第36話


「それにしても……」

「どうかしたか?」


 いつの間にか俺の横に突然現れた堺さんに、内心驚きつつも平静を装った。


「いや、今回の件。さっきの女性と話をしているのをチラッと耳にしたけど、それを聞いた限りと完全な『事故』と思ってさ」

「ああ。そうみたいだな」


「確か、あの人の話だと『友人が川に落ちた』と『その時に足を滑らせた』って事みたいだな。他にも何か言っていたみたいだけど、そこまでは聞き取れなかった」

「いや、大体はそれで合っている」


 ――そう、俺が女性からの話を聞いた限り、今回の一件はどう聞いても『事故』にしか思えなかった。


「……と言うか、こんなところで油を売っていていいのか? 境さん」

「ん? ああ、実は聞きたい事があったんだ」


「聞きたい事? 俺に? ここに来た時の状況なら、さっき刑事さんに一通り話したが?」

「いや、聞きたいのはそれじゃなくて」


「ん?」

「ここに来る前。正確には女性の悲鳴が聞こえる前に『宅配』が来なかったか?」


「!」


 どうしてその事を境さんが知っているのだろうか。


 いや、そもそも境さんも神無月さんと同じように忙しいはずなのだが……こうして普通に俺と話をしている辺は「さすが境さん」というところなのだろうか。


「やっぱりそうか」


 俺の反応に納得したのか、境さんは俺を見ながら何やら「うんうん」と一人で頷いていた。


「それがどうかしたのか?」

「いや? 実はさっき女性が『川に落ちた時、友人は何も持っていなかった』と話した事を思い出してな。ついでに『前日にどこかに宅配を送る準備をしていた』って話していたな……と」


 そう、実は女性がそんな事を話していた。


 それに、発見された人物は何も持っていなかったらしく、周辺からも不審なモノはおろか何も見つかっていない。


「宅配なんて、誰でもするだろ?」

「ああ、それも含めてもっと詳しい話を署で聞きたいと思ってさ」


 色々と話しているが、要するに境さんは警察署まで一緒に来て欲しいと言っているのだろう。


「はぁ、分かった。行けば良いんだろ。行けば」

「ははは、そんなに時間は取るつもりはないから」


 それならそう素直に言って欲しいモノなのだが……多分、境さんには直接的に言えない理由でもあるのだろう。


「でもまぁ。それはそれとして……」

「ん?」


「そもそもその人はなんでこんなところにいたんだろうな?」

「さぁ……。今の状況では何とも言えないな。ここの川の流れが速いなんてここら辺の人間なら、もはや常識として頭にあるが」


 そう、問題はそこだ。


 女性の話を完全に信じるのであれば、その人は最初から川に落ちるつもりだったという事を意味している。


 つまり、女性が話しかけた相手は……。


「正直、その結論も早計だと思うけどな?」

「ん?」


「今、西条君は『女性の友人は死ぬつもりだった』と、こう考えたんじゃないか?」

「…………」


 あくまで、自分の頭の中で考えていたのだが、どうやら境さんはそんな俺の考えなんて軽くお見通しのようだ。


「その可能性ももちろん否定は出来ないが、こうも考えらないか? 落ちたと言われている相手は、俺たちの様にここら辺の住民ではなかったっていう可能性もな」

「それはつまり、初めてここを訪れた人って事か?」


「……そうとも言い切れない。結局なところ。可能性なんて、いくらでも考えられるって事だよ」


「はぁ。確かに今の世の中の事を考えると、どの話も『ありえる話』だからな」

「そう簡単に『答え』にはたどり着けないってワケだ。だからこそ、慎重にならざる負えない」


「なるほど。じゃあとりあえず、後の対応は警察の方に任せる。現状では、あれこれと『可能性』やら『たられば』ばかりになってしまって、とても考えがまとまりそうにないからな」


 俺はそう言って軽くため息をつき、両手を「お手上げ」と言わんばかりに上げた。


「確かに、しかもこの話は正式に依頼を受けたワケじゃないからな」

「他人事みたいに言っているが、調べるのは境さんたちだぞ?」


「ははは、俺たちみたいな下っ端にそんな大層な仕事が来る前に解決してそうだけどな」

「……そうかよ」


「しっかし。こうも事件や事故が多いと、本当に色々と不安になるな」

「ああ、そうだな」


 正直、ここ最近の事件だけで、下手をすれば一年間の事件総数になりそうな……そんな気がしてしまうほど、本当に事件が増えている。


「探偵としては、喜ぶべき話……なんて簡単な話でもいかないか」

「ああ、確かに『探偵』という立場としては仕事がないのは困る。だが『世の中の平和』という観点では、俺たちの様な探偵や警察。消防などは本来であれば『ヒマ』という状況が一番いいんだけどな」


「まぁ、そうだろうな」

「でも、仕事の依頼があれば出来る限り引き受ける。ただ『困っている人を助ける』っていうのは、もはや探偵じゃなくてもいいのかも知れないけどな」


 俺がそう言うと、境さんは俺の言葉に「フッ」と小さく笑い、そのまま警察署まで境さんと共に行く事になったのだった。

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