第8話 修行に必要な期間
有り得ない、本当に有り得ない。
こいつらが修行している間は、一切タブレットを使えないなんて。
しかも人に迷惑掛ける前提とか何考えてるんだ?
それに何故私がそんな目に遭わなければならないのか訳分からん。
ん? ちょっと待てよ。
ところで修行に掛かる期間ってどれくらいなんだ?
「ねえ、あんた達の修行って、一体どれくらいの期間が必要なの?」
「そうだな、一人最低でも三千時間は必要だろう。それが四人じゃ」
「……は?」
ちょっと待て、使用するタブレットは一台だよな?
それだと修行は一人ずつしか出来ないってことだから、つまり最低でも一万二千時間、日数にして……、五百日だとお!?
こんのクソジジイ、さらっととんでもないこと言いやがった!
「そんなにこっちの世界で修行するの!? よくもそれで当たり前のように関係ない異世界の人間巻き込めるわね! 私はあんた達の為にタブレット買った訳じゃないし、大迷惑なんだけど!!」
「そうは言われても、今更どうにもならんから諦めるんじゃな」
おいこらクソジジイ、何しれっと偉そうにふざけたこと言ってやがんだ。
うん、プツンと何かが切れる音がしたぞ。
よし、そんじゃ遠慮なくいこうか。
「グボオッ!?」
結界が張られてるってことだったけど、どうやら私には関係なかったらしい。
何も遮るものなどなく、ジジイの顔に拳を撃ち込むことが出来た。
そしてジジイはそのまま後ろに倒れ込もうとして、窓から十センチ程手前の辺りで何かにぶつかったように跳ね返ると、そのままズルズルと何かに凭れながら床に座り込んだ。
「まあ、仕方ないよなこれは…」
神官が呆れた顔でジジイを見下ろす。
剣士も魔導士も、ジジイを心配する素振りは一切見せない。
こいつらも、ジジイが私に殴られるのは当然だとでも思ってるのかもな。
しかし、さっきジジイがぶつかったのは結界ってことでいいんだろうか?
相変わらず私には何にも見えないし、ジジイが何もない空間に頭ぶつけただけにしか見えなかったけど。
「それにしてもお姉さん、遠慮なくいきましたね」
「…そう言えば人の顔グーで殴ったの初めてだけど、何の躊躇いもなかったわ」
普通は殴りたい衝動に駆られてもやらないしね、相手の年齢性別関係なく。
でもジジイはどう見ても高齢者だけど、殴ったらヤバいなんて微塵も思わなかった。
まあ、殺しても死ななそうではあるけど。
「良かったですね、お姉さんが人殴ったのは師匠が初めてだそうですよ」
「どこが良かったのだ!? このバカもんが!」
お? 復活した。
うん、元気じゃん、やっぱり全然問題なかった。
「おいっ! 娘!! お主は年長者を敬うということを知らんのかっ!?」
「あんたのどこに敬える部分があるの?」
どうやったらふざけたことばっか言うクソジジイを敬えるのよ?
単なる迷惑なジジイでしかないぞ。
「儂は大賢者だぞ! しかも歴代最高のっ……、ムガッ……」
「はいはい、それは分かってます。話が進まないから師匠は黙ってて下さいね」
憤然として怒鳴り出したジジイの口を再び神官が塞ぐ。
うるさいからそれはいいけど、しかしジジイ、今何て言った?
「大賢者? これが?」
「ああ、こう見えても師匠、物凄い魔法の使い手なんですよ。じゃなきゃこんな世界跨いで、他の世界の技術使って修行なんて壮大なこと出来ませんから」
確かに、言われてみればそうだな。
あまりピンとこなかったけど、結構大掛かりなことのような気がする。
でもなあ、こんな威厳も何もないふざけたジジイが大賢者って言われてもなあ。
「まあ、それは置いといて…。ジョブ選択で勇者・剣士・魔導士・神官ってあるんだけど、これってあんた達のジョブと一緒ってこと? ん? そういえば、各キャラの服ってあんた達が着ているものと同じね…」
「ああ、そうですね。俺は剣士ですが、その剣士の服は俺と同じですね」
「えっ…。じゃあ、本当にそのチビが勇者なの!?」
おいおい、マジか。
結界に顔ぶつけたまま未だに身動き一つしないそのチビが勇者?
こんなのが勇者で大丈夫なのか!?
