第25話
「あの連絡があったのは、ちょうど人気俳優が大怪我したっていうニュースが流れた日の前日だったんだが」
「え?」
唐突に始まった俺の回想に、光は不思議そうな顔をした。
「ん? ああ。悪い、実はその日に突然身に覚えのない電話番号から『依頼したい事がある』って話を受けてな」
「ううん、ごめん」
「いや、前置きもせずにいきなり話始めた俺が悪い」
「そっ、そんな事ないよ」
もう少し分かりやすい『前置き』をした上で話を始めるべきだった……と、俺は後悔した。
「でも、全く見知らぬ電話がかかってきたんだ。珍しい……というか、何というかって感じだね」
気を取り直した光からそう尋ねられた。
「ああ。一応、名刺には俺の電話番号を載せているが、それ以外は」
そもそも俺のやっている『探偵業』は、県をまたにかけるという事がない。
元々そこまで大きな仕事が来たことがないというのもあるが、大体はこの町を拠点としている。
だからなのか、基本的に依頼をしてくる人は『俺の知り合いを通じて』という形がほとんどである。
「それでだ。最初は不審に思ったが、一応聞いてみるかと空いている日時を伝えた。それに、イタズラだったらイタズラだったでそれまでの話だしな」
「それは『仕事』とか『お金』という話ではそうだけど。でも、その依頼人のためにわざわざ時間を空けたんだよね?」
「ああそうだな。確かに、俺の事はどうでもいいが、その間に受けられる依頼を受けられないっていうのは、困るな」
「でも、その人は……ちゃんと来たんだ」
「ああ」
「そっか」
あの俳優が怪我をしたニュースを見た後。
その依頼人は俺の事務所を訪れた。ただ、俺はその時に依頼人の手元を見て、見覚えのある『指輪』を目がいった。
ただ、その女性がしていたのは『赤』でも『緑』でもない『黄色』の指輪を左手の人差し指にしていた。
依頼人は『
そして俺は、この名前を聞いた瞬間。思わず本人に「海和……さん?」と聞き返してしまった。
ただ、正直な話。
俺はあまりエンタメに詳しくないから名前を聞いて聞き返したが、普通の人なら多分、彼女の姿を見た瞬間思わず「
それほど、この二人の見た目は似ていた。
でも、女性は多分言われ慣れていたのか、サラッと「はい」と言って、さらにあの舞台上で大怪我をした『
「……」
ただ、俺はこの依頼人の名前はあえて光に言わなかった。
いくら俺の実の弟であれ、さすがに依頼人の事を何でもかんでも話していいとは思っていない。
「それで、兄さんはさっき『ここ最近、不審な視線を感じるから、その正体を調べて欲しい』って言っていたよね?」
しかし、光はそんな俺の心配に気が付いているのか『依頼人について』は一切触れずに『依頼内容について』俺に尋ねた。
「……あっ、ああ」
「それと、確か『警察には断られた』とも言っていたよね?」
「ああ。元々、依頼人はここの出身で小学校に入学するタイミングで都会に引っ越している」
「でも、どうしてこのタイミングでこっちに戻ってきたの?」
「それは、その視線を感じる様になったからという事らしい」
「ああ、なるほどね。要するに『さすがにここまではその人も来ないだろう』って思ったんだ」
「あっ、ああ。ちなみにここで生活し始めたのはつい最近の事らしいがな」
依頼人と兄である永一とは、依頼人の両親が離婚して以降少し疎遠になっていたらしい。
だが、依頼人が成人式を迎えた日に永一本人が依頼人に会いに来た事をきっかけに、たまに食事をする様になった。
「ふーん。でも、ここに来てもその視線は止まらなかった」
「依頼人曰くむしろ、どんどん『近くなっている』とすら感じる事があるらしい」
「でも、感じるのはその『嫌な視線』だけで特に本人に実害がないから警察に相談したところで意味がなかったと」
「ああ。部屋に変な手紙を送られたとか部屋に直接来たとか嫌がらせをわけでもない……と言うより、その相手がそもそも分からない」
しかし、ある日を境に不審な視線を感じ始めた矢先に兄が舞台上で大怪我をした。
妹である由紀恵さんは芸能活動もしていないごくごく普通の一般人だったが、以前から兄はこの『不審な視線』の相談を受けていたため、妹を案じて『ここに戻れ』と伝えたらしい。
「それで、兄さんのところに駆け込み寺みたいに助けを求めたというワケなんだ」
「話を聞く限りどうやら、そういう事らしい」
「でも、そんなに分かりやすく『守っています』っていうワケにもいかないよね? どうするの?」
「今は依頼人の調査をしている。ここ最近の仕事とか依頼人に親しい人物などを一通りまとめたり、過去を遡ったりしてな」
「そっか。あっ、でもこれからもっと来られないって事は」
「ああ。大体その仕事は終わったから、これから本格的に『不審な視線の正体』について調査を始めるつもりだ。だから……」
「うん、分かった。大丈夫だよ、僕の事は。むしろ心配なのは兄さんだよ。いつもの依頼とは違って危険が伴いそうだしね」
「そうかも知れないな。もしかしたら、相手も俺がうろちょろしていれば、何かしらのアクションをするかも知れない」
「…………」
「だが、それが『チャンス』でもある。相手が大きく動くという事は、それだけ『リスク』が伴うからな」
俺がそう言うと、光は少し寂しそうな表情で「そうだね」と小さく呟いた。
「…………」
その表情は、まるで……真剣に仕事に打ち込んでいる俺を『羨ましい』と言っている様に見えた。
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