第26話
「……光」
「あっ、ところでさ」
そう言いながら、光は何かを思い出した様に自分の両手をポンと叩いた。
「ん?」
「この間起きたあの中学生の毒殺事件って、自殺の線が出て来たんだって。ニュースでやっていたよ」
しかし、そう言っている光は俺の顔を見ていなかった。
「…………」
その事より、あからさまに『誤魔化された』という事にすぐに気が付いた。
しかし、その事を追及したところで光の事だ。適当な言い訳を言って、俺が口を挟む間もなく勝手に自己完結してしまうに違いない。
現に、光は俺が言う前に『塾帰りの中学生毒殺事件』の話題を俺にふってきた。その意味はつまり「これ以上何も言わないで欲しい」という事なのだろう。
「――そうらしいな」
確かに、光は昔から特に怒る必要のない『手のかからない子供』だった。
でも、それは光が『自分の感情を押し殺している』結果、周りにはそう見えているという事に気が付いたのは……俺が高校生になった年だった。
ただ、それは決して『自分の感情を全く見せない』というワケじゃない。
キチンと光は、今の様に『相手が気が付ない』タイミングでその感情を表に出している。
だからなのか、本人は感情を表に出していだけあって、あまりストレスなどを感じることはない様だ。
「でも、それってさ。僕としてはちょっとおかしいと思ってね」
「どうしてそう思うんだ? 確かニュースでは、自分でその毒を飲んだ可能性もあると言っていたはずだが?」
「うん。確かに、僕は毒物とかあまり詳しい訳じゃない。それに、世の中の毒物の中には『無味無臭』のモノは存在していると思う」
「…………」
「でも、さすがに『自分で飲んだから』って言うだけで『自殺』と断定するのはどうかなって」
「そうだな。正直、それは俺も思った。それだけでは、いくらなんでも早合点が過ぎだろうってな」
「やっぱり兄さんもそう思ったんだ」
「ああ。しかも、被害者は通っていた塾で『昔お世話になった看護師さんからラムネをもらった』と友人たちに話していたらしいからな。それを考えると……被害者は本当に『ラムネ』だと思っていた可能性は十二分にあると、俺は思っている」
ただ、被害者が入院していた事実はあった。
しかし、その入院ははせいぜい一か月程度の話で、被害者の両親は「そんな人はいません!」と強く否定した。
しかも、その病院は現在は無くなっており、その時に勤めていた看護師は数名いたものの、現在はどこにいるのか分からないという状況の様だ。
その上、被害者が言っていた『昔』が果たして『入院していた時期』をさしているのかという疑念もあり、時期を特定する事も出来ず、人物の特定は出来そうにないのが現状である。
「しかも、被害者は色々な病院を受診していたようだしな」
「うん。その内のいくつかはすでに無くなっているし、それに入院していたという事実はあっても、本当にそんな看護師がいたか……という事は分からないのは変わらない」
「それで、自殺説が上がってきたというワケの様だな」
「そうみたい」
「はぁ、どうやら警察も相当焦っているみたいだな。でも確かに、被害者が口にしたその『ラムネ』が本当に毒物だったのなら、自殺という話もありえないワケではないが」
「当時被害者が持っていた水筒は、塾で友達に分けて飲んでいたらしいし、毒物の反応もなかったらしいから、水筒の中身がその一件に関係があるってワケじゃないみたい」
「そうか」
調べていくうちに色々な事が分かっていながら、結局のところ。肝心な『ナースの事』は実在しているかどうかも分かっていない状況の様だ。
「それにしても、今回の被害者の女の子って、実はかなり高飛車な性格だったみたいなんだね」
「ん? そうなのか?」
「うん。塾でも学校でも成績優秀だったみたいだけど、その性格は結構キツくて、実は苦手だったって人も結構いたみたい」
「そうなのか」
「うん」
「でも、よく知っているな。そんな話、さすがにニュースではそこまでの話はなかったはずだが?」
「ああ、ネット上ではお祭り騒ぎだから。前の事件と言い今回の事件と言い……」
そう言って光は「ハァ」とため息をついた。
「ん? でも、友人が何人かいたんじゃないか? それくらいはニュースでやっていたが」
「ああ、うん。その友人だってされている子たちは、被害者の女の子の成績がいいから『利用させてもらっていた』んだって」
「利用?」
「うん、ほら仲が良ければ『一緒に勉強しよう』とか気軽に誘う事が出来るから」
「なるほど、それで『利用』か」
「本人は全く気が付いていなかったと思うけどね」
「なるほどな」
「でも、それ以上に僕が許せないのは、真相が分かっていないから、いくらその発想がブッ飛んでいようがお構いなしってヤツらだよ」
「……珍しく怒っているな」
「そりゃあ怒りたくもなるよ。寄ってたかってみんなでさ」
「まぁ、個人を特定しにくいとは言っても、全然出来ないってワケじゃない。やろうとすれば出来るというか、共通の友人などを辿っていけば簡単に行きつけてしまう事もある」
「うん。それに、これじゃあ完全に死人に口なしだよ。被害者はすでに亡くなっているのに、いくら彼女たちが利用していたって口では言っても、少なくとも被害者にとって友人だって思っていたはずなのに」
そう、その『事実』は変わらないし揺るがない。
他人がどうこう言うのは勝手だが、それでも言って良い事悪い事。いや、それこそ書いて良い事悪い事がある。
「…………」
それが分かっていても「自分ではどうする事も出来ない」と、悔しそうに拳を固く握りしめている光を黙って見ながら俺は……いや、ただ光を黙って見ている事しか出来なかった。
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