「頭の痛いことに、それが本当なんですよ…」
おい、仲間にまで遠い目で溜息吐かれてるぞ。
こりゃ大変そうだな。
取り敢えず色々話した結果分かったのは、名前は勇者がアイル、剣士がテッド、魔導士がナリアで神官がクロード。
それから、こいつらがこの世界に自分達の世界のものを残してはいけないってことだったけど、逆に彼らがこの世界のものを摂取することも出来ないらしい。
つまり、この世界の飲食物を口にすることは出来ないし、それどころかこちらにいる間は食事自体が出来ないそうだ。
トイレもこの世界にいる間は行けないみたい。
だから結界の範囲内で事足りるのか。
確かにそうじゃなきゃ大変だよな。
ただ、そこら辺の原理はどうなってるのかは分からないけど。
聞いても理解出来るか分からないし、もう面倒だからそういうものだとでも思っておこう。
そして修行は一人三時間ずつのローテーションでやるらしい。
勿論元の世界でも修行は行うってことなので、結局休みなしで修行してるようなもんみたい。
いや、それってかなり過酷じゃないのか?
「ところで、タブレットが電池切れした場合はどうなるのかしら…?」
それってまずいのかしら?
だとしたら、充電のやり方とか教えとかなきゃいけないんじゃないか?
「それは問題ない! そのアプリを閉じるまでは、電池とやらを消費しないようにしたからな! ついでにどれだけ強い衝撃を与えようが壊れないようにしているのだ!!」
電池切れが何のことか分からないって顔でキョトンとした剣士達の代わりに、ジジイが偉そうに踏ん反り返って高笑いをしやがった。
うん、それは有難い措置だけど、ドヤ顔はやめろ。
それに、大迷惑であることには変わりないからな。
「そして、修行はこちらの時間で日付が変わった瞬間からってことでいいのよね?」
「はい、夜中なのにすみません…」
「別に明日も仕事は休みだから気にしなくてもいいわよ。でも、常にこの部屋に誰かがいる状態になるのよね…」
そうなんだよ、私が仕事とかでいなくても、こいつらの誰かがずっといるんだよな。
まあ、行動出来る範囲は限られてるからまだマシなんだけど。
「でもさ、これって休みなしで身体への負担が大きいんじゃない? こっちでの修行も疲労やダメージは反映されるってことだし」
「こちらでの修行による疲労やダメージは、元の世界に戻る時にリセットされるので問題有りませんよ」
いや、そうは言ってもなあ。
「ねえ、元の世界で時間の経過しない異空間を作ることも出来るって言ってたよね? 体感時間は掛かっても、その方が身体は休まるんじゃないの?」
「いや、それはそうなんですが…」
「何を言っておる! こちらの方が面白いからに決まっているではないか!! ふんっ、そんな当たり前のことも分からぬのか」
は? 何言ってるんだこのジジイ。
これのどこが? 何がどう当たり前なんだ?
ああ、剣士と神官があちゃーって呟きながら手で顔覆ってるな。
「ごふぅっ!」
あはは、また手が滑っちゃったわ。
今度も見事にジジイの顔にヒットしたわね。
「これは仕方ないよな…」
「ああ…」
うふふ、そうでしょ、仕方ないわよね。
また喚き出そうとしたジジイの口を神官が手で塞ぎ宥めすかしながら、取り敢えず一旦元の世界へと全員帰っていった。
疑問があればその都度ってことだし、言われて確認すればタブレット画面の右上端に『大賢者呼び出し』なんてものがあったけど、これって本当に役に立つのかそちらの方が疑問なんだけど。
因みに勇者のチビは最後まで気絶したままだった。
その後静かになった部屋の中で、もう一度アプリを閉じようとしたり電源を落とそうとしてみたけど、やっぱりダメだった。
あはは、夢じゃなかった、紛れもなく現実だった。
夢だったら良かったんだけどなあ、そう上手くはいかなかったか…。
それから私は、汚れないと言われてもやはり気になるのであいつらがいた場所を掃除した。
そして百均で遠足とかで使うレジャーシートを買ってきてそこに敷いた。
まあ、気分的なものでしかないけど。
取り敢えず今の私に出来ることはこれくらいかな。
はあ、それにしてもあいつら、本当にここで修行するんだな…。
何で私、うっかりあのアプリを開いたりしちゃったんだろう。
出来ることなら、あのアプリを開く前に時間が巻き戻ってくれないかなあ……。
勇者パーティーはゲームアプリで修行中 水沢樹理 @kiri-mizusawa
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