第28話


 図書館からの帰り道――。


 外はもう真っ暗になっており、我ながら「どれだけ集中していたんだろう?」と思わず一人でツッコミを入れてしまいそうになる程である。


 そんな中を私は『一人』で歩いていた。


「ほら、ちゃんとお兄ちゃんの手を握って。危ないから」

「はーい」


「うわっ、兄ちゃんの手。冷たぁい!」

「えー? そうかな?」


「ほらほら、ちゃんとお父さんの手を握りなさい」

『はーい』


 なんて、見ているだけで微笑ましくなってしまう様なやり取りをしている『家族』が私の横を通り過ぎて行った。


「…………」


 小さい頃は私もよく『家族』と一緒に手を握って買い物などをしていた。


 しかし、そんな『幸せな家族の形』が変わってしまったのは、果たして『いつの事』だろうか。


「はぁ」


 それは多分、兄さんが『スカウト』された事が最初のきっかけだったと、私は思っている。


 別に『その事』自体は特に問題ではない。むしろ素晴らしい事だと思う。


 そもそも私は『スカウト』自体よく分かっていなくて、とりあえず『すごい事』というくらいしか分からなかった。


 ただ、問題だったのは両親の反応の差だった。


 母は「一人じゃ危ないから、家族みんなで引っ越しをしよう」と言って聞かず、結果として、私たち家族は兄が小学校に入学するタイミングで引っ越しをした。


 多分、この時の母の反応を見た時から父の心はすでに母から離れていたのだろう。


 ただ、母は私たちが気が付いていなかっただけで、多分。最初からこの穏やかな雰囲気のこの場所がイヤだったのだろう。


 だからこそ、兄の『スカウト』がこの土地を離れる良いきっかけになると考えていたのだ。


 ――――しかし、父は違った。


 この土地の穏やかな雰囲気を大層気に入っており、多分。ずっとここで生活をして順調に年を重ねたかったに違いない。


 もちろん、私たちに『その事』を強制するつもりは最初からなかったらしく、私が成人した時は「自分の好きな事をしなさい」と言ってくれた。


 でも、そんな『違う』二人がいつまでもお互い『我慢』出来るはずもなく、今度は兄が中学に入学するタイミングで離婚した。


 ただ、その頃はまだ小学校に通っていた私を思ってか、父は『転校』をしなくていいように家から少し離れた場所のマンションを借りてくれ、私と父は中学に上がるまでそこに住んだ。


 そして、中学生になった時にこの土地に父と共に舞い戻り、ここの高校に進学する運びとなった。


 結局とろこ、私も父の元を離れて兄たちと同じ土地で仕事をする事になってしまったのだが、父としては「それが由紀恵のやりたい事なら……」と笑顔で送り出してくれた。


「…………」


 でもまさか、有名人になった兄が成人式の場所に私に会いに来てくれるとは思ってもいなかった。


 私は驚きが隠せなかったが、久しぶりに再会した兄は昔のまま優しい性格は何も変わっていなかった。


「……」


 そんな兄と今もたまに食事に行くほど仲が良いのだが、ここ最近はお互い忙しく行けていなかった。


 でも、実は仕事が忙しい……という事情以上に、その頃から『不審な視線』を感じる様になった。


 最初は「気のせい」と思っていたが、ここ最近はあまりにも怖くなってきた。


 そこで、兄に相談した結果「出来る限り会わないようにしよう」と言う話になり、兄の言う通りにした――。


 多分、兄は『自身の一部の過激なファンによる嫌がらせ』と考えたのだろう。


 一応、一部の人以外には私と兄の関係は話をしていないが、情報がどこから漏れるかなんて、誰にも分からない。


 それに、兄さん自身もスカウトをされる前から色々と大変だったからこそ、初期対応の大切さを知っていたのだろう。


 しかし、そんな最中。兄が舞台稽古中に大けがをしてしまった。


 兄は「私に危険が及んではいけない」と今は、父に事情を説明して一緒に生活をしている。


 だが、いつまでもこのままではいけないと思い、ここで探偵をしている彼に依頼をしたのだが。


「本当に大丈夫なのかしら?」


 恥ずかしい話だが、今の状況では頼れる人間は『父』と『探偵の彼』しかいない。


 それに、話が話なだけに……いや、正直『誰を信じていいのか分からない』ため、親しい友人にも帰って来ている事は一切伝えていない。


 でも、その探偵が言うには『今日、その相手が分かるはず』らしいのだ。


「…………」


 にわかには信じがたいが、信じるしかない。


 だからこそ、こうして彼の指示通り『ワザと』この人気ひとけが少なく、しかも近道になる道を私は歩いていた。

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