少年潭底談

おかざき

第1話 ペット

  1

 キッカケはえんぴつだった。

 ぼくにしてはめずらしく、宿題を家でやろうと思って、ふでばこを取り出したんだ。

 でも手がすべって、えんぴつを一本、床に落っことしてしまった。

 そのままコロコロと、えんぴつはベッドの下まで転がっていっちゃった。

 あぁ、こういうのって最初が肝心なんだよ。一気にやる気がなくなっちゃったな。

 やっぱり宿題は学校でいいや。なんとかなるなる。

 なんて思って、ゲーム機の電源を入れようとしたんだ。

 そしたら――

  ペキ……ペキ……

 ベッドの下から、そんな音が聞こえてきた。

 どこかで聞いたことがある音だった。

 あぁ、そうだ。力じまんのマサカズくんが、見てろよって言ってえんぴつをへし折った、あのときの音とそっくりなんだ。

 ぼくは頭を床にこすりつけ、ベッドの下をのぞいてみた。

 けど、そこはまっくらやみ。

 仕方ないから手を伸ばして探ってみたけど、なんにも手には触れなかった。

 あれ、どこにいったんだろう?

 う~ん、まぁえんぴつなんて、どうでもいっか。

 このときはそれっきり。

 このあとはゲームで遊んでごはん食べて……宿題は間に合わなくって先生におこられた。


  2

 それでもって今日。

 ぼくは机の上で、カブトムシを遊ばせていた。

 飼ってるわけじゃないよ。

 今日、ユウイチくんと一緒に捕まえただけ。夜になったら外に離すんだ。

 ざんねんながら、うちにはすでにボタンっていう猫がいるからね。

 ぼくがいない間に勝手に入ってきて、カブトムシを食べちゃうかもしれない。

 あいつドアノブに手をかけて、勝手にドアを開けちゃうんだ。

 しかも普段はおかあさんにベッタリで、ぼくの言うことなんかまるで聞きやしない。

 あれじゃわが家のペットっていうよりも、おかあさんのペットだ。

 仕方ないから、ぼくはこうしておやつを食べるひとときだけ、ぼくだけのペット生活を満喫するってわけさ。

 ジュースとお菓子を両手に持って、ぼくだけのペットをながめるんだ。

 ……あれ!?

 カブトムシがいないぞ!?

 ぼくがおやつを取りに行っている間に、カブトムシが机の上から消えていた。

 いったいぜんたいどこに行ったんだ?

 窓はちゃんと閉めてあるし、本棚のところにもいない。

 ベッドの上にもいないし……あ、いた!

 カブトムシは、ベッドのすぐそばの床にいた。

 ベッドの下にもぐり込まれる前に、早く捕まえなくっちゃ。

 けど。ジュースとお菓子を机に置こうと、一瞬、目を離した途端だった――

  ペキ……グギ……ギ……グジュリ……

 そんな音が、床の方から聞こえてきた。

 え?

 あわてて見たら、カブトムシがいない。

 そこでぼくは、こないだのえんぴつのことを思い出したんだ。

 床に顔をこすりつけて、ベッドの下をのぞき込む。

 やっぱりまっくらやみで、なんにも見えない。

 たしか引き出しに懐中電灯があったはずだ。

 ずいぶん使ってないし、ちゃんと点くかな……よし、点いた!

 ベッドの下を照らしてみる。

 わっとくらやみが光を避けて、ぽっかりと丸く明るい部分ができた。

 ……でも、そこは普通のベッドの下だった。

 特になんにもなし。きれいさっぱりふつうの床だ。

 いやまてよ。きれいさっぱり?

 カブトムシはどこに行っちゃったんだ。それにえんぴつだって。

 じ~っとじ~っと、すみずみまで照らしてみたけれど、やっぱりなにも見当たらない。

 明かりを消したら、またベッドの下はまっくらになった。

 えっと、なにかあったかな……あ、これでいいや。

 ぼくはポケットに入れっぱなしにしていた、丸めたテスト用紙、もとい紙くずをベッドの下に放り込んでみた。

 くらやみの中に紙くずが消えた、一瞬あと。

  クシャ……ビリ……クシャ……

 音が聞こえた。

 音が止んだあと、もう一度ベッドの下を照らしてみた。

 すると、そこにはやっぱりなんにもなかった。

 きれいさっぱりふつうの床だ。

 フゥ~!

 思わず口笛を吹いてしまったね。

 ぼくのベッドの下に何かがいる……これってさ、すごいことじゃない?

 こんなやつ、聞いたこともない。

 ボタンなんか目じゃない、ぼくだけのペットだ!


