第29話


 さっきまでいた図書館から家までは徒歩で二十分ほどである。


 ただそれは、ごくごく普通の人通りの多い道を通った場合であり、私が今歩いている道を使えば五分くらい短縮する事が出来る。


 でも、この近道を知っている人はあまり多くない。


「それこそ」


 ――私がまだここにいた時に友達だった子ぐらいしか……。


 しかも、ここ最近その小学生の時に仲が良かった友達と再会した。そして、向こうも私の事を覚えており、その時は懐かしい昔話に花を咲かせた。


「そういえば……」


 実はこの道を通る前に図書館で彼が私にコソッと渡して来た受けメモには、ある指示が書かれていた。


 最初は「まさか、気づかれた?」と思っていたが、あからさまな態度や表情の変化は、その相手だけでなく周りにも『おかしな人』と思われかねない。


 そこで何事もないかの様な対応をしたのだが。


 実はそこには『ここにいた時の帰り道によくしていた事。もしくは特別な道などがあれば、そこを通って帰ってください。そうすれば今日、その相手が分かるはずです』と書かれていたのだ。


「…………」


 そこでこうして昔よく利用していた近道を歩いている。


 今になって私はようやく『ある事』に気が付いた。それは、この道自体の存在を『知っている』という時点で、ある程度の人物に絞られてくる。いや、むしろほとんど答えを言っているようなモノだ……と。


「っ!」


 そんな事を考え始めた時、私の耳に突然聞こえた足音に思わず振り返った。


「こんばんは。由紀恵ゆきえ

「えっ、あっ。美雪みゆき


 そこに立っていたのは、探偵の彼……ではなく小学校の時仲の良かった『河原かわはら美雪みゆき』だった。


「どっ、どうして美雪がここに? だって美雪は、都会で女優になったんじゃ?」


 ちなみに、ここ最近仕事で再会したのも彼女だ。


 しかし、彼女は高校を卒業した後。都会に出てそこで『スカウト』をされて女優になったと、風の噂で聞いていた。


 ただ、それを聞いた私は「それなら、いつか一緒に仕事が出来るだろう」と思っていた。


 だが、その噂を聞いた後。私と彼女が一緒に仕事をする事はなかった。


 でも、あの場所で『仕事』として再会した……という事に最初は何も驚きはしなかったのだが。


「どうして? そんなのちょっと考えれば分かるじゃん」


 そう言っている彼女の顔は……文字通り『笑顔』だ。


 ただ、声は明らかに『怒り』をにじませており、私に見せている『笑顔』は、まるで顔に張り付いている。


 そのアンバランスな感じがあまりにも、私に『怖い』という感情を掻き立てさせた。


「なんで? なんであんたたち兄妹は上手くいって私は上手く行かないのよ。そもそもあなたたち兄妹は親が離婚してから会っていなかったじゃない」

「…………」


 そう言って今度は『怒り』を全面に押し出した様に顔を引きつらせていたが、声はそれとは反対に絞り出すような、苦しそうなモノだった。 


「私だって、私だって……色々努力したわよ。慣れない撮影に、決して上手くもない歌を必死に練習だってした。それなのに、それなのにっ!」

「……!」


 そこで私は悟った。多分。美雪は、スカウトをされた後。事務所に所属する事は出来たのだろう。


 しかし、そこでゴールではなく、むしろその後が大変で苦しいのだが、彼女はそれに耐えられなかったのだろう。


 現に彼女が言っている言葉は全て『私に向けて』というよりは『私を含めた人たち』に向けて言っているかの様に聞こえる。


「この間の仕事もようやく手に入れた『仕事』だった。でも、久しぶりに会って話したあなたの話を聞いているとね。どうしようもなくイライラするのよっ!」

「…………」


 久しぶりに会った事が嬉しくて、確かに私は「最近どう?」といったような話をした。


 でも、私としてはそれは『世間話』の一つとして話しただけのつもりだった。


 それが、それこそが彼女にとってはいわゆる『地雷』だったのだろう。その話を聞いた時から、今置かれている自分の状況と私の状況の違いを見せつけられている様に彼女は捉えてしまった。


「それで、私。思ったの。たとえ仕事は違えど、あなたを観察していれば、きっと私も上手く行くんじゃないかってね」

「なっ! じゃあ、今までのは全部」


 その言葉を受けてようやくハッとした。今までの『不審な視線』の正体は『彼女』によるものだったという事を。


「ええ。あの仕事が終わった後からずっと……ね。でも、あなた全然気が付いてくれないんですもの」

「あの仕事が終わってから……って」


 つまり、一か月以上は私に付きまとっていたという事になる。それを考えた瞬間。思わずゾッとした。


「でも、どうしてこっちに戻って来てから」

「どうして? そんなの簡単よ。私は『仕事』がないからよ! だから、あなたがこっちに戻って来てくれてよかったわ。だって、私も実家に戻ればいいだけの話だもの。アルバイトなんてしなくていいし」


 今にも笑いだしそうなくらい嬉々として話す彼女に、私は何も言えず、ただただ『恐ろしさ』を感じていた。


 よく「昔はこんな子じゃなかったのに」と言う人がいる。


 今までの私はそんな事を言う人の心情が理解出来なかったが、この時ばかりは分かてしまった。


 なぜなら、昔の彼女の性格は素朴で大人しい子だったからだ。そして、見た目はそんな彼女を現しているかの様に大人しく素朴で……でも、美人だった。


 だからこそ、そんな彼女が『スカウト』を受けたという噂を聞いた時は驚き、そして、再会した時の彼女の変貌にさらに驚いた。


 彼女は、見た目こそ変わらなかったが、性格はかなり変わっていた。


 でも、まさか彼女がこんな事までするとは……なんてとても思えず、今も目の前にいる彼女の存在を受け入れられない自分がいた。

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