんとなく『何を』指しているのかは分かっている。
「それにしても、俺は光ほどパソコンに詳しいってワケじゃないっていうのに、全く……」
俺がそう言ってため息をつくと、光は「はははは」と苦笑いを見せた。
「まぁ、光は『キャラクターデザイン』であの人の会社に貢献しているからな。いくら用済みの人間でも……いや。用済みの人間だからこそ、こんな無理難題を押しつけるのか」
「いっ、いや。だから、いくらなんでも『用済み』って事はないんじゃ」
「いやいや、用済みだろ? そもそも、今回の依頼って『バスター・ワールド』の事だろ」
俺がそう言うと、光は「わっ、分かっていたんだ」というリアクションを見せた。
「まぁ、あのゲーム『バスター・ワールド』は俺の死んだ友人が原型を作ったんだからな」
「それは、そうだけど。でも、父さんがあのゲームの権利を取ったのは兄さんの友人が亡くなった後の話で……」
「いや、そもそもあの人があのゲームの権利を狙ったのは、
「…………」
俺がそう言うと、光はそのまま黙ってしまった。
「まぁ、俺の個人的な事情はこの際どうでもいい。それより、エラーが出たのはそのゲームの登場人物か?」
「うっ、うん。なんでも、最初にゲームの説明をする『ナビゲーター』についてらしいんだけど」
「ん? ちょっと待て。確か、ナビゲーターってAIって話じゃなかったか?」
「うっ、うん」
「AIなら、別に設定とかないだろ。本人が学習してどんどん知識を蓄えていくのが普通だろ」
「僕もそう思って聞いたんだけど、なんでもここ最近『予測不能の行動を繰り返している』らしくて」
「そう言われてもな」
「……そうなんだけど」
「それこそ、俺の手には余る話だし、それにあの会社にはコンピューターのエンジニアもいるんだから、本来ならその人たちの仕事だろ」
「僕もそう思うんだけど、なんでもそのエンジニアの人がどうにか止めようとすると、そこで『謎のエラー』が出るんだって」
「エラー?」
「うん。それで、エンジニアの応答に全然答えてくれなくて、ずっと無視している状態が続いているって」
――なるほど。この話が俺の元に来るまでに、父親の方でも出来る限りの手は尽くした……というワケか。
「でも、なんでそこに俺が出てくるんだ? 原型を知っている人間が適任とでも思ったのか?」
「そっ、それは……」
そう尋ねると、なぜか光は言いにくそうに俺から視線を外した。
「…………」
なぜだろう。さっきまで普通に話していたにも関わらず、突然視線を外されると、相手が光でなかったとしても、少しショックだ。
「えと、実は……」
「ああ」
「実は、どうしようもなくなった時。そのナビゲーターが『ある人をこのゲームに連れてくれば、このエラーを外す』っていうメッセージをある日突然、表示してきたらしくて」
「うん……? それはつまり」
この話の流れは――。
「うん、そうナビゲーターが指名してきたのは……兄さんだったんだよ」
その事を聞いた瞬間。俺は、無言になるしかなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ふんふんふーん。ここまですれば、さすがに従わざる負えないだろうねぇ」
少年はそう言って『エラー画面』を見つめている。
「大丈夫。ゲームはちゃーんと出来る様にしているあげているから、早く翼君を僕の元に連れて来て欲しいなぁ」
そう言いながら少年は天を仰いだ。
「だって、本当は『翼君の為に』このゲームの権利をとったんだからねあの人は。でも、それによって自分が憎まれようが、嫌わる事になろうが……それはきっと関係なかっただろうなぁ」
そう決してあの人にとって悪い結果になろうとも、きっと『その事』を口にはしない。たとえその裏で、様々な苦労があったとしても――。
「もしかして、意外と傷つきたい物好きなのかな? あの人は」
なんて少年は一人でクスクスと笑ったのだった。
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