  3

 名前はかっこよく、シャドウ、と名付けた。

 ベッドの下のくらやみだからシャドウだ。

 シャドウは何でも食べるみたいで、消しゴムだって葉っぱだってムシャムシャ食べた。

 ユウイチくんと虫を捕まえた日は虫だ。

 毎日毎日欠かさずエサを与える。

 ぼくのペットなんだから、ぼくがちゃんとエサをあげないとね。

 でも、学校のお泊まりキャンプの日は、さすがにエサをあげられなかった。

 きのう多めにあげたし、大丈夫だとは思うんだけど。

 あぁ、ぼくがいなくてさびしがってたりしないかな。

 帰ったらすぐに何かあげないと。

 そうだ、木炭なんて普段はぜったい食べられないぞ!

 ちょろっと持って帰ってもバレやしないよね。

 キャンプから帰ってきたあとは、ユウイチくんに誘われ、そのまま学校近くの林に虫取りに行くことになった。

 せっかくの大自然でのキャンプだったっていうのに、自由行動が短すぎて、虫取りができなかったんだよね。虫取り網やカゴも持ってきたのにさ。

 シャドウを待たせるのも悪いかな、とは思ったけど、ぼくは人の誘いはことわらない主義なんでしょうがない。

 それに色々おみやげがあった方が、シャドウもよろこぶはずさ。そうに決まってる。


  4

 家に着いたらすっかり夕方だった。

 本当はすぐにでもシャワーを浴びたかったんだけど、ぼくは急いで自分の部屋へと向かった。

 おかあさんが、もうすぐ晩ごはんができるって言うからね。

 さすがにそのあとまで待たせちゃったら、シャドウがかわいそうだ。

 だからまずは、シャドウにエサをあげることにしたんだ。

 ペット想いなんだよね、ぼくって。

 でも、部屋の前まで来て、ぼくは眉をひそめてしまった。

 ドアがちょこっとだけ開いている。

 おかあさんには勝手に入らないでって言ってあるのに。

 イヤな予感がしてドアを開けると……ほらやっぱり。ボタンだ!

 ボタンが机の上に寝そべっていた。

 しかも本棚からは、ぐちゃぐちゃに本が落とされている。

 もう、さいあく!

 ぼくの怒った雰囲気を感じ取ったらしい。

 ボタンは、ぼくが部屋に入ると同時に、ピンと尻尾をたてて、こちらを見つめてきた。

 どっちが上か、わからせてやる!

 ボタンをつかまえようと、ぼくは机に向かってサッと手を伸ばした。

 でも、ボタンはヒラリとぼくをかわし、床へと飛び降りてしまった。

 ちくしょー!

 いつもぐうたら寝てばっかりのくせに、猫ってやつは、なんでこうすばしこいんだ。

 けど、そのときだった――

 フギャア!

 ボタンが悲鳴を上げた。

 あ!

 ボタンは、一瞬でベッドの下に引きずり込まれた。

  ゴギ……メギョ……グジュリ……ブジュ……ジュ……

 普段より長く音が続き――やがて、止んだ。

 震える手で懐中電灯を取り出し、照らしてみた。

 けど、やっぱりベッドの下にはなんにもない。

 いつも通り、きれいさっぱりふつうの床だった。

 どうしよう、そんなつもりじゃなかったのに。おかあさんになんて言おう……。

 あぁ、もしかしたらボタンはかくれているだけじゃないのかな?

 ほら、ボタン、出ておいで。もうおこってないから。

 でもいくら呼んでみても……ベッドの下から、ボタンは出てこなかった。


  5

 けっきょく、おかあさんには何も言えなかった。

 ボタンが外に遊びに行って、深夜まで帰ってこないなんてことはよくあることだ。

 だからおかあさんは特に気にしてないみたいだ。今のところは、だけど。

 あぁ、言えないまま、寝る時間になってしまった……。

 おかあさんのベッドで一緒に寝たいと言ったんだけど、もうすぐ10才になるでしょって、OKしてもらえなかった。

 おかあさんが明かりを消すと、ぼくの部屋はまっくらになった。

 いや、窓から差し込む光のおかげで、少しだけまわりが見える。

 暗いけど、完全なくらやみじゃない。

 夜って、こんなに明るかったんだ。

 ベッドの下より、ずっとずっと明るい。

  ……ドン

 え? いま、なにか音がした?

 それに、背中のあたりでなにか揺れたような――

  ドン…………ドン…………

 まちがいない。ベッドが揺れていた。

 なのに……どうして!?

 ぼくのからだは、ぴくりとも動かせなかった!

  ドン…………ドン……ドンドンドンドン!

 たすけて! たすけて! たすけて! たすけて!


  ドンドンドンドンドンドンドンドンドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド……ドン!


 …………とまった?

 必死にからだを動かそうとしたけど、やっぱりからだは動かせない。

 目だけ必死に動かして……そして、ぼくは見てしまった。

 ベッドのフチ。

 そこに、くらやみがいた。ポッカリと、そこだけ何も見えないくらやみが。

 黒いだけなのにわかった。ぼくを見ている。じっと見ている。

 シャドウは、ジ~っとぼくを見ていた。

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