恋 B面

 その日は朝から学校全体が浮き足立っていた。

 なんといっても、今日は天下のバレンタインデーで、我が校には色んなタイプのイケメンが集まる運動部がある。その上、殆どの部員は優しくてチョコを渡すくらいなら断らない。

 実際に食べてもらえるかは別として、思春期の女子としては受け取ってもらえるだけで有頂天になれるものだ。

 しかし、年々人気が高まっていったせいで去年は活動すらままならなくなったこともあり、ついに今年は部活自体を取りやめることになったらしい。その事を知ったのは放課後に渡そうと覚悟を決めた昼休みも終わりかけの頃だった。

 私がチョコを渡したい相手は部活がなければさっさと姿をくらましてしまうような人だ。きっと今日だって、誰からも受け取るつもりなんてないだろうからすぐに帰ってしまうだろう。

 でも、どうしても渡したい。

 この気持ちを受け止めてもらえるなんて図々しいことは思ってもいない。だけど、何かを渡せるなんてこんな機会しかない。放課後、暗くなるまでに見つけられたら渡そう。そう決めて彼がいそうな所をいくつか脳内でピックアップした。

 万が一の可能性をかけて部室、それから図書室、校舎裏、学校近くの公園、少し離れたショッピングモールも見て回ったが、彼は何処にもいなかった。

 やはり真っ直ぐ家に帰ったのだろうか。沢山歩き回って少し疲れた。辺りを見渡すと、人がいない大きな公園があった。ちょうどいい、と少し休んでから帰ろうと思った。

 広い公園の案内図を見ると、ベンチは奥まった所にあるようで、道を確認してからどんどん中へと進んだ。

 ふと、ベンチに誰か座っているのが見えて、心臓が止まったかのように思えた。探していた彼だ。帰り支度をしているのか、カバンに本を仕舞っている彼の元に慌てて駆け寄った。

 彼は少しこちらを見た後、片方のイヤホンを外しながら立ち上がった。それを見て、なんと言って渡すのかを考えてなかったことを思い出した。何か言いたくて口をパクパクさせたが、何も出てこなかった。

 結局、無言で手に持っていたチョコを差し出した。

 最悪受け取って貰えなくても良かった。しかし彼は平然と受けとり、驚く私に軽く会釈をしてチョコを丁寧にカバンにしまった。きっと彼のことだ、受け取って貰えたのは努力賞といったところだろう。それでも嬉しかった。

 彼はもう一度だけ会釈をし、イヤホンをつけながら公園の出口へと向かっていった。

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