Emulsification
雨月 史
第1話 浅い朝の 深い不快 ●
自分の目が覚める音が聞こえた。
はっとする とか
ふとした とか、
そういう類の音の無い音……。
白い月と明けない夜空の静寂が
聞こえるはずのない音を助長する。
真夜中の突然の目覚め……。
眠りの深い私は目が覚めると、
昨日までの現実が本当だったのだろうか?
という不安な気持ちに陥る。
そんな時は必ず横に妻が寝ているかを確認するのだ。
寝息をたてている……。
規則正しい静かで優しい寝息だ。
昨晩は心地よい眠りにつけたのだろう。
穏やかな寝顔を見て安心する。
それからもう一度目を
そしてどのように眠りについたかを思い出す。
昨晩混ざりあった温もりと残り香を部屋の空気の中に感じる……。
少し寂しい気持ちになり再び目をあけて、
彼女に目をやる。
間接照明に照らされて露わにされた太股も、
じっとりと汗に濡れながら、
指を絡めあった手も
耳元で聞こえた荒い息遣いも
今は深い闇の中で……
白い掛布をかけて静かに眠りについている。
結局再び眠りにつくどころか、
布団の中の手の温もりを感じたい衝動に駆られ、さみしい気持ちになる。
しかしやめておこう。
彼女は眠りの浅い
少し触れただけでこの白い布団で守られた、深い眠りの世界から、現実世界に引き戻してしまう事になる。
その後の責任は私には取りかねる。
何故ならば、
手を繋ぐと彼女の手から伝わる
しかし彼女は再び浅い眠りの
最近では別寝室の夫婦が増えているようだ。
ある調査によると、自分の時間が欲しい。
という理由が多いらしい。
しかしそんなのは嘘だ。
あの頃の私たちがそうだったように、
二人で一つ部屋にいる事が、
息苦しく……
煩わしく……
そして鬱陶しく思うからだ…。
なんて考え始めて結局今日も
太く短い睡眠で1日を乗り越えなければならないのだ。
私たちには3人の子供がいる。
いずれも男の子だ。
私が家を出たとき1番下の息子は
まだ保育園へ通っていた。
わたしの父がそうだったように、
成り行きで妻の実家に住んでいた。
義理の父は若くして亡くなっており、
義理の母と私の家族5人とで
一応一階と二階の二世帯住宅だ。
なかなか仕事が定着しない私を見兼ねて、
妻が自分の親に持ちかけたのだ。
最初は反対だったようだが、
娘を不憫に思ったのか、
仕方なしに承諾したのだ……。
と私は勝手に思っている。
父も二世帯住宅風な住み方をしていたので、私もきっとそういう運命なのだ……と、
疑いもせずに受け入れたのだ。
静寂……。
程なくして急に思考に
最後の眠りにつくチャンスの到来かもしれない……。今しかないと言わんばかりに一度思考を停止するスイッチをいれる……。
明け方の白い夜にもう一度ねむりに……。
「いい加減にしてよ!!なんで私の話を聞いてくれないの!!」
ねむりに……
つけないようだ今日は。
眠りの浅い彼女の
肯定できる要素のない慣習の闇の吐き出し
……つまりは寝言。
時々こうして明け方に、
膨らまし続けた風船が破裂するのだ。
僕が彼女に与えた闇は
簡単に塗り替える事が出来ないほどに
深いのだ……。
そんな事を考えながら、
彼女の布団に潜り込み
ゆっくりと背中をさすってあげる。
黒い黒い鉛筆で塗りつぶされた闇を
消しゴムで消すように、
ゆっくりとやさしく
そして耳元で囁くのだ。
「大丈夫だよ。君は良くやってるよ。」
と。
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