第20話


 俺と神無月さんとあの話をしてから、犯人が捕まったのは……それから一週間後の事だった。


 でも、俺としては「ある程度特定出来ても、逮捕にはもう少しかかるだろう」と思っていた。


 だから、この知らせを聞いた時。最初に感じたのは『驚き』だった。


 なぜなら『あの公園の近くに住んでいる人』で、なおかつ『工場勤務』という人は『独身者』というだけでも、実はそこそこな人数がいたのだ。


 それを知っていたからこそ、そう思っていたのだが、状況が変わったのは一本の通報だった。


『マンションの近くの倉庫でかなりの数の動物の鳴き声がして、なんか変な臭いもするのですが……』


 通報の主は、倉庫の近くにあるマンションのオーナーからだった。


 実はこの倉庫の近くのマンションは、そのマンションの近くで散歩をする事はOKではあったものの、ペットを飼うという事は禁止なマンションだった。


 しかし、公園が近い事もあり、あの公園で動物が捨てられているという事が何度かあり、たまに「かわいそう」と思った心優しい子供が家に連れて帰り、親に元の場所に返す様に言われて、泣きながら返しに来る……という事もあったらしい。


 でも、子供はそのまま見過ごす事が出来ず、この倉庫の近くで内緒で飼うという事もあったそうだ。


『だから、今回も子供たちかなと思ったんですけど、それにしてはあまりにもうるさくて。それに、何か臭くて』


 あまりにもおかしいと感じた住人の一人がオーナーに言って連絡をした……というワケだったそうだ。


「……なるほどな」

「ええ、それで駆けつけた時。その倉庫は鍵がかかっていたのですが」


「ああ」

「実はその倉庫の所有者はマンションの管理人のはずなんです。しかし」


「管理人が持っていた鍵では開かなかった。違うか?」

「その通りです。結局、鍵屋に来てもらって開けてもらったのですが」


 その時、神無月さんと境さんが見たのは、たくさんの首輪がついた動物たちが檻に入れられ鳴いている……光景だった。


「その中にはかなり衰弱してしまっている子たちもいて、対応はかなり大変だったのですが、倉庫の中にビンに入った不審な白い粉を見つけまして、鑑定の結果。それが『青酸ソーダ』だと断定されました」

「そうか。それで犯人は」


「その日の内に捕まりました。なんでも『警察がこの倉庫に来ていた』という話を聞いて思わず来てしまったと、最初は『自分じゃない!』と否定していましたが、足跡も指紋も一致していました。それになにより、持っていた鍵で倉庫に入っていましたから」

「その話を聞くと、こういった事をすること自体初めての様だな。全てがあまりにも杜撰ずさん過ぎる」


 捕まったのは、倉庫近くのマンションに住んでいた二十代後半の工場に勤務していた男性だった。


「はい、初犯でした。そして、犯行の動機もおおよそ西条さんが予想した通りでした」

「そっ、そうか。あれはあくまで俺の想像だったんだがな」


 まさか、そこまで当たっているとは――。


「犯人が言うには、当時付き合っていた女性と結婚を真剣に考え始めていたところ。その女性がペットを飼い始め、そのペットにぞっこんになり、最終的には自分を捨てた事に対しての『復讐』だったと言っていました」

「そこで女性の方にはいかないんだな」


「その女性が大切にしている『モノ』を奪ってこそ、復讐になるのだと」

「という事は、最初に見つかった動物の不審な死体の飼い主はその彼女という事か」


「ええ、そうです。そして、最初にペットではない動物を狙ったのは、殺害方法を模索していたと」

「なるほどな。それで、最初に目的は達成出来たモノの……それだけでは満たされず、挙げ句の果てに他の人のペットにまで手をだしたというワケか」


「犯人曰く、自分はこんなに不幸なのに、幸せそうなのが許せなかったと」

「はぁ。なんというか、これ以上にない自分勝手な考えとしか言いようがないな」


「ええ、人間。ある一点を越えてしまうと、どうにも自分本位になってしまう様です」

「そうだな。とりあえず、教えてくれてありがとうな」


「いえ、僕が出来るのはこの程度ですから」

「でも、わざわざ事務所まで来なくてもよかったんだぞ? 今日、非番だろ?」


「確かに今日は非番ですが、電話より実際に会って話した方が伝わると、俺が勝手に考えただけですので、西条さんはお気になさらず」

「そっ、そうか。でも、早く教えてくれてありがとうな。早速、依頼人にこの話を教えるつもりだ」


「はい。あの」

「ん?」


「出来れば、僕の名前など個人を特定するような事は伏せてもらえるとありがたいのですが」

「? なぜ」


 今までの話から、神無月さんがこの一件に関わっているのは彼女も知っている。だから、今更隠す必要はないと思うのだが。


「…………」

「――分かった」


 ただ、神無月さんの表情を見て、俺はそれを了承した。


「いや、俺もいつもあんまりそういった『個人に繋がる情報』は言わないようにしているからな?」


 なぜそうしたのかと聞かれると、正直答えにくいのだが。


 人には隠しておきたい事の一つや二つあるモノだから、神無月さんにとっては『今回の話』がそれなのだろうと俺は感じた。


「ええ、分かっていますよ。西条さんがそういった個人情報の取り扱いに気をつけている事は。だから、念のためです」

「なるほど、念押しか」


 俺がそう言うと、神無月さんは「はい、念押しです」と言って、にこやかな笑顔を見せた。

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