第18話


「やはり、躊躇ためらってしまいますか」

「いや、俺はただどうしてそこまで? なんて考えてしまってな」


「…………」

「言ってしまえば、あなたと依頼人の関係は『警察学校時代の同期』というだけだろ?」


「そうですね。僕と彼女との関係は、確かに言葉で表現すると『同期』というだけの関係です」

「…………」


「ですが、彼女は落ちこぼれだった僕だけなく、クラス全員にみんなに優しかった。僕たちのクラスで一人も辞めた人はいませんでした。結果的に彼女は警察学校を卒業して一年後に家庭の事情で辞めてしまいましたが、今でもみんな仲良しです」

「それはつまり、他の同期の人とも連絡をとっている……と」


「ええ。だから彼女だけが『特別』というワケではないです。僕もそうですが、彼女もそうみたいですから」

「なるほど。それはこの間の俺の聞き方が悪かったな。まるで神無月さんだけが依頼人と連絡を取っている様に言ってしまった」


「いえいえ、気にしないでください。助けてもらったからという事もありますが、それ以上に彼女に救われた分。いえ、それには到底及ばないかも知れませんが、とりあえず何もしない……という選択はしたくないのです。それに、彼女がペットを飼っていたのは知っていましたし」

「そうか」


 ここまで『決意』が固いのなら、俺にそれを止める権利はない。それに、この件は『動物愛護法違反』のれっきとした『犯罪行為』である。


「分かった。だが」

「ええ、僕も出来る範囲でお手伝いさせて頂きます。決して無理は致しません」


 そう、俺が躊躇ったのは『この点』だ。現職の警察官である神無月さんが通常の交番勤務だけでなく、俺の手伝いもするとなれば、かなり大変なのは目に見えている。


「是非そうしてくれ。依頼人と知り合いなら、なおさらな」

「ええ。僕も彼女がこれ以上悲しむ姿は見たくありませんから」


 そう言って、神無月さんは小さく笑った――。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「……さて」


 公園のベンチに座り、軽く飲み物を飲みながら俺と神無月さんはこれまでの事を整理することにした。


「しかし、今回も合わせて『二回』となると、世間ではただの『偶然』と思われそうですね」

「そうかも知れないな。でも、俺たちが思っているほど世間の反響はそこまで大きくないだろうな」


「え」


「人間はそういうところがある。自分に関係のある事にしか興味を示さない。ペットを飼っていてなおかつこの周辺に住んでいれば、話は違うだろうがな」

「…………」


 でも、これはどちらかというと『不安を和らげるため』や『面倒ごとを避けるため』といった心の平穏と「自分には関係ない」と自分自身を納得させるための実に人間らしい考えの結果だと、俺は思っている。


 一から十までニュースだけでなく『全て』を不安に感じたり、考えすぎたりして気にしていては、とてもじゃないが日常生活なんて送れそうにない。


「ところで、今までの野良猫などの件も合わせると、今の『二件』よりも……もっと増えるんじゃないか?」

「え、あ。そうですね」


「それに、正直な話。こんな事は言いたくないが……今は『動物』で済んでいるが、このまま野放しにすると」

「最悪の場合『人間』に標的が向かってしまうという事を恐れているのですか?」


 そう、今一番恐れるべき事は『それ』だろう。


 コレは猟奇的な殺人犯に見られる傾向で、最初は野良猫や鳥の動物から、人間へと標的を変えるという事は悲しいことによくある話だ。


「正直、今のところはあくまで一つの『可能性』として考えられるだけだな」

「それは避けたいですね。今もあの殺人事件は解決していません。いえ、もはや迷宮入りの様相を呈しています」


「そうか。ただ、もしかしたら『犯人の目的』自体が『ペットの殺害』という可能性も捨てきれないな」

「と言いますと?」


「……今から話す事は全てが憶測で俺の想像で片付けてくれ」

「分かりました」


「例えば、当時付き合っていた彼女が自分をほったらかしにしてペットに夢中という現状に男性が『嫉妬』した結果。その彼女が飼っていたペットに醜い感情をぶつけてしまった。なんていう事は考えられないか?」

「そっ、それは……いささか強引な想像の様な気もしますが」


「人間、何がきっかけで感情が爆発するか分からないと、俺は思っているんだけどな」

「それは、そうですが」


「でも、そうか。まぁ、今のままでは『証拠』も何もないからな」

「ええ。ですから、現場を見たら何か分かるのではないかと」


 ――なるほど。


 どうやら神無月さんは、たとえ俺が依頼人からの依頼変更がなかろうと何とかして事実を掴もうと動いていた様だ。


「それで、何か見つかったのか?」

「いえ、何も……。足跡くらいあれば、なんて淡い期待をしましたが」


 でも、さすがに人通りが多いせいもあってか、足跡はあったものの、それが果たして犯人のモノなのかという判別までは出来そうにない様だ。


「そうか。ところで一つ聞きたいんだが」

「はい。なんでしょうか?」


「今までの動物の不審な死体が発見されているのは……いつも『月曜日』か?」

「え?」


「ああ、そこまで明確じゃなくてもいい。大体分かる範囲で良い」


 俺がそう尋ねると、神無月さんは自分の記憶を辿るように口元に手を当てて考え込んだ。